殺到した参拝者
この度、熊本地震で被災された方々におかれましては、謹んでお見舞い申し上げます。
翌日、サクヤは薬草園の様子を見てから御山に登った…というより飛んで行った。
「其方…完全に開き直ったか?」
「いやぁ、前回使ってみて便利だったのでつい…。」
サクヤはアカイヌヌシの背を撫でつつ、世間話のような報告を行う。
「『御神力を授ける御力』、母様で試してみましたが、無事成功しました。」
「母親で試したのか?まぁ、確かにそれなら大きな問題にはならんか…。で、何を授けたのだ?」
「『治癒の御力』です。」
「お主、また特殊な神力を…。もはや其方にかかれば、治癒の御力も他の御力も大差ないか…。」
「あと、やはり私の父上は皇弟殿だったようです。」
「やはりか…。で、どこまでが知っておる?」
「皇弟殿の息子明日彦殿、将軍とその娘の龍子さん、あとは母様です。」
「それ以上に伝える気は?」
「今のところありません。帝位継承権なんて興味ありませんし、変に利用されても迷惑ですから。」
「それがよかろうな。だが、今の帝一族が絶えた時、其方が即位したほうがマシな世になるやもしれぬな。其方、日輪大神の子孫でもあるわけだから、話も通し易かろう。」
「あぁ、そう言われてみればそうなりますね。でも、帝になんてなりませんよ。その時は大社一族から選ばれる筈ですし。」
「万一そうなった時、とても世を治めることは能わぬであろうな。故に其方の方が民からの信仰も受けておる分統治し易いということだ。」
「もし、仮に私が即位したとしても、その次が居ませんよ。」
「大社の男子を養子にすれば良いだけだ。一旦其方が即位することで世が治まれば、後は傀儡でも何でもよいからな。」
「そのようなことにはなりませんから、考えるだけ無駄ですよ。」
「そうかな?還都が実現しなかったら、十分に考えられる状況だと思うがな。我とて人の世の事などどうでも良いが、其方が深く関わる事だ。想定しておいて損ということはあるまい。想定が多ければ多いほど、今できること、すべきことの選択肢を限定し易いものだ。最悪の状況にならぬにはどうすべきか?考えることの鍛錬と思えばよい。」
「そうですね…少し真面目に考えてみます。相談できる相手が少ないのが心許ないですが。」
「我がおる故安心せい。それに其方は神々の知り合いも多かろう。チノハなど考えるのが好きな奴もおるからな。」
「有難うございます。頼りにしております。」
サクヤはアカイヌヌシを一通り撫で回し、最後に鼻先に口付けをした。
「なっ!?其方!なんのつもりか!」
「そんなにテレなくても…。」
「そういうことは、大事な男ができた時にとっておけ!」
「そんな大袈裟な…。鼻先ではないですか。」
「犬の身にとって鼻は重要な場所なのだぞ!」
「フフフ、意外と初心なのですね。では失礼します。」
微笑みを残して、サクヤは飛んで行く。
「まったく!神をからかいおって!」
御山を降りたサクヤは時間を持て余した。
行き来に時間がまったくかからないからである。
仕方なく昼餉をとりにうちへ帰ることにした。手土産に穴熊を一匹持ち帰る。
「あれ?おかえり…って、もう帰ったの?御山に行ったのよね?」
「うん。これお土産。」
「いや、奥宮まで行って、ヌシ様と話をして、穴熊まで狩って帰るのに、どうしてこの時間で帰れるのよ。とうとう飛べるようになったわけ?」
(ギクッ!)
「そ、それは鍛錬のなせる技ってやつよ。」
(今度からもう少し時間の調整をしないと…。)
なんとか誤魔化して昼餉を済ませる。(穴熊は夕餉になりました。)
午後から暇になったサクヤは、久し振りに兵法書でも読み返そうと、書庫に向かっていた。
(な、なんだこの人並みは!?)
門前町の参道を人が続々と社に向かっている。
(祭でもないのにこの人並みは…な、なにが起きているんだ?)
サクヤは軽く混乱していたが、人並みの中にサクヤに気づく者が現れた。
「あっ!サクヤ様だ!」
「きゃー!サクヤ様!!」
「えっ?!サクヤ様?」
(何が起きているんだ?)
人並みのは社の方向から、サクヤに方向転換して殺到してくる。
「ま、待て!な、何事ですか?!」
「都でサクヤ様の神楽を拝見し、又、咲舞の里の話を聞きまして、これは是非赤犬の社に参拝せねばと思い立ちまして!」
「えっ?皆、そうなのか?」
「そりゃあ、神産みのサクヤ様の御利益に預かろうと。まさか、サクヤ様に御降臨給えるとは。こりゃ縁起がいいや、なぁ皆の衆!」
「「おうよ!」」
流石のサクヤも驚愕した。都から帰ったのは昨日である。昨日の今日でこの参拝客は想像だにしなかった。
「いや、今日は祭でも何でもないんだが…。で、ではゆっくり参拝していってくれ。これは私からの感謝の気持ちだ。」
そう言ってサクヤは皆を浄めてから、社務所へ逃げるように駆け込んだ。
「サクヤ!とんでもないことになっておるぞ。都での神楽公演の効果は凄まじいな!」
藤五郎は忙しそうにしながらも、顔は笑っている。
それはそうだろう。護符から破魔矢から御守りまで、端から飛ぶ様に売れるのだ。
「これは…報告を受けていないよ、サクヤさん。」
「藤馬さん。私もこのようなことになるとは思いもよりませんでした。参拝客が増えればいいなぁとは思いましたが、まさかこのまでとは…」
「まぁ、社にとっては嬉しい悲鳴だけど、もう売る物もなくなりそうだ。」
「はぁ~、これは休暇返上で禊祓をしなくてはなりませんね…。」
サクヤは何も買えなかった参拝客に、せめてもの思いで禊祓を行う。また、井戸水に治癒の御力を軽く籠め、万病に効くと謳って手売りした。
しかし、これが失敗だった。
「スゲェ、さっき転んだ時の傷が治った!」
「四十肩が治ったよ!」
効果があり過ぎたのだ。
「サクヤ!いったい何をやったんだ!?」
「いや、ちょっと井戸水に御力を軽く籠めただけなんです…」
「サクヤさんの作る薬も異常な利き目ですけど、まさかただの井戸水でここまで効果があるとは…」
「いや、ただの疲労回復のはずなんですけど…」
「もういい。御利益ということにしておくしかないだろう。もう、それで押し切る!」
結果、ただの井戸水は奇跡の水として赤犬の社の名物となるのだった。




