待伏せ
蒼衣と蒼士郎の帰還の日がやってきた。
サクヤと、角田の里の交代要員である第一小隊も共に出発する。
龍神社には事前に伝えていたせいか、何故か隼人が迎えに来ていた。
「お迎えにあがりました、蒼衣様、蒼士郎様。そして、ご無沙汰しております、サクヤ様。」
「…どうした?何か悪い者でも食べたか?」
「ちょっと!それはないでしょう。宮司から『神産みのサクヤ』様に失礼がないよう、言い聞かされいたから敬意を払ったっていうのに!」
「相手のたったひと言で崩れるような敬意など、敬意と呼ばん。化けの皮が薄すぎて向こうが見えそうだ。」
「くそうっ、真面目にやって損した。さ、帰りますよ。」
「こいつ…後で宮司に報告してやる。」
「では、行ってまいります。」
「うむ、道中気を付けてな。」
「宮司…腰はもう良いので?」
「完調とは言い難いがな。見送りぐらいはできるようになったわ。」
「それはよかったです。では、改めて行ってまいります。」
隼人の先導で、サクヤと蒼士郎、蒼衣、そして第一小隊の小平太、響輔、風磨、那由多が後に続く。
千代からの報告で、運営は軌道に乗り始めたので、指導役は動向しないことになった。純粋に警備の兵の入れ替えである。
今回は全員が馬での移動となる。お陰で移動日数も少なくすむのだが、サクヤの希望でオオシロタタケヌシのいる祠へ立ち寄ることにしているので、余裕を持った日程である。瑞府で一泊、国境で一泊、湖府で一泊の計3泊の予定だ。
「大分馬に乗れるようになったではないか、那由多。」
「はい。まだおっかなびっくりじゃけど、このくらいの移動速度ならなんとかなります。」
「響輔は…随分上手いな。」
「俺の故郷は馬の産地だからな。幼い頃から乗り慣れている。」
「なるほどな。」
「風磨は…那由多よりマシな程度か。」
「一応走れますよ!」
「流鏑馬は?」
「それは…まだ、手綱から手を離すのは怖くって。」
「響輔は馬上槍くらい使えるのか?」
「いや、流鏑馬はやらされたが、馬上槍は流石にな。」
「そうか。なら、弓も一通りできるのか。」
「頭の求める一通りがどの程度かは知らんが、普通には使えると思う。」
「なら、響輔は前備に拘らず編成できそうだな。」
「そういえば、蒼士郎。龍神社での小隊は誰を入れるか候補はいるのか?」
「前備は俺ともう一人だから、兄上か隼人か…。後備が問題だが、希望者を募って選抜しようと思っている。」
「兄?あぁ、あの馬鹿か…。」
「…」
「迷惑はかけぬようにする…」
「蒼士郎に言われてもな。」
「まぁ…そうなんだがな…」
瑞府の宿を朝早く出発した一行は国境を目指す。
進行具合で、瑞の国内で泊まるか、湖の国に入ってからか決める。
「以外とすんなり国境まで来れたな。」
「この分なら国境を越えてから泊まれそうだ。祠の入口はこの先のだったな。」
「ああ。そこの赤松のところだ。」
一行は登り口で下馬して参拝に向う。隼人だけ馬の番で残った。
参道と言えるほどの立派な石段もない山道だが、手入はされている。
祠の前に来るとサクヤは地に手を触れ結界に欠損や神力の不足がないか確認したが、問題はなさそうだ。
一通り参拝したが、オオシロタタケヌシは姿を現さない。
「そんなにいつも会えるわけではないか。しょうがない、帰ろう。」
サクヤは元来た道を引き返した。
異変を感じたのは神域を出た直後だった。馬のいななきが聞こえた。サクヤは咄嗟に走り出し、隼人がいる場所に急行した。
馬と隼人は鬼に包囲されていた。
サクヤは他の者達が追いつくのを待つことなく浄化をすると、鬼達は苦しみ始めた。
「やはり出て来たか、サクヤ!」
「黙れ。」
言うより早くサクヤは名を呼んだ鬼、白銀童子を結界で拘束する。
「結界術だと?!」
「消えよ!」
結界で拘束された白銀童子は、何とか脱出しようと足掻くが身動きひとつとれない。
サクヤが宣告した直後、結界の矢が白銀童子の眉間を捉えた。
更に解かれた結界で体勢が崩れようとする白銀童子の首をサクヤの小太刀が一閃した。
白銀童子が倒されたのを見た鬼達は、恐慌状態に陥るが、サクヤの結界矢が瞬く間に鬼達の頭部を貫く。
それでもサクヤは容赦なく鬼達の首を刎ねて回った。
小平太達が現場に着いた時には、鬼達は塵になって消えていくところであった。
「サクヤ、あの左手のない鬼はまさか…」
「ああ、白銀童子だ。」
「凄い、あの一瞬でこれだけの鬼を殲滅したんだ…」
「まったく、どっちが鬼かわかりゃしねぇな。恐ろしい程無駄のない殲滅劇だったよ。」
風磨や隼人が感嘆の呟きを零す中、小平太はサクヤの隣に立つ。
「なんだ?サクヤ、機嫌が悪いな。」
「こちらの行動を読まれた。あの祠に行くと分かった上で待伏せしたのだろう。気に入らんな。」
「偶々ってことは…?」
「ないな。白銀童子は「やはり出て来たな」と言っていたからな。」
「なぜこちらの動きを把握されたんだ?」
「奴らには人間の協力者がいる。ただの人間なら、遠目に観察されてもそうそう気付けないからな。」
「例の『人の娘』か?」
「恐らくは…。オオシロタタケヌシ様も、これが分かっていたから御姿を見せなかったのかもしれない。」
「か、サクヤさんはいつ鬼の接近を察知したんですか?」
「祠に行った時から違和感はあった。戻ってもくる途中、御神域から出たくらいで鬼の気配というか、気を感じた。馬のいななきで確信に変わったといった感じかな。」
「それは、例の『先見の御力』ですか?」
「いや、最近は余り使ってないんです。使わずとも鬼の気配は察知できるようになったので。」
「感覚の方が、御力を上回っているんですか…。」
「そう言うわけでは…。感覚と思っている物も、御力の一種なのかもしれません。禊祓の延長のようなものでしょうか。」
「私も禊祓はできますが、そんなもの感じたことがないです…」
「私の感覚だけかもしれませんが、力量が増えるほど、他者の力量や邪気等に敏感になるような気がするんです。蒼衣殿も、そのうち判るようになるかもしれませんね。」
「そうなのでしょうか…」
「どうする?参拝し直すか?」
「いや、先を急ごう。国境を越えて宿に入らねば日が暮れる。」
「そうだな。」
何とか夕方に宿に入れた一行の、夕餉の話題は鬼の襲撃の話になった。
「そういえば、白銀童子を討伐したこと、将軍様に報告しなくてもいいのか?」
「あぁ…そういえばそうだな。まぁ、急ぐ必要はないだろう。ここから手紙でも出すか。」
「どうやって討伐したことを証明するんですか?」
「封印している奴の腕が消滅しているはずだ。そちらを確認してもらえばいい。」
「なるほど…」
「いやしかし、あの瞬殺劇は凄まじかったな。前回あれだけ苦労した白銀童子に反撃の暇も与えないとは…。」
「実際、俺達もサクヤの後を直ぐ追ったのに、追いついた時には終わってたもんな。」
「別に苦労してないだろう?あれは霊徳童子さえ現れなければ確実に討伐できていたはずだ。」
「じゃあ、なんで態々集団戦なんだ?サクヤなら霊徳童子の到着前に仕留めていただろう?」
「対霊徳童子戦の模擬戦的な意味合いもあったし、右近様の目の前であんまり私が派手にやるのもどうかと思ってな。」
「なるほど…。」
「じゃあ、白銀童子ってそんなに強くなかったんですか?」
「そうだな。そのへんの鬼より少し強い程度だと思うぞ。今のところ私が勝てないと思ったのは霊徳童子と兵六様だけだな。」
「白銀童子を大したことない、か…。」
「人のことをどう思っているか知らんが、多分小平太や蒼士郎なら普通に勝てる相手だぞ。鬼術だけ注意すればどうということはない相手だ。」
「そ、そうなのか?」
「こちらには護符もあるしな。結界で拘束してやればいいんだし。力量勝負にはなるが、護符なら神々の力も貸して頂けるから、十分拘束できるだろう。」
「あ、なるほど…護符を使えばいいのか…って、サクヤの護符はこっちの力量がもたねぇよ。」
「だから、今から千代に作っても貰うんだよ。千代の結界は力量が少な目でも使えるように、省力化されているからな。」
「へぇ~、それならいけそうだな。」
「そ、それも手帖に記録したいです!」
「帰りに寄るか、意見交換会の時にでも情報交換しましょう。」
「是非お願いします。」
その後は大きなトラブルもなく、龍神の社に到着することができた。
寧ろトラブルは龍神社で起きるのだが、それは次の話で。




