帝の覚悟
おはようございます
皇弟、いや蔵人頭の要請により緊急の御前会議が開催された。
議題は『乾のサクヤ謁見及び日輪大神降臨に伴う都の在り方について』である。
「謁見は兎も角、日輪大神降臨とは何なのだ?」
「そのようなことが本当に起きたのか?真のこととは思えぬが…」
公家達は口々に御前会議の議題に疑問を呈す。
「皇弟め、狂うたか?」
叢左大臣は、サクヤの謁見時に退席させられたこともあり、次の会議は不利になると考えたが、豊秋彦の奏上した議題の意味を掴みかねていた。
「緊急の招集であったが、欠員なくお集まりいただいたこと、感謝する。今御前会議は、先日の会議において、乾のサクヤとの謁見の後に改めて検討することとした還都についてと、その乾のサクヤによる日輪山参拝時に起こった、日輪大神の降臨により乾サクヤが授かった御言葉をお伝えすることを目的とする。」
「待たれよ蔵人頭殿。まず、その日輪大神降臨ということの信憑性を疑うのだが、誰ぞ証人はおるのか?」
「左大臣殿、乾のサクヤの言を疑うということが、どういう意味を持つか理解した上での発言か?」
「どういう意味、だと?」
「そうだ。乾のサクヤは現在最も神に近い存在だ。あの力量、御力、神々の寵愛なくばありえぬことだ。しかも神でない者を神とすることができる者だ。実際、あの者が率いる鬼防寮の者達も度々神々の降臨に立ち会っておる。今回、乾のサクヤが日輪大神の降臨を賜わったことに、今更疑問を持つ理由がない。最も神に近い存在の言を疑うということは、神の存在を疑うに等しいという意味だと理解しておけ、左大臣殿。」
「そのような馬鹿げた話があるか!ではあの者は神罰を下すというのか!」
「そうだ。赤犬社の者曰く、赤犬社の神は『サクヤの言は我言と心得よ』と宮司一族に伝えたと言う。それ故、サクヤの言を否定するは、神の存在を否定するということになるのだ。」
「馬鹿な…そのようなことあり得ぬ…。」
「それを踏まえた上で、乾のサクヤは放っておけば2年で都の結界は崩壊し、修復延命は極めて困難と言い切った。また、霊徳童子の討伐も現段階では困難との見方だ。結界を維持する為には、実質的に還都に等しい状態となる。それは無駄な労力だと思われるが、如何か?」
公卿達は黙り込んだ。他に具体的な打開策などあるはずもなく、鬼や疫病の脅威も避けられない。まともな意見など出るはずもなかった。
「蔵人頭、して、日輪大神はサクヤに何と告げたのか?何かよい御言葉を賜れたのか?」
「正直に申しても宜しいでしょうか?」
「当然である。大神の御言葉を曲げるなど、以ての外だ。」
「では、ありのままに申し上げます。サクヤ曰く、『日輪大神や御神域の有難みを理解できぬような愚かな末裔など、救うに値しない。勝手に滅びよ。』で、ございます。」
「なっ!?そ、それは…」
「最早神の怒りを買うておるではないか!」
「神は我等を見放されたのか!」
「各々方は神に救いも求めるに値する事を何かなされたのか?」
「ぐっ…いや、それは、その…」
「我等は御神域から勝手に出ていき、偽りの偶像を崇めて、一体どうして救いを求めれると考えるのか?」
「偽りの偶像とはなんだ!神宮は大神を分祀したものぞ!」
「そう言っておるのは人間だけだ。現に大神は日輪山におられる。神宮に降臨などなさらん。本当に分祀されているのなら、神宮が御神域になっているはずであろう。」
「それは…」
「我等は神の加護を捨て勝手に遷都し、偶像を崇めた。見捨てられて当然なのだ。サクヤの意見も同様であったのは偶然ではあるまい。サクヤは大神の言に同意したというしな。」
「なんと!あの者はそのようなことを…」
「当然であろう。過ちを犯したのは我等なのだから。」
「過ちだと!では蔵人頭は遷都をなした帝の行為を過ちと言うのか!」
「そうだ。帝とて人の子。不敬は重々承知しているが、神の前に我等人間は無力なのだ。神の意に反する行為以上の不敬があるのか?」
「そ、それは…」
「蔵人頭の申す通りだ。朕もサクヤの意見に同意する。」
「帝…」
「朕は一度サクヤの申した案を行ってみようと思う。」
「と、申しますと?」
「一度大社に籠り、力量を満たして結界に御力を籠めてみようと思うのだ。やってみねばどのようなことなのか解るまい。」
「帝…。それであれば、私もお供仕ります。」
「そうか…蔵人頭。其方もやってくれるか。」
「わ、わたくしもお供いたします!」
「わたくしも!」
「有難いことだ。これほどの者がそう言ってくれるか。サクヤの申しようでは決して楽なことではあるまい。だが、やってみる価値はあるだろう。蔵人頭、手配を頼めるか?」
「勿論でございます!」
「という運びになってな。」
豊秋彦の言葉にサクヤの顔は曇った。
「如何した?其方の申した通りになったのだぞ?」
「いえ、あの時ああは言いましたが、あそこにおられた方々の力量では正直焼け石に水でして。気の長いお話だなぁと。まぁ、やってみたら如何に無謀な挑戦かお判りになるでしょうから、早々に諦められるでしょう。」
「それほどか…。」
「はい。早々に諦めて還都なさるのが一番かと。何も全てを戻す必要はないのです。帝を中心とした政は御神域に、経済の中心を現在の都と役割を持たせればよいのです。」
「なるほどな。やはり其方は賢いな。その若さでよく知恵が回る。」
(本当は都を鬼や疫病から守るだけなら、都全域に結界を張らずとも、周囲だけ結界で囲めばもっと少ない力量で維持できるんだけどね。そこは黙っておいた方がいい気がするな。)
「さっさとこの国を出よう」
サクヤの気持ちは一足早く都から離れていた。




