大神の御心
おはようございます
「ヌシ様はこの後どうなさるのです?」
「ん?このまま帰るぞ。他の人間に会ってもしょうがないしな。」
「そうですか、ではこの辺りでお別れですね。帰還後の報告はいりますか?」
「顔くらい見せに来い。謁見の感想も聞いておきたいしな。」
「わかりました。」
サクヤとアカイヌヌシは合流した場所付近でそのまま別れて下山した。
「只今戻りました。」
「えっ!?早くないですか?」
「そうでしょうか?」
「だって、山道は手入れもされていませんし、途中で塞がれています。やはり、山頂にはたどり着けませんでしたか?」
「いえ、ちゃんと行きましたし、日輪大神にも降臨して頂きました。」
「日輪大神が…降臨…」
「なんというか…不思議な御方でした。良く言えば親しみやすい、悪く言えば威厳がない…、しかも姿は私の姿なので、とても変な気分でした。」
「えっ?!日輪大神の御姿は、サクヤ殿の姿なのですか?」
「いえ、登ってきた者を試すため、其者の姿を映しているそうです。」
「あぁ、そういうことでしたか…。で、大神はなんと仰られておいででしたか?」
「それは私も聞かせて貰いたいねぇ。」
「あら?右近様。」
「朝廷を代表して様子を見てこいって言われてね。降臨を賜った、しかも朝廷に関わることであれば報告しなけりゃならんからねぇ。」
「構いませんが…本当にいいんですか?」
「どういう意味だい?」
「う〜ん、かなり辛辣ですよ。」
「うっ…、サクヤ殿がそう言うなら余程なんだろうねぇ?」
「はい。かなりサッパリした性格の御方でしたから。」
「…心して聞こう。」
「では…。私は『現在、帝を中心とした朝廷は、都の有り様について議論が起きております。遷都がなされて久しいですが、この大社のヌシ様として、この状態と分祀された神宮につて如何に感じておられるのでしょうか?』と尋ねました。その問いに対し大神は『どうでもいいわ。』とお答えになりました。」
「「はぁ?」」
健平と右近の声が揃った。茜は呆然とし、藤十郎は額を手で押さえ天を仰いだ。
「思わず私も『そうですよねぇ。』と返してしまいました。ヌシ様にもあまり敬意を払ってなかったようなことを言われましたし。」
「えっ!?ヌシ様が来られていたのか?」
「あ、はい。登山道の途中で待っておられて。以前にも久々に会ってみなくてはみたいなことを仰られていたので、よい機会と思ったようです。」
「何故ヌシ様は其方が日輪大神に会いに行くのを知っておられたのだ?」
「まぁ、そこは神様ですから…。」
(全部を言うと引かれそうだしね。)
「しかし、どうでもよいとは…」
「大神にとっては身内同士の争いだし、人間が減るのも鬼が減るのも自然の摂理だと。本当に興味なさげでしたね。」
「大神は我等をお見捨てになったのか…」
「見捨てる以前に、そこまで思い入れもない感じでしたね。帝一族や都が滅びようと知ったことではないと…。文字通り住んででいる世界が違いました。」
「他にはどのようなことを?」
「う〜ん、神宮は分祀って言われても私はここから出てないしとか、あとはほぼ世間話みたいな感じで…私の身の上相談のような…世の理についてとか…あっ!そういえば!」
「なんだ!」
「西国の蜘蛛の神が封印を解こうと画策していると仰られてました。」
「西国…大八蜘蛛座大社の神か…。」
「尤も、私が協力でもしない限り、直ぐにどうこうということはなさそうでしたが。」
「其方、協力する気なのか?」
「まさか!そんなつもりはありません。」
「…其方、一体何をしに行ったのだ?」
「それがですねぇ…行く途中で、私自身もそう思ってしまったんですよね。あんなこと聞いてどうするんだろうって。だって、どうでもいいに決まってますもん。」
「お主、朝廷の代表の前で言うことではないであろう…。」
「ああ、そうでしたね。失礼しました。」
「いや、実際日輪大神がそう仰られたというのならそうなのであろう。だが、私は一体なんて報告すりゃあいいのかね?」
「要約すれば『勝手に滅びろ』でしょうか?」
「身も蓋もない言い方するんじゃないよ…。頭が痛くなってきた…。」
「やはりサクヤさんは神々と頻繁に会われておられるだけあって、世の理の外におられるような感覚なのですね。」
「大神と同じようなことを言わないでください。大神にも私は自然の摂理から外れた存在だと言われたのですから…。」
「か、大神からそのようなことを言われたのですか…。それは、なんというか…。」
「最早神扱いだな…。」
「おやめください。私はあくまで人の娘です。」
(とんでもない御力を賜ったけど…)
「右近様。もしあれでしたら、私から直接報告しても構いませんが?」
「いや…それには及ばんよ。まずは皇弟殿に相談してみるさ。良い案を考えてくださるだろう。」
「そうですか…。ではお任せします。」
右近は大きなため息をつきながら、大社をあとにした。
「寮の者達はどうしているのですか?」
「こちらの山兵と意見交換という名の鍛錬をしておる。」
「それは楽しそうですね。行ってみましょう。」
「兄上、サクヤさんというのはいつもあのような感じなのですか?」
「私には厳しい対応が多いから、少し印象が違っているな。あんなに柔らかい感じではなかった。」
「いや、そうでなくて…あれ程神がかった御方なのに、何でもないことのようになされているのが不思議でなりません。」
「余程神々が身近な存在であったのだろう。あのように大神と気安く話しておったなど、畏れ多くて想像もつかん。」
「祖先を同じくしているというのに、あれ程違うものなのですね…。」
「サクヤ殿と行動を共にすれば、神々の降臨を賜る機会もあるやもしれぬな。」
「そうか…私、赤犬の社に留学してみようかしら。」
「おまっ、ちょっ、そのようなこと、突然言われても!」
「フフフ。思い立ったが吉日です。サクヤさんに相談してみましょう。」
都に戻った右近は、皇弟豊秋彦の屋敷を訪っていた。
応接間には豊秋彦と明日彦が並んでいる。
「ご報告にあがりました。」
「うむ。ご苦労様だったな。大丈夫か?疲れが顔に滲んでおるぞ?」
「肉体的な疲労ではなく、精神的なものでして…。」
「またサクヤが何かやったか?」
どこか楽しそうな豊秋彦に、右近は余計に疲れを感じた。
「いえ、無事降臨賜ったとのことです。」
「そうか…本当に降臨賜ったのか…。」
「父上、話が見えぬのですが?」
「あぁ、済まなかったな。其方を同席させたのは外でもない。其方に伝えておかねばならぬことがあるのだ。」
「どの様なことでしょうか?」
「その前に一つ確認しておきたいのだが、其方、サクヤに懸想しておらぬか?」
「えっ!?いや、その、なんというか…け、懸想なのでしょうか?確かに気になってはおりますが…これを懸想と言うのでしょうか?」
((しておったな…))
「申し訳ないが、その思いは忘れよ。」
「な、何故でございますか!」
「サクヤは其方の妹だからだ。」
「へっ?」
「腹違いではあるがな。以前話した赤犬の里の女、その女との間に産まれたのがサクヤだ。お前もその話を聞いたから赤犬の里に行ったのであろう?」
「あ…そ、そういうことでしたか…。」
明日彦は明らかにショックを受けていたが、この段階であればまだ傷は浅かろうと、豊秋彦は楽観的に考えていた。
「そういうことだ。で、そのサクヤが日輪山に登り、日輪大神に降臨賜ったのだ。」
「えっ…神が降臨…?」
「あれの御力のことは其方も存じておろう。あれは神々に愛された結果だ。これまでも何度か神々の降臨を賜っているらしい。」
「神々に…」
明日彦は呆然としたままで放置され、2人は会話を進めた。
「で、日輪大神はなんと?」
「はい、サクヤ殿は今の朝廷と都の有り様についてどう思っておられるか聞いたそうです。」
「で?」
「それが…その…」
「なんだ?よき言葉を賜れなかったか?」
「サクヤ殿が言われた通りに申しますと、『どうでもいいわ。』と、お答えになったそうです。」
「ど、どうでもいいわ?そ、そのような砕けた言葉であったのか?」
「そこですか?」
「いや、御言葉についてはサクヤと同じであったので、正直驚きは少ないのだが…。」
「因みに、日輪大神はサクヤ殿の姿を映されておられたそうで、サクヤ殿の姿で『どうでもいいわ』となれば、神らしからぬかもしれませんな。」
「サクヤの姿で…。さぞ神々しいのであろうな…。」
(…皇弟殿はサクヤが娘と知れてからお壊れになられたのだろうか?)
「かなり砕けた御方だったようで、サクヤ殿曰く『威厳がない』とのことです。」
「ははは…日輪大神に向かって威厳がないか…。我々には絶対言えない台詞だな。」
「しかし、これ、どう報告いたしましょう。日輪大神曰く、帝一族や都が滅ぼうと知ったことではないらしく、鬼が繁栄するのも自然の摂理であるとのこと…。サクヤ殿の要約では『勝手に滅びろ』だそうで…。」
「…それは確かに困ったな。だが、偽りを報告するわけにもいかぬ。」
「『日輪大神や御神域のありがたみを理解できぬような愚かな末裔など、救うに値しない。勝手に滅びよ。』と仰られたと報告すれば、頑なな公家共も心を改めるのではないでしょうか?」
「明日彦殿…確かにそれなら神の怒りを買ったように聞こえますな。よいやもしれません。」
「そうだな…。それでいこう。でかした明日彦。」
「いえ…サクヤの言いそうなことを考えたら、そのようになっただけでして。」
「確かに…サクヤ殿は神の代弁者を自認されておりますし、最も神に近い存在。思考も似てくるのかもしれませんな。」
「そう考えると、サクヤの怒りに触れるということは、神の怒りに触れるも同然ということか…。恐ろしいものだな。」
「つまり、貴彦は神の怒りを買ったと…。」
「うわぁ…それは…恐ろしいですな。」
「まったく、あのボンクラめ。分かった。後は私に任せよ。帝には私から伝える。」
「宜しくお願い致します。」




