護符研究と女達の送別会
おはようございます
御山から降りてきたサクヤとカンナは、鬼防寮の井戸端で身体を拭う龍子と遭遇した。
「凄い汗ですね。稽古の後ですか?」
「おぉ、サクヤさんか。いや、そっちも凄い汗だぞ。」
サクヤの横のカンナは、疲れ切った顔で汗だくになっている。
「あぁ、御山を大急ぎで往復したんで。大丈夫か?カンナ。」
「な、なんとか…。」
「龍子さんと一緒に汗を流すといい。ところで小平太達は?」
「男どもは蒼士郎の送別会と新人の歓迎会を兼ねて飲みに行ったよ。」
「送別会ですか…。それはいいですね。我々もやりますか。」
「いいんじゃないか?他の子達はどうだろう?」
「まだ寮舎にいますかね?聞いてきましょう。」
「場所はどうするんだい?いつもの店は男どもが占拠してるよ。」
「そうですねぇ…。そうだ!食べ物と飲み物を持ち寄ってうちでやりませんか?」
「サクヤさんの家でかい?大丈夫なのかね?」
「うちは調薬用の部屋もあって割と広いですから。母様もこの面子なら楽しむと思いますよ。」
「そうかい。じゃあ、お邪魔しようかね。」
サクヤが寮舎に他の女性陣を呼びにいくと、皆了承した。
龍子とカンナが汗を拭っている横で、サクヤは結界で自身を囲い、先ずはお湯で全身を洗浄した後、温風で乾かした。
「…なんだいそりゃ…?」
「結界術です。」
「いや!そうじゃなくて、そんな使い方ができるのかい?」
「冬は暖がとれて、夏は涼しく過ごせます。便利でしょう?」
サクヤが自慢げに話す。
「結界術をここまで便利使いしているのなんて、サクヤさんくらいのものだろうねぇ。」
寮舎から出て来ていた永遠は開いた口が塞がらなかった。
サクヤのうちにやってきたのは、龍子、蒼衣、伊都、伊澄、永遠、慶乃、カンナ、環、茜、そして何故か安澄の10名。
「なんで安澄がいるんだ?」
「えぇ〜、酷〜い。鬼防寮には色々貢献してあげてるんだから、偶には労ってくれてもバチは当たらないと思うわよ。」
「いや、別にいいんだが…。」
「あらあら!こんなに沢山。どうしたの?」
「いや…実は…。」
サクヤがコノハに事情を説明する。
「食べ物を持ち寄ってくれるなら全然歓迎よ。さ、入って入って。」
「流石にこの人数だと手狭だったね…。」
「いや、問題ないさ。しかし、この棚は凄いな。薬草ってのはこんなに種類があるのだな。」
龍子が物珍しげに薬棚を見上げている。
皆、サクヤのうちに来るのは初めてだったが、新人達は特に恐縮している。
「遠慮なく寛いでくれ。皆が持ち寄ってくれたから、酒も食べ物も十分にあるしな。」
「「いただきます。」」
最初は遠慮がちにしていた者達も、酒がは進むにつれ賑やかになっていく。
「蒼衣殿、向こう戻っても宜しくお願いしますね。」
サクヤが蒼衣の湯呑みに酒を注ぎつつ話しかけた。
「私、こちらでは学ばせて貰うばかりで、大した貢献もできませんでした。」
「そんなことはありませんよ。伊都と一緒に護符の発展に寄与してくれたじゃないですか。」
「いえ…あれも殆ど伊都さんの貢献です。せめてもと思い、このような物を作ったのですが…」
「これは?」
蒼衣が懐から一冊の手帖を取り出した。
「梟社で学んだことと、こちらの宮守達にお願いして、御力を文様化した物を纏めたものです。」
「えっ!?凄いじゃないですか?いいんですか?このような貴重なもの。」
「はい。自分用にも作っていますので。」
「有難うございます。これは素晴らしい貢献ですよ、蒼衣殿。」
「よかった…」
「梟社との意見交換会のときは是非参加してくださいね。」
「勿論です!楽しみにしています。」
「えっ!?ヌシ様にあったんですか?!」
カンナは今日の出来事を永遠、茜、環に話していた。
「ここのヌシ様ってゆうたら、犬の御姿じゃと聞いとりますが?」
「はい。茶色い山犬の御姿でした。」
「サクヤさんと行動すると、そのような事が頻繁に起こるのですね…。」
「起こるというより、意図して会いに行ってましたから…。そしてヌシ様をなじるようにお顔を両手で掴んでコネコネしてました…。」
「ぬ、ヌシ様をなじる…」
「日輪大神とも親しくお話されたようですから…やはり最も神々に近いお人なのですね…。」
「そういやぁさっき、とんでもない結界術を使っとったんです、あの人…」
永遠は先程井戸端で見たことを説明する。
「結界術をあんな風に便利使いする人なんて初めて見たけぇ…こちらではあれが普通なんじゃろうか?」
「そんなわけありません。普通の人は1回使うだけで力量が尽きますよ。」
「よかった…あれが普通言われたら、うち、よう付いていけん…」
「ヌシ様にお会いするための御山への行き来も常人離れしてました。とんでもない速さで…それも息も乱さずに…。私も体力には自身があったのですが…」
「力量も体力も…」
「多分、身体強化の御力を使ってたんじゃないん?」
「あっ、そうかもしれません。」
「で、ヌシ様にお会いして何をお話したのですか?」
カンナは自身の里の神様とアカイヌヌシの因縁について説明し、それを聞いたサクヤがアカイヌヌシをなじったことと、御力を賜わったことを話した。
「み、御力を賜わったん?そんな簡単に賜われるものなん、御力って?」
「いや、お詫びの意味もあったようですが、実験的な要素が強かったような…」
「な、なるほど…」
「やはり、ここに留学に来たのは正解だったみたいですね。少しでもサクヤさんにあやかれるように頑張らなければ!」
「うちはついていけるかどうかの方が心配なんじゃけど…」
「しかし、伊澄が鬼防寮に入ることになるとはねぇ。」
「お姉ちゃんが薦めたんじゃない。」
「いや、本当に受けるとは…」
「なんだ?安澄は反対なのか?」
「薦めたのは確かだし、反対なんかしてませんよ。ただ、ちょっと心配なだけで。なんせ、あのサクヤが頭の寮だしね。」
「伊澄は戦闘要員じゃないし、そんなに心配はいらんだろう?」
「でも、振り回されることにはなるでしょ?」
「それは全員そうだから仕方ない。あんたはちったぁ慣れたのかい?慶乃。」
「あ、はい…皆さん良くしてくださいますし。今は護符の勉強が忙しいですが、後備として戦力になれるような護符を作らせてもらいます。」
「まぁ、そんな焦る必要もないだろうが、体力も付けないと、集団戦術に合わせれないぞ?」
「そうですね…頑張ります…」
「ところでどうよ?いい男はいた?伊澄。」
「お姉ちゃんはそんなことばっかり。」
「大事なことよ?折角有望な男に囲まれているんだから、売り込むいい機会でしょ。」
「でも、皆さんサクヤさん狙いなんじゃないの?」
「いや、はっきりしているのは小平太、蒼士郎さん、馳遊馬さんだけじゃない?」
「えっ?!そうなんだ…」
「なに?その中に意中の人がいたの?」
「違うよ!その中には…あっ…」
「他にいるのね!誰?」
「言うわけないでしょ!」
「何よ、勿体ぶって。」
「あんまりしつこいと妹に嫌われるぞ、安澄。」
「えぇ~、だってぇ、そう言う話で盛り上がりたいじゃないですかぁ。ねぇ、コノハさん。」
「なんで私に振るのよ。」
「いや、母親として、サクヤの相手とか気になりませんか?」
「好きにすればいいと思ってるわ。今は他にやるべき事が多くて、それどころじゃないでしょうしね。」
「そんなもんですかねぇ。まぁ、モテるからガッツく必要もないかぁ。コノハさんもそうでした?」
「私は…ねぇ。まぁ、色々あったからね。」
「あっ痛っ!なに?!」
「母様を困らせるんじゃない、安澄!」
サクヤが安澄の後に立ち、安澄の頭に拳骨を落としていた。
「なによぉ〜、元はと言えば貴方のせいでしょう、サクヤ。」
「また、その論法か?いい加減にしておけ。お前のせいで千代と左馬が拗れたんじゃないか。」
「あれは…ねぇ。ちょっと千代ちゃんがお子様だったってだけで、ねぇ?」
「ねぇ?じゃない!寮内に余計な波風を立ててくれるな。」
「ちぇっ、つまんないの。」
「安澄の楽しみのために鬼防寮があるわけじゃないんだ。」
「分かってるわよぉ。でも、今頃あちらも同じような話で盛り上がってるんじゃないの?」
「そんなことないと思うがなぁ。
ところで、伊都。何やってんだ?」
「コノハさんに調薬について教わってたの。私も回復系の調薬くらいは憶えたほうが便利だと思って。」
「勉強熱心だなぁ。こんなとこまで来てやらなくても、私が教えるぞ。」
「サクヤの教え方は感覚に頼り過ぎでね。勢いで治しているようにしか見えないんだもの。」
「ぐっ…(確かに、治癒の御力で誤魔化している部分もあるな…)」
「サクヤ様は現段階でどれ程の御力が使えるのですか?」
慶乃がサクヤに聞いてきて、周りが一斉に注目した。
「厳密に言うのは難しいんだがな。なんせ、人によっては一つ一つの御力と思われている物も、私から見たら結界術の一種だったりするからな。結界術だけでも色んな使い方をしているから、これで何種とは言い難い。明らかに結界術以外となると…何種だろう?」
「えっ…思い出せない程なのですか?」
「いや…う〜ん、正直な話、神様との事もあって言えるものもあれば言えないものもある。今、ぱっと思い出しても、5種以上はあると思うけど…。」
「えっと…禊祓、調薬、身体強化、各種御力籠め、妙な勘の良さも御力だったりする?」
「あぁ、先見か。あれはカンナも賜わったからもういいか。」
「そんなのもあったんだね。どうりて、打ち合っても全部先読みされてると思ったよ。」
「いや、あれは純粋な読みと反応で、先見は使っていませんよ!」
「そうなのか…それはそれで凄いんだがな…。」
「てか、サクヤは魅了もあるよねぇ?」
「えっ?!いや、それは意識したことがないな。」
「その器量だから区別がつきにくいわよね。でも、あの微笑みは反則よね。あれで全部持っていくもの!」
「安澄、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
「私の予想では、コノハさんも魅了を使っていると思うのよ。この親子は危険だわ!」
((ギクッ!!))
「安澄さん、飲み過ぎよ。」
コノハが笑顔で安澄を睨んだ。
「す、すみません!」
(やっぱ、母様は迫力があるなぁ。私じゃこうはいかないもんねぇ。)
「さて、飲み過ぎの奴も出たことだし、そろそろお開きにしよう。」
サクヤの合図で一斉に片付けが始まる。
「お邪魔しました。」
「いいえ。また遊びに来てちょうだい。楽しかったわ。」
「ごめんね、突然連れてきて。」
「いいのよ。貴方が同僚を連れてくるなんて初めてだったし、貴方の寮内での立場というか、他の人達との距離感も分かって面白かったわ。」
「新人達とはまだ距離を掴みかねているけどね。」
「そりゃしょうがないわよ。あの子達から見たら、貴方は頭だし、他にも諸々の付加価値が付いているからね。」
「隊律が乱れない程度ならもっと距離感が近くてもいいと思うんだけどね。言いたいことは言って欲しいし。」
「その辺りは龍子さんや伊都ちゃんや千代ちゃんが調整してくれるわ。頭の貴方がやろうとすると逆効果な場合もあるしね。」
「そういうものかなぁ。」
「貴方は誰にでも遠慮なしだから分からないかもしれないけどね。」
「そんなことないよ!」
「だって、ヌシ様をなじったんでしょ?」
「ぐっ…あれはヌシ様のお痛が過ぎたから…」
「それでもヌシ様は怒ったりしないのは、サクヤの距離感が適切だからよ。貴方がそれなりに敬意を持って接していることは分かってらっしゃるからね。」
「だといいけど。」
「帝にもそんな感じだったの?」
「まさか!でも、神々の前では、帝といえど所詮人の子って意識はあったかも…。」
「流石、神々に最も近い人は言うことが違うわね。」
「ちょっとぉ!」
「さ、明日は参拝者の警備なんでしょ?早く寝ましょう。」
「はぁい。」
余談だが、寮舎住みの者達が帰り道で男達と一緒になり、寮に戻ってからも酒盛りを行なったため、翌日寝坊や二日酔いの者が続出した。
小平太の雷が落ちたのはまた別の話となる。




