龍神の願い
「呼ばれたので行ってくる。」
「えっ?呼ばれた?」
「コトハ様は頭の中に直接呼び掛けてこられるからな。」
「あぁ、そうか。気を付けてな。」
サクヤは以前アマツミコトハヌシと会った木の下に向う。
木の下に着いた時、アマツミコトハヌシは現れた。
「態々すまぬな。」
「いえ。どのような御用でしょうか?」
「いやな…ちと頼み事があるのだ…。」
「頼み事…ですか?」
「うむ。我が龍蛇であるというのは知っておるな。」
「はい。何故海に住まう龍蛇様がこのような山の中の湖にお住まいなのか、疑問に思っておりましたから。」
「それはな…我は元々海に住んでおったのだが、海に水を流し込む川の上流、水源はどうなっておるのか気になって、好奇心で川を遡ったのだ。で、水源を確認し、海へ帰ろうとしたとき、大きななゐ(地震)が起きてな。川の途中が地崩れを起こして大きな滝になってしもうてな。我は余り長い時間水から離れては生きれぬ故迂回も出来ぬで、あれ以来この湖に留まっておるのだ。」
「そうでしたか…。」
「それ自体はよいのだ。この地で神となった以上、この地を守らねばならぬしな。この湖も気に入っておる。ただ、オオシロタタケヌシからクロガネノオオフカヌシの封印の様子を見てきて欲しいと頼まれてな。」
「オオシロタタケヌシ様が?!」
「そうか…其方の結界術は奴に授かったのだったな。」
「はい。オオシロタタケヌシ様はまだあの祠に?」
「そのはずだ。で、其方の結界術を使って我を海に連れて行って貰えぬかと思ったのだが、出来ぬだろうか?」
「結界術で…。そうですね、多分大丈夫かと思いますが、コトハ様はどのくらいまで小さくなれますか?」
「普通の海蛇くらいにはなれるぞ。」
そう言って、アマツミコトハヌシは全長1m弱の蛇の大きさになる。
「では、可能かどうか試してみましょう。」
サクヤはアマツミコトハヌシを結界で囲い、中を水で満たした。
「おお!これなら問題ない。時々水を入れ替えて貰えれば海まで行けそうだ。」
「そうですか。では、お受けいたします。オオシロタタケヌシの頼みでもありますし。」
「助かる。なにぶん海の中に封印されておる故、我くらいしか様子を見たり、神力を籠めることが能わぬからな。」
「では、明日の朝こちらを立ちますので、ここにお迎えに上がります。」
「宜しく頼む。」
サクヤは結界を解除して神前を辞した。
客室に戻ったところで、部屋の前に小平太が立っていた。
「どうだった?」
「まだ起きていたのか。」
「サクヤのことだから、どんな面倒事を持ち帰るかわからないからな。気になっておちおち寝てられないんだよ。」
「たくっ。アマツミコトハヌシ様を海までお連れすることになった。」
「えっ?!もしかしてこの社から?」
「いや、クロガネノオオフカヌシの封印の状態を確認するよう、オオシロタタケヌシ様に頼まれたのだそうだ。」
「そうなのか…。でも、どうやって連れて行くんだ?」
「結界で囲い、中を水で満たすんだ。」
「なるほどな…。まぁ、それくらいなら問題ないか。うちのヌシ様も一時的に御神域を離れることもあるんだしな。」
「そういうことだ。安心したなら早く寝ろ。私ももう寝る。」
「わかった。おやすみ。」
翌朝、朝餉の席で他の者達にも事情を説明した。
「ここのヌシ様と旅を…。」
「サクヤ殿、結界をそんなに長時間維持できるものなのか?」
「問題ないだろう。川伝いの街道だから、一時的に川に入ってもらうこともできるしな。問題なのは滝のところだけだし。」
「そうか…。」
「か、神様と旅だなんて、畏れ多いのう。」
「那由多も早く慣れた方がいい。神々の降臨なんて、サクヤと一緒にいれば日常茶飯だぞ。」
「否応なくここに戻って来なきゃならんのが業腹だがな。ここからの帰りにもう一度オオシロタタケヌシ様に会いに行こうと思う。」
「そうか。報告も必要だしな。」
「謎の多い神様だからな。色々聞いてみたいこともある。」
「分かった。でも、先ずは角田だな。」
「そうだな。角田ではコトハ様には温泉で過してもらうか。」
「茹だるんじゃないか?」
「…そうかもしれん。」
一行は木の下でアマツミコトハヌシと合流すると、サクヤが結界で囲う。
「あぁ…ヌシ様…。」
一時的にとはいえ御神域を離れることになるアマツミコトハヌシに、蒼衣は寂しそうな顔で見送りしている。
「ヌシ様を宜しく頼む。」
「勿論だ。用が済めばすぐ戻る。そう長くはなるまい。」
「ふふふ、久し振りの旅だ。少し楽しみでもあるな。」
「それは何よりです。では参りましょう。」
一辺50cm程度の立方体の結界に囲まれたアマツミコトハヌシだが、余り衆目に晒されるのも良くないだろうと、一面の半分以外は半透明にし、布を被せている。
サクヤの乗る馬の後で浮かんでいるので、どうしても一目を引くのだが、サクヤもアマツミコトハヌシもあまり気にしていない。
途中国境の宿場町で一泊する予定だが、その国境が地崩れで出来た滝だった。
「ここを下りたところで1泊だな。」
「かなり高さがあるんですね。素晴らしい眺望です。」
「確かに荘厳な滝だな。」
「このせいで我は海に帰れなくなったのだがな。」
「か、神様でも無理なものなのですか?」
風磨がおずおずと質問する。
「仮初とはいえ、実体を持つとものの理に抗えんからな。多少なら陸上でも問題ないが、長時間は厳しい。この坂を下るのは難しいだろうな。」
「なるほど…。」
馬だと少し怖いほどの狭さの峠道だったので、不馴れな者もいることから慎重を期して下馬して下る。徒の旅でも中々の難所であった。
「湖の国側から見れば守るに易い国境だな。」
響輔がぼそりと呟く。
「確かにな。響輔は戦慣れしているのか?そのような視点で見るとは。」
「日銭を稼ぐ為に戦働きもしていたからな。自然と身に付いたのさ。」
「へぇ~。中々苦労しているのだな。」
「じゃなきゃ鬼斬りなんてやってないだろ。」
「鬼斬りは鬼に家族を殺されたとか、恨みを持つ者が多いと聞くが、生きる糧としてなる者もいるということか。」
「俺の前の仲間はみんなそうだった。」
「響輔は東国の出身だったな?」
「そうだが…」
「東国で結界術が有名な社はあるのか?」
「俺は東国といっても山の中の出身だ。東の海の方へ行った所にそんな社があると聞いている。確か…鹿崎神社といったかな。」
「ほう。オオシロタタケヌシ様はそこのヌシ様だったのかなぁ。」
「いや、そこのヌシ様は鹿の姿をされているというから、違うと思うぞ。」
「…なんで響輔はオオシロタタケヌシ様が鹿の姿ではないと知っているんだ?」
「!!」
「響輔はオオシロタタケヌシ様のことをどのくらい知っている?」
「…オオシロタタケヌシ様は俺がいた社のヌシ様だったんだ。」
「なるほどな。どうりで御力が使えないと言った割に使い慣れたような感じだったのだな。」
「オオシロタタケヌシ様は風来の神とも言われるくらいあちこちに行かれる。俺のいた社におられのも一時的なものだったんだろうな。」
「今、その社のヌシ様は?」
「代わりに妖を神として据えられた。御姿を見たことはないがカモシカの御姿だと言われている。」
「オオシロタタケヌシ様にお会いしたことは?」
「ない。いや…ここが普通じゃないんだよ!こんなに神様がちょくちょく降臨されるようなこと、普通だと思うなよ!」
「そう言われればそうだったな…サクヤのせいで慣れっこになってたわ。」
「失敬な…」
「ということは…響輔は結界術が使えたりするんじゃないのか?」
「使えるといっても那由多の様な戦闘向きの結界術じゃない。『浄化結界』ができるだけだ。」
「それはそれで充分凄いことなんじゃけど…。」
「心配するな。千代に鍛えてもらえば、響輔も那由多も永遠も、千代並には使えるようになるさ。3人共にちょっとずつ力量も増えて来ているしな。」
「心配しかねぇよ…」
そんな会話をしているうちに坂を降りきった一行は、無事宿場町に到着した。




