夫婦の約束
翌日、サクヤの前に並んでいるのは4人。
槍寮の宗次郎と伊佐而、弓寮の勘助と半兵衛だ。
最低限必要なのは前衛2人。それ以外は余程よいと思わなければ直ぐ採用する必要はない。
「では、この4人と第一小隊で模擬戦を行う。勝敗で決めるわけではないが、勝つための最善を尽くせ。」
サクヤの号令で模擬戦は始まったが、決着はすぐについた。
「あんなの勝てるわけがないだろ。」
勘助がボヤいた。
開始の合図と共に那由多が敵方前方に結界を展開。宗次郎と伊佐而があっさり拘束される。
そこに小平太と響輔が突撃、抗う術もなく、2人は戦闘不能になる。後衛2人は風磨の弓の追撃連射になす術なく、あっという間に全滅した。
「お前等は馬鹿か?相手の戦力を確認する前に終わらせてどうする?」
「すまん…」
「もういい。角田の里の精鋭とやらせる。お前達はそこで正座して見てろ。」
ただ、こちらもあっという間に終わった。
「里の警備の助勢はまだ必要だということはよく判った。本来なら全員不合格でもいいんだが、こっちも欠員状態だからな。前備の2人だけ仮合格としておこう。」
「仮合格、ですか?」
「今後の出来次第で、他に良い人材がいれば入れ替えるということだ。そうならないようしっかり鍛錬してくれ。」
「はい!」
こうして宗次郎と伊佐而が加わることとなった。
翌日、サクヤは千代と左馬介を連れて、アマツミコトハヌシと海に向けて出発した。
角田の里から甲の津は1日あれば着く距離だ。
夕方前には到着し、甲の津に宿を取ってから湊に向かった。
「明日迎えに上がりますが、朝で宜しいですか?」
「ああ。そんなに時間がかかることではない。封印を確認したら、久し振りの海を満喫させてもらおう。明日の朝ここで会おう。」
「了解しました。では行ってらっしゃいませ。」
サクヤ達が見守る中、アマツミコトハヌシは海の中に消えていった。
「さて、宿に入るにはまだ早いな。少し散策でもするか。」
「何か狙いがお有りなのですか?」
「そういうつもりはないが、西国の情報がとれれば幸いだな。」
「わかりました。」
甲の津は中央諸国と内海を通じて西国を結び、更に大陸へと続く海路の拠点だ。都など中央の北向きは甲の津、南向きは並の津と役割が別れている。
そういう理由で甲の津は西国の商人なども多く、西国の情報を仕入れるにはもってこいの場所でもあった。
サクヤとして何か面白い話でもあればいいな、くらいの感覚であったが、千代は完全に情報収集モードだ。
商店に入っては世間話のように情勢調査を繰り返す。
サクヤは好奇心に任せて渡来品を物色していた。
日が完全に傾き宿に戻ろうとしたところで一人の男に声をかけられた。
「其方等、どこかの隠密か?」
「隠密?…だとしたら?」
「いや、どうということはないのだがな…。隠密であれば色々詳しかろうと思うてな。少し尋ねたいことがあるのだ。」
声をかけてきた男は上背があり、一見紳士的な雰囲気だが、力量も剣の腕も確かだとサクヤは確信する。
最初は千代が対応していたが、興味を持ったサクヤが対応し始めた。
「どのような要件かな?」
「…其方…いやすまぬ。ちと人探しをしておってな…。」
「人探し…。どのような人ですか?」
「細身で、なんというか…幸薄そうな、少し陰気というか…ボソボソ話す若い女子でな。名を慶花というのだが…。」
(…すぐに、慶乃が思い浮かんだが…何者だ?)
「思い当たる者がいないでもないが、其方は何者だ?」
「あ…失礼した。某は余嶋琴の国の琴亀の社の宮守、与一郎と申します。」
「私は赤犬の社、乾のサクヤと申します。この者等は鬼防寮の者で左馬介と千代です。」
「なんとっ!?貴方があの…。噂は西国にも轟いております。お会いでき光栄です、サクヤ様。」
「様付けはお辞めください。そのような大層な者ではありません。ところで、何故そのよし…慶花殿をお探しなので?」
「いや、お恥ずかしい話ですが、私と慶花は夫婦となる約束をした仲でして…」
(((えええええ!!!!)))
「慶花は宮司の一人娘なのですが、宮司がその…結婚に反対というか…まだ早いなど、色々文句をつけておりまして…結果、宮司と慶花が大喧嘩をして、慶花は飛び出したまま戻って来ないのです…。」
(あの慶乃が夫婦の約束…そして宮司の一人娘とは…。意外過ぎるな…。)
「そ、そうでしたか…。思い当たる者がいるのはいるのですが…本人の話を聞いてみないことには。与一郎殿は何時までコチラに滞在を?」
「なんとしても探し出し、見つけるまで帰ってくるなと、宮司から厳命されておりまして…。」
「そうですか…。では、私も心当たりの者の話を聞いてみます。それから連絡いたしますので、それで宜しいでしょうか?」
「なんと、あの神産みのサクヤ様にそこまでしていただけるとは。赤犬の里は、確か瑞の国でしたな。であれば、私も都まで出ようと思っておりましたので、そちらに連絡をいただければ。」
「分かりました。ではそちらに使いをだしましょう。」
「宜しくお願いします。ところで、サクヤ様は何故このようなところに?」
「神々の頼みを聞いた結果、でしょうか。」
「か、神々の…。さ、流石神産みのサクヤ様は、旅の用事も違いますなぁ、ははは。」
「いえ、そんなに大したことでは…。それでは失礼します。」
「あっ、はい。失礼いたします。」
「い、意外でしたね…。慶乃…慶花さんって、あの地味で幸薄そうな…猿丸が隠密ではないかと疑っていた人ですよねぇ?」
「あぁ…そうだ。あの男も嘘をついている様子はなかったから、もし慶乃のことであれば本当のことなんだろう。」
「どうされるので?」
「本人に事情を聴いてみるほかあるまい。飛び出したまでは仕方ないにしても、鬼防寮に入った理由も含め、話をしてみる。」
「そうですね…。」
その後は散策しても純粋に楽しむことができなくなったので、大人しく宿に戻ることにした。
「ここの宿では食事が出ないと言ってましたよ。」
「あ、そうだったな…。仕方ない、どこかその辺の飯屋で済ませるか…。なんだか、酒が飲みたい気分だし。」
サクヤは宿の近くの飯屋に入り、鯖の塩焼き定食を肴に酒をのんだ。因みに千代は刺身定食、左馬介は天ぷら定食だ。
「どうだった、角田の里の兵達は?何時頃ものになりそうだ?」
「そうですね。あと半年もあれば。模擬戦では手も足も出なかったですけど、有望な者もいますよ。」
「そうか。ゆくゆくは角田の里にも鬼防寮を作れればいいんだがな。」
「正直、それができるころには、サクヤ様が霊徳童子を退治している気がします。」
「率直に見通しはどうなんだ?」
「う〜ん、転移術が使えるようになれば、なんとかなりそうな気がするんだがな。ただ、こちらの動きが漏れているのが気になる。」
サクヤは白銀童子の襲撃の顛末について説明した。
「そんなことが…。」
「人の娘ですか…確かに厄介ですね。」
「確証があるわけではないんだが、恐らく間違いないだろう。鬼が我等を尾行、監視するとは考え難いしな。もっとも、そういった鬼術があれば別だろうが…。」
「どっちにしても注意は必要でしょうね。今この瞬間も監視されているかもしれませんしね。」
「あれ以降は注意しているんだがな。そう簡単に尻尾を掴ませてはくれないな。」
サクヤ達は酒を飲みつつも、常に周りに気を配りながら夕餉をすませた。




