謁見〜後編〜
おはようございます
「もしこのまま結界が崩壊した場合、どのような事態となる?」
サクヤは少し沈黙し俯く。
少し考えた後、顔を上げて御簾の方向を見遣る。その目は見えていないはずの帝の目を確実に捉えた。
「帝は結界が何を食い止めているか、何から防いでいるか御存知でしょうか?」
「穢れや呪詛、それから鬼の侵入を防いでいると聞く。」
「その通りです。つまり、結界が崩壊するということは、それらの侵入を防ぐ手立てを失うということです。
わたくしは昨日、『霊徳の乱』の顛末を聞かせていただきました。遷都のあと、都に疫病が流行し不幸が相次いだ為、時の帝が幽閉されていた神宮の宮司に泣きつき、宮司が命を賭して都に結界を張ったと聞いております。そして、霊徳童子はわたくしに『いずれこの国を統べる』と嘯いて去って行きました。
つまり、霊徳童子は結界の崩壊と共に、確実に都に攻め寄せて来ます。いや、わたくしが霊徳童子ならば、先ずは疫病を流行させて、民だけでなく、都を守る兵も戦闘不能にしてから攻め寄せます。
都は灰燼に帰し、住まう者のいなくなった都は鬼ケ城と化すでしょう。」
サクヤが話を終えると、その場にいた公卿達は、完全に顔色をなくした。
判っていたのに見ないふりをしていた現実を突きつけられ、それを想像した時、楽観的に考えていた己を恥じた。
「サクヤ…それを食い止める…霊徳童子を倒すことは能うか?」
帝の声は最早縋る者の声だった。
「今のわたくしでは、霊徳童子を倒せる力はありません。現段階では不可能と言っておきましょう。」
「将来的には能うのか?」
「残念ながら、その将来より結界の崩壊方が先だと思われます。」
「そうか…。やはり還都の他にないということか…。」
「最も現実的で実現可能な方法は、帝の仰られる通りです。」
「…判った。ご苦労であったな。本当はもっと其方と色々話してみたいことはあったのだが、このような現実を突きつけられ、面白可笑しく話をするような度量を朕は持ち合わせておらぬ。
また、話を聞かせてくれるか?」
「はい。必ずしもお耳に優しい話になるとは限りませんが、それでよければ。」
「いや、其方や豊秋…いや、蔵人頭のような者こそ朕の側に置いておかねばならぬのだろう。」
「賢明な御判断かと思います。
不敬を承知で申し上げれば、秋津原島に住まう一民として、帝が聞くべき耳をお持ちになっておられることに安堵しております。」
「ふふふ、朕が暗愚であることなどとうに承知しておる。息子の貴彦もな。だが、暗君であっても、周りに苦言を言ってくれる者を置いておる限りは大きく誤ることはあるまい?」
「それが判っておいでなら、帝は暗君などではございません。真の暗君は、一切ひとの言葉に耳を貸さぬ者でございます。」
「サクヤ、其方も朕の側におってくれぬか?」
サクヤは目を丸くしたが、直ぐに御簾に微笑を向けた。
「わたくしには霊徳童子を退治するというお役目がございます。帝の側にいては能わぬことでございます。」
「そうか…そうだな。
朕にできることは、其方の役目が果たせるよう、陰ながら助けることだけのようだ。
サクヤ、霊徳童子を退治する為、朕にできることはあるか?」
「ひとつだけ、お願いが御座います。」
「何か?」
「朝廷と社の有り様をご再考くださいませんでしょうか?」
「どういう意味か?」
「朝廷は日輪大神こそ唯一の神とし、社の神々は神に非ずと、その存在を蔑ろにされております。しかし、鬼の力を削ぐためには、御神域で力量を満たした者たちによる浄めが必要不可欠なのです。社の協力を得るためには、この方針の転換がなくば成り立たないのです。どうか、この方針をご再考願います。」
サクヤは御簾に向け深々と頭を下げた。
「其方の言うことは尤もであろう。だが、朕は…帝とは公卿達の総意がなくば政の方針を曲げることすら能わぬのだ。
しかし、サクヤの願い、何としても叶えるよう全力を尽くすことを誓おう。」
「ありがとう存じます。その御言葉を頂けただけで本日罷り越した甲斐がございました。」
「フフフ、其方については臣達より噂を聞いておったが、礼を損なわぬできた者であった。もっと粗暴な者と聞いておったのだがな。」
「ふふふ。もし帝を取るに足らぬ者と判断しておりますれば、神の名のもとに糾弾していたやもしれません。」
「ハハハハ!そうならずに済んでよかったわ。危うく神罰が降るところであったぞ。」
(本心からの笑い方が兄弟よく似ている。)
サクヤはそんなことを考えながら、御前を辞した。
「左大臣とやり合ったときはどうなることかと思ったが…」
「うむ、帝に礼を欠くような発言がなくて安心した。帝がああ言われたのだ。取り敢えず心配ないだろう。」
「何を言っているのです?まったく解決していませんよ。帝の最後の言葉を聞いてなかったのですか?」
「どういうことだ?」
「帝が還都する気になったとしても、公卿共にその気がなければ実現できないということだ。特に今回は叢左大臣があのような形で退室した。必ず我々の思惑とは反対にことを進めようとする。叢が他の公卿共に根回しをし、公卿共が反対すれば、帝がいかに還都の必要性を説いても、実現できないということだ。」
「しかし、公卿達はサクヤの言葉に反論もできず、顔を青くしていただろう?反対するとは思えんが…。」
「その辺りはどう転ぶか判らんが、叢は全力で反対に回る。まだ気を緩めるのは早いということだ。」
「そうか…。しかし、サクヤは何故そのようなことまで理解が及ぶんだ?」
「小平太が考えなさ過ぎなだけだろう?なぁ、千代?」
「わ、私に振らないで下さい。私も政事のことまでは理解が及びません。」
「まったく…。取り敢えず、謁見は終わったんだ。頭を切り替えていくぞ。私は神楽の打ち合わせがあるから先に戻るぞ。」
「豊秋彦。」
「何でしょうか、帝。」
「あれは実に面白い娘だな。其方、昨日のうちに話をしているのだろう?」
「はい。帝に不敬がないように、事前に打ち合わせをしたのですが…」
「したのですが?」
「打ち合わせとは随分異なるものとなりました。私の助言など、何の役にも立たなかったようです。」
「そうか…。だが、よい謁見となった。あれ程率直に意見を述べながら、不敬となるような言動は避けておるなど、あの歳の娘が中々できることではない。叢などより余程落ち着いておった。朕はあのような者を側に置きたいと言ったが、あれは朕の本音だ。」
「はい。恐ろしく肝の据わった娘です。そして神々に愛されております。」
「フフフ、神々に愛されておる者を我物にするなど、神罰が降りかねんな。
しかし、叢はどうするであろうな。」
「帝のお手を煩わせることのないよう、我等で何とか致します。」
「そうか…。あとは貴彦のことよなぁ。」
「…そこはなんとも…」
「そのこともサクヤに相談しておけばよかったか。アレをあんな風にした責任もとってもらわねばなるまい。のぉ、豊秋彦。」
「は、はぁ…。」




