龍子と右近
おはようございます
鬼防寮と神楽寮は帰還を開始した。
帰りも二手に別れてとなり、第一、ニ小隊及び護符隊と神楽寮の半分が先に帰途についていた。
因みに千代と左馬介は瑞の国府でお別れし、角田の里に向うことになっている。
「お世話になりました。」
「わたくし、近いうちに赤犬の社へ赴こうと思います。」
「えぇっと、何か御用が?」
「はい。サクヤさんから学ぶべき事が多いことがわかりましたので、留学しようと思います。」
「へっ?大社の方が社に留学ですか?」
「はい。今最先端を走ると思われる赤犬の社は学ぶべき事が多いでしょう。あの神楽での護符ひとつとってもそれを証明しております。どうかお受け入れください。」
「はぁ、そういうことでしたら、断る理由もありませんし…。健平殿、宜しいので?」
「私が言って聞く妹ではありません故…。」
「わかりました…。お待ちしております。」
余計な苦労を抱えることになったが、日輪大社の大鳥居の下で健平と茜の見送りを受け帰途につく。
途中の都は、御所も神宮も素通りの予定だった。
(また面倒事になっても嫌だからな。)
早朝に出発した一行は、昼には都に着いた。
行程上、昼餉は都でとることになるので諦めていたが、都の民もサクヤを一目見ようと騒ぎになるのは困りものだった。
「いやいや、流石の人気だねぇ。」
「右近様!」
「こちらに立ち寄ると聞いてね。警備を兼ねてお見送りに来たのさ。」
「将軍自ら…忝のうございます。」
「来た時と面子が違うねぇ。」
「はい、先発隊と後発隊は変わりませんが、私が今回は後発に合わせましたから。」
「なるほど…んっ!」
右近の目が一人の女に向けられ止まった。
「た、龍子!」
「ちっ!見つかったか…。」
龍子が不快げな顔で右近を見た後、申し訳なさそうにサクヤの方を向いた。
「お知り合いで?」
「オヤジだよ…」
「へっ?」
「実の父親だ。」
「えっ!?う、右近様の?」
「そうだ…残念ながらな。」
「龍子…久し振りに会ったと思ったら、まさかサクヤ殿のもとで働いていたとは…。」
「隠していてすまない、サクヤさん。」
「いえ、事情があるのでしょうし、出自などこだわりはありませんから。ただビックリしただけで。」
「龍子、其方鬼斬りになったと聞いていたが?」
「ああ、弟弟子が縁あってサクヤさんのところで働くことになったんで、私も呼ばれたってとこだ。」
「馳遊馬は知っていたの?」
「い、いや。初めて知ったので驚いている。」
「そう…。」
「しかし、なんでまた公家の娘が鬼斬りに?」
「私がお家のために嫁に行くような玉に見えるかい?とことん向いてなかったんだよ、公家の娘ってやつにな。」
「た、確かに…。」
「そこは否定してやってくんねぇかなぁ、サクヤ殿。」
「あ…失礼しました。」
「いいんだよ。本当に向いてなかったんだから。で、両親と喧嘩して家を出たのが、もう10年以上前だな。それから師匠のところで世話になって今日に至るわけだ。」
「だから、特別鬼に恨みがあるわけじゃないって言っていたんですね。」
「そういうことさ。でも、この生業は私に向いていたんだよ。」
「確かに。龍子さんほど腕の立つ人はそういませんからね。」
「はぁ~、その様子じゃ戻ってくる気はなさそうだな。」
「戻す気だったのか?」
「俺は半ば諦めていたが、母上は違うぞ。」
「だろうな…。」
「だが、すぐにでなくていい、元気な顔くらい見せてやってくれ。気丈に振る舞ってはいるが、それなりに堪えているんだ。自分に似たってのに諦めが悪いんだよ。」
「顔を見せるくらいは構わないが、面倒なことにならないのか?」
「…自信はない。だが、元気にやっているとは伝えておく。」
「だろうな。だが、そんなこと言ったら、なんで連れて帰らなかったかって、オヤジが責められるんじゃないのか?」
「上からのギャンギャン言われるのは慣れっこさ。なぁ、サクヤ殿。」
「な、なんで私に振るんですか?!」
「サクヤ殿、龍子にならいいかい?」
「…そうですね。いいと思います。」
「何の話だい?」
怪訝そうな顔の龍子を、右近は呼び寄せそっと耳打ちした。
「!!!そりゃあ…いや、サクヤさんなら何の不思議もないか…。」
龍子は呆れ顔でサクヤを見ている。見られているサクヤも苦笑いだった。
「そりゃ…私なんかよりよっぽどだね。」
「俺なんて只の『連絡係』になっちまった…。」
「くくくくくっ、そりゃ傑作だ。やっぱりサクヤさんと一緒にいると飽きないねぇ。」
「笑い事じゃないんだがなぁ。」
右近は肩を竦めてサクヤの方を見た。
「だが、其方がサクヤ殿の側にいることは僥倖だったとも言えるな。」
「どういう意味だい?」
「サクヤ殿の父上、皇弟殿は朝廷内でも数少ない還都推進派の旗頭的存在だ。つまり、サクヤ殿と考えの近い御方だ。私もその考えだが、皇弟殿はあくまでも帝を立てる御方。自分が取って代わる気など毛頭ないのだ。」
龍子は右近の話を黙って聞いている。
「もし、帝一族が窮地に陥ったとき、私は帝より皇弟殿を優先してお守りするつもりだ。」
「そ、それは…」
「ああ、わかっている。意図してそのような事態を起こす気などない。あくまで心構えの問題だ。」
「それと私に何の関係が?」
「そう、其方には命に代えてもサクヤ殿、いや、サクヤ様を守り抜いて貰いたい。」
「サクヤ…様か…」
「そうだ。サクヤ様は遡れば大社の宮司の血筋であり、皇弟殿の娘。時と場合によっては帝位につける御方だ。」
「帝位に!」
「そして、神々に最も近い存在だ。それがどれほどのことか、語らずとも判るであろう?」
「改めて聞かされると、気が遠くなるような存在だな…。」
「そうだ。とてもそんな風には見せておられんがな。」
「そこがサクヤさんの魅力だからね。」
「そうだな。誰よりも神に近く、民に近い帝一族だ。」
「そうだね、そりゃあ命懸けで守らなきゃならん人だね。もっとも守ってあげる必要があるのかってほど強いんだけどさ。」
「俺は実際に刀を振るう所を見たことはないが、あの弓は確かに凄かったな。だが、万一ということもある。引き際を知っている御方ではあるが、誰かの為に無茶をするような御方でもある。その時は其方が止めてくれ。」
「心得た。」
この時、2人が笑い合ったのは十数年振りのことだった。
話の内容は聞こえなかったサクヤだったが、2人の蟠りがなくなったように見えたことに安堵した。
都からの帰路、一行から少し離れた位置でサクヤと龍子は馬を並べていた。
「父上との蟠りが晴れたようで何よりですね。」
「ははは…お気楽だねぇ、サクヤ様は。」
「何故唐突に様付けなのですか?」
サクヤは不満そうな顔で龍子を見た。
「冗談だよ。多分蟠りがなくなるなんてことはないんだ。もとよりオヤジとは然程蟠りなんてなくてね。」
「では母上と?」
「オヤジは中級公家で、殿上人なんて夢のような話の位階の家でね。出世の機会を求めた祖父が五太政家とまではいかないでも、それに継ぐ家柄の娘だった母と縁付けたんだ。当時の母は所謂お転婆娘ってやつで、琴やお花そっちのけで、馬や弓の稽古に励んでいたそうだ。そんなだと当然嫁の貰い手がなくなるわけで、お互いの利害が一致したってわけだ。」
「フフ、龍子さんは母上似というのはそういうことでしたか。」
「そうなんだろうねぇ。ところが、いざ私が生まれてみたら、自分のようになっては困ると思ったのか知らんが、やたら厳しくてねぇ。反発した私は、母上と同じ様な道を辿ったあげく、大喧嘩して家を飛び出した訳だ。
とはいえ、オヤジは曲がりなりも右近衛大将になったんだから、爺さんの狙いは上手くいったんだろう。今頃草葉の陰で祝杯でもあげているんじゃないか?」
「どうでしょうか?龍子さんのことを嘆いておいでかもしれませんよ。」
「だが、オヤジの言が正しければ、そうでもないようだよ。これもサクヤ様のお陰だねぇ。」
「何故私が関係あるのです?」
「やっぱりあんたは自分の立場が判ってないねぇ。ま、そこがいいとこでもあるんだがね。」
そう言って笑ってから隊列に戻った龍子に、サクヤはその理由を聞くことができなかった。




