日輪山
おはようございます
日輪大社は東に聳える日輪山があるおかげで、朝日を望む時間が遅い。
周囲はすっかり明るくなっているので目は覚めるが、西に聳える山にも挟まれているので、日照時間自体が幾分短い。
なので、農作物を育てるのには向いていないし、そもそも耕作面積も狭い。
かつてはこの大社の麓の拓けた河岸段丘の上に都が置かれていたが、そこまで広い土地ではなく、公家達が還都に反対するのも頷ける程の山間部であった。
遷都以降すっかり鄙びた里になったかつての都は、町並みの半分が耕作地に変えられている。
早朝、サクヤは日輪山の登山口に立っていた。
「本当に行く気ですか?」
「はい。」
「お一人で?」
「はい。」
「サクヤ様、何故私も駄目なのでしょう?」
「う〜ん、何となくだが、一人の方が御降臨頂ける気がしてな。」
「…そうですか…。」
千代は納得のいかない顔をしている。説得力がないことは判っているが、サクヤもここは譲れない。
(いざとなれば飛ぼうとしているなんて言えないしね。)
「ところで健平殿、この注連縄…。」
「はい。逆向きです。」
「何故でしょう?昨日仰られていた特殊な事情というやつですか?」
「その通りです。実はこの日輪大社には二柱の神が祀られています。一柱は勿論日輪大神、もう一柱は『夜帷大神』。しかし、古い文献には『夜』ではなく『世』とあります。この神は日輪大神が昼の世界を司るのと対象的に、夜の世界を司ると言われています。ただ、『世』と記される文献では、『死を司る神』とあります。そして、その夜帷大神を日輪大神により封じられているのがこの日輪山の山頂の磐座なのです。」
「封印されているから注連縄が逆向きに…。」
「そういうことです。そして、封印をしてくださっている日輪大神もこの山から出す訳にはいかない…。」
「なるほど…。そういった事情があるのですか…。」
「はい。かつての霊徳の乱のとき、当時の宮司や霊徳帝が頑なに反対した理由は、そもそも日輪大神だけを遷宮などできるわけがないというのもあったからなのです。ですので、遷宮ではなく…」
「分祀…ですか。」
「はい。建前上の話ですが。」
「遷都自体に無理があったのに、遷宮などもってのほかということはよく分かりました。もし降臨頂けたらその辺りのお気持ちも窺っておきましよう。」
「お願いします。」
「では行ってきます。」
「妖魔には気を付けて…って、無用なことですね。」
「フフフ、忠告は妖魔の方にしてあげるべきでしょう。」
「千代…。」
「ひゃいっ!」
健平や千代達に見送られて、サクヤは日輪山に足を踏み入れた。
日輪山の山道は殆ど人が足を踏み入れていないことが判るほど荒れており、あちこち枝葉が伸び、倒木もあった。
ほぼ獣道と化した山道を時折飛翔の御力で飛び越えて登っていく。
(強い気配を感じる…妖魔か?…いや違う。この気配は…)
サクヤが見やった先に、見慣れた山犬の姿があった。
「ぬ、ヌシ様!何故このようなところに!」
「以前言ったであろう。日輪大神にはそのうち会いに行かねばならぬとな。其方が登ると聞いて駆けつけたのだ。」
「えぇっと、赤犬山は?」
「勿論イズマに任せてある。」
「ですよね…。」
「というか、何故私が日輪山に登ると?」
「其方の動向は烏が見ておると言ったであろう?」
「そう言えばそうでしたね…。
では、ヌシ様もご一緒に参りますか。」
「歩く気か?」
「低く飛ぼうにも道が分かりませんし、いきなり飛んで行くのも不敬かと思いまして。」
「そんな気を使わずともよいと思うがな。」
アカイヌヌシは文句を言いながらもサクヤと共に歩いて登ることにした。
「ヌシ様は夜帷大神様とはご面識がおありですか?」
「一応な。辛気臭い奴だから好きではなかったが。」
「封印されるようなことをなされたのですか?」
「話すとどうでもいい話過ぎて呆れると思うが、聞くか?」
「は、はい、一応聞いておきたいです。」
「夜帷大神は夜を司る神ではなく、死を司る神というのは聞いたか?」
「はい。」
「奴は生命を司る常世産明大神と夫婦神でな、人の数をお互いに調整して均衡を取り合っていた。だがある時、常世の奴が日輪のところへ遊びに行っている間に夜帷が多くの人間を死なせてしまい、均衡が崩れることとなった。それを憂えた常世が夜帷を叱責すると、遊びに行っていた常世が悪いと口論になり、あげく大喧嘩を始めた。この煽りを受けた人の世は多く生まれど多く死ぬ、大変な状態となってな。常世が日輪の元に泣きつきに来たところへ夜帷が追って来て暴れたので、怒った日輪が夜帷を封印してしまったのだ。
結果、夜帷は今日までこの山の磐座に封印されておるから、少しずつ人が増えているということだ。」
「…。確かにどうでもいいような…何とも言い難いお話ですね…。」
「であろう。ただ、余り増えすぎても良くない。増えた人を賄えるほど、この国は豊かではないからな。そう言う意味では鬼や妖魔も必要悪であると言えなくもない。」
「必要悪…ですか。」
「ただ、霊徳童子は行き過ぎた者ではある。其方が鬼の繁栄を防ぐ為、取り組んでいることを否定するつもりもないが、中々理想通りにいかぬのも人の世だ。人は誰しも欲がある。欲があるから努力もするし進歩もする。ただ、欲がある限り邪心も芽生える。このあたりの均衡を図るのは難しいものだ。」
「そうですね…。」
「さて、この先は我でも歩いて行けぬな。頼んでいいか?」
「はい。では失礼して…。」
サクヤはアカイヌヌシを抱き上げて飛翔すると、オーバーハングになっている岩場を越えて着地する。
「便利なものだな。」
「もうそこに山頂が見えますね。」
「ほう、これは珍しい客人が来たものだ。」
声のする方を振り返ると、そこには若い女性が立っている。その姿を見たサクヤは驚愕した。
(わ、私?)
少し短いお話ですが、切りがいいので。
執筆が順調にいけば、夜にもう一話上げるつもりです。
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