三柱
翌日の昼過ぎ、予定より早く角田の里に到着した。
角田の里は名はそのままだったが、新たに『鬼護の社』という名の社を建立し、『鬼護の湯』という温泉施設を建設していた。里に大きな十字の道を設け、十字の中心が角田の里、西に社、北に温泉、東は湖の国に、南は甲の津に繋がる街道となっていた。北は温泉を中心に宿が数軒造られ、飲食店も並ぶ。西には森の手前に鳥居が建てられ、森の参道を抜けると、本殿、拝殿、社務所、山兵舎を備える立派な社になっていた。
「ちょっと来ない間にとんでもない発展をしているな…。その辺の宿場町よりよっぽど立派だぞ…。」
「お待ちしておりました、サクヤ様。」
「千代、なんだか凄いことになっているな。」
「いえ、凄いことになっているのはサクヤ様の方です…」
「あぁ、コトハ様のことか。コトハ様が滞在できるような池や深い川等はあるか?」
「温泉の前を流れる川の少し下流に、程よい深さの瀞があります。」
「それはいいな。コトハ様、本日はそちらで宜しいでしょうか?」
「ああ、よいな。昨夜の池は流石に狭かったからな。」
「私は池の鯉が心配でしたが。」
「食べてはいないから安心せよ。」
「よかったです。」
昨夜は宿の池で過して貰ったが、錦鯉のいる池だったので、食べてしまわないかとサクヤは密かに心配していた。
宿の者は神様が一時的にとはいえ過ごすというので鯉の一匹くらい構わないと言ってくれていたが、アマツミコトハヌシは我慢したようだ。
「里が随分様変わりしているな。」
「安澄さんの指示を受け、里の者達が頑張っていました。社も立派になりましたよ。」
「そうか。早速挨拶に伺うか。コトハ様はどうされます?」
「折角だから会ってみるか。他所の神域に来たのだから挨拶くらいしておかないとな。」
一行は騎馬のまま社の森を抜ける。
社域を示す鳥居の前で下馬して、拝殿の脇を通り、本殿に隣接する社務所側から挨拶をした。
社務所には小夜の生活する部屋が本殿にくっついた形で設置されており、小さな神棚が本殿側に作られていた。
サクヤはその神棚の前に座ると頭を下げて挨拶した。
「ご無沙汰しております。サクヤでございます。こちらは龍神社のヌシ様である、アマツミコトハヌシ様です。」
「よく来てくれた。アマツミコトハヌシ様もようこそおいでくださいました。」
「なるほどな…。神になるだけあって強い神力をお持ちだ。アマツミコトハヌシだ。長ったらしいのでコトハでよい。そちらは何と呼べばよいかな?」
「兵六で結構です。」
「そうか。では兵六殿、暫し世話になる。サクヤ、海へは何時向うのだ?」
「はい。明日は鬼防寮の転属を希望するものの試験を行ったり、この里の山兵の練度の確認をしたいので、明後日には向かおうと思います。」
「そうか。ではそれまでと帰りの1泊は世話になる形でよいか?」
「そうですね。兵六様、宜しくお願いします。」
「あぁ、ゆっくりしていってくれ。小夜も色々相談があるだろうからな。」
「そうですね。
小夜さん、少しお腹がふっくらしてきましたね。経過を見させてもらってもよいですか?」
「はい。宜しくお願いします。」
サクヤは小夜の前に立つと、小夜のお腹に触れた。
「邪気はないようですね。ただかなり強い神力を感じますので、力量の多い子のようです。」
「そうですか…。問題ないのでしょうか?」
「はい。現在のところ、大きな問題はないと思います。」
「よかった…。」
「うむ。また様子を見に来てやってくれ。小夜も心配しておるようだからな。」
「はい、そのつもりです。」
「ははは。そのように不思議に思わずともよい。これは仮初の姿。我も元は人の形をしておったのだぞ。」
「如何されました?コトハ様。」
「腹の中の子とやりとりしておった。」
「子の言葉がわかるのですか?」
「言葉というより意識だな。」
「便利な御力ですね…。」
「相変わらず、便利かどうかで判断しおるな。いるか?」
「私が子を身籠ることがあれば欲しくなるかもしれませんね。」
「前は兵への命令の伝達に便利そうだと言っておったしな…。」
「ははは、サクヤはどの様な神にも同じ対応なのだな。」
「なんでも、日輪大神にもタメ口だったと聞いたぞ。」
「そんなわけあるはずないでしょう!」
「いや、サクヤなら不思議あるまいて。」
「人のことをなんだと思っておられるのですか。これでも礼節は守ってますよ!」
「ははは、そこよ、そこ。そのように気安く神々と対話するものなど他におるまい。だが、そこがサクヤの良いところだ。我等も変に構えずに済むしな。もう半分神の世界に足を突っ込んでおるのだ。気にする必要もなかろう。」
(この状況をどう考えればよいのだ?俺はここにいていいのか?)
響輔は神々と気安く談笑するサクヤを見ながらカチコチになって動くこともできなかった。
それは、となりに座る那由多も同じである。
(アマツミコトハヌシ様の言うことは尤もだろう。神の世界に半分足を突っ込んでいるからこそなのかもしれぬ。)
サクヤに封印され神となった元鬼のヒョウノロクツノヌシ。龍神社のヌシのアマツミコトハヌシ。そしてただの人の娘でしかないサクヤ。
その二柱と一人、いや、もう三柱なのかもしれないと響輔は思う。
(いつか、俺もこれが日常茶飯だと思う日がくるのだろうか…。)
未だ微動だにできない自分が、そんな風になれる未来はまったく見えなかった。
(僕は此処にいてええんじゃろうか?これがこの辺り普通なんじゃろか?)
那由多も響輔と同じく微動だにできず膝をついて頭を下げている。
小平太や千代達は、膝はついているが頭はあげてにこやかに二柱と一人の会話を眺めている。
(これに慣れんといけんのよね。)
那由多は顔を上げ、神棚の方を見た。
(よく見ておこう。他の人らと同じ様に対応できんと、ここではやっていけんもん!)
新しい環境への対応力は、若い那由多に軍配が上がったようである。




