謁見〜前編〜
おはようございます
一方、隣の部屋では、藤十郎と小平太がヤキモキしながら待機していた。
「今の大きな笑い声は皇弟殿のものでしょうか?」
「他に考えられんが、皇弟という立場の方があのような笑い方をされるのだろうか?」
「どうであれ、笑っておられるなら、大きな問題になるようなことはしていないのだと思います…思いたいです。」
「そうだな…。」
そのすぐ後、皇弟が将軍を呼んでくるよう伝える声が聞こえる。
「将軍様に何の用でしょう?」
「う〜む、よく判らんな。だが、ご機嫌は良さような声だった。深刻な内容ではあるまい。」
「そうだとよいのですが…。将軍様と皇弟殿は仲が良いのですかねぇ?『経晟』と、諱を呼んでおられましたし。」
「そうなのかもしれんな。」
将軍が呼ばれた後は大きな声が漏れ聞こえることもなく、面会を終えた。
「サクヤ、どうだったのだ?」
「建設的な話ができたと思う。あとは明日次第だな。」
「明日次第?」
「明日の帝の対応次第で、我々の今後の行動が決まるということだ。詳しくは謁見が終わってからだな。」
「そうか…なんとか無事に終わってくれればいいが。」
「別に問題を起こすつもりはありません。精々脅しをかけるくらいのものです。」
「脅しっ!?いや!十分問題じゃないか!」
「大丈夫ですよ。事実を突きつけるだけで、脅迫するつもりはないですし、こちらに非があるわけでも、不敬でもありません。忖度して嘘偽りを語る方が余程問題だと思いますよ。」
「そ、それはそうかもしれんが…。」
「頼む、サクヤ!程々にな。」
「出たな程々ジジイめ。わかってるさ。」
翌日、午前中に到着した後続隊を迎えると、全員で神宮に参拝した。
朝廷側の代表として、堂兵部が歓迎の挨拶を行い、一行は神楽を公演する神楽殿で準備を始めた。
サクヤは昼からの謁見の準備として、丹の国に初めて行って以来の装束に改めた。
謁見は帝専用の応接間で行われる。サクヤ側の警備と付き添いとして、藤十郎と小平太、千代が付き従う。
応接間では接見のための臨時の玉座が用意され、御簾がかかる奥に帝は待っているという。
サクヤは特段緊張もなかったが、付き添いの3人は緊張の面持ちである。
サクヤが応接間に入ると、玉座の前に椅子が一脚用意されている。
両脇には公家達が並んで座っている。
サクヤはそこに座るのだろうと思ったが、いきなり座るのは失礼だろうと、椅子の脇に立って挨拶をした。
「赤犬の社、宮司の養女で鬼防寮の頭、乾のサクヤ、お召しにより参上しました。」
御簾の内からは返事はない。
堂兵部が帝に代わって答えた。
「乾のサクヤよ。この度は帝が直答を許されるとのこと。その椅子に座して帝の御言葉に答えよ。」
「畏まりました。」
「其方、このことが如何に畏れ多いことか、理解しておるか?」
「はて?なにせ山猿の娘です故、都に来ることも初めてのことです。畏れ多い御方と言われましても、今一つ実感が湧きません。」
「其方!なにを…」
「良い、兵部、控えよ。」
「はっ!ははっ。」
堂兵部は少しさがった位置で控えた。
「乾のサクヤ、よく来てくれた。遠路遥々ご苦労であった。」
「いえ、隣国で御座いますし、馬での旅ですので、そこまでの苦労はございません。」
「そうか。此度其方に来て貰ったのは外でもない。この都と鬼の討伐について聞きたいことがあるのだ。答えてくれるか?」
「はい。わたくしの答えれることであれば、包み隠さずお答えいたします。」
「そうか。では早速なのだが、其方が頭を務める『鬼防寮』とは何だ?」
「はい。わたくしが命名したわけだはないのですが、鬼の繁栄と被害を防ぐことを目的に山兵部の中に独立した専門の組織を作ったものです。」
「ほう、鬼を防ぐか…。其方が頭を務める理由は宮司の養女故か?見たところ頭を務めるにはまだ若いと思うが。」
「そうかもしれません。なりたくてなったわけではありませんが、なった以上はお役目を全うする覚悟は持っております。」
「そうか。では、実力で選ばれた訳ではないのか?」
「霊徳童子と渡り合った経験を買われたというのもあるのでしょう。実力の程はまだ霊徳童子に至らぬ以上、まだ足りておらぬと思いますが。」
「そ、其方自身が霊徳童子と渡り合ったのか?」
「はい。二度も撃ち損じておりますので、褒められたことではありませんが。」
「そうか…女子の身で大したものだ。」
サクヤの話に、帝も少し引いてしまった。
「では本題に入るが、この都、結界が近い内に崩壊すると言われておるのだが、具体的な崩壊時期はわかるか?」
「ここに来る前に、とある社のヌシ様に窺ったところでは、数年の内と聞いております。わたくしがこの度都に入って探らせて頂いたところ、全く御力を籠めることなく放置した場合、もって2年と判断しました。」
「に、2年だと…。」
「其方!帝の御前であるぞ!いい加減なことを申すでない!」
「貴方様は?」
「叢左大臣である。」
「あぁ、貴方があの叢左大臣様ですか。そのお名前は予予窺っております。」
サクヤは冷やかな笑顔で叢を睨んだ。
叢は一瞬たじろいだが、直ぐ取り繕う。
「なんの根拠があって僅か2年で崩壊するなどと言えるのだ!帝の御質問に嘘偽りを申すことは赦されぬぞ!」
「では、貴方様は真実を御存知なのですね?貴方様の見立てではあとどのくらい保つとお考えですか?嘘偽りなくお答え下さい。」
「そ、それは…」
「人の言うことを嘘と断言されたのです。真実を御存知だからこそ言えたのでしょう?ほら、お答え下さい。」
「サクヤ、そのくらいにしてやってくれ。誰も判らぬから其方に来て貰ったのだ。」
「はい。少し戯れが過ぎたようです。」
サクヤは柔らかく微笑んで御簾の方を見た。
「其方、先程とある社のヌシ様に聞いたと申したが、其方は神と対話ができるのか?」
「はい。幾度となくお話させて頂いております。」
「とある社ということは、其方の社の神ではないということか?」
「はい。訳あってどこの神様とは申せませんが。」
「其方!先程包み隠さずと申したではないか!」
またしても叢左大臣がサクヤに難癖をつける。
今度はサクヤも笑みを消し、叢左大臣の方を睨見つけた。
「ことは神々に関わること。たとえ帝のご要請であっても全てを語る訳には参りません。もし、それでも語れと申されるなら、ここに居る全員に神罰が下る覚悟を決めてからお窺いください。」
「し、神罰…そ、其方!我等を脅す気か!神々と対話など!いい加減なことを申すな!」
「叢左大臣様はわたくしの二つ名を御存知ないので?
わたくし、不本意ながら『神産みのサクヤ』と呼ばれております。神でないものを神となすのに、神との対話なしにできるとお思いですか?」
「そ、そのようなこと、人の娘である其方が真にできるはずがあるものか!」
「御言葉ですが左大臣殿。わたくし鐵右近衛大将、将軍として現地の確認をしてまいりましたところ、間違いなくサクヤ殿によって鬼が封印され神となしておりました。」
「ま、まさか、そのような事が…」
叢左大臣は顔色を無くす。
「左大臣、其方、顔色が悪い。体調を崩しておるようだ。もう下がってよいぞ。」
「み、帝!私はそのようなことは…」
「下がれ、左大臣。」
「は、はは…。」
叢左大臣は青かった顔を更に青くして応接間を出ていった。
「すまぬなサクヤ。不快な思いをさせた。臣の不始末は朕の不始末。赦せ。」
「いえ、お気になさらず。」
「そうか…。では、話を戻そう。結界の崩壊を止める術はないか?」
「ないわけではありません。しかし、できるかどうかは別問題となりましょう。」
「如何すればよい?」
「帝をはじめ、ここには元は山の民である公卿が揃っております。皆様が御神力に籠って力量を満たし、結界へ御力を籠める。これを延々と繰り返す限りは崩壊は免れるものと思います。」
「そのようなこと…」
居並ぶ公家達は顔を顰めた。
「毎回力量が尽きる寸前まで御力を使えば、少しずつですが力量の器は大きくなり満たせる力量も増えます。10年も繰り返せば頻度を減らすこともできると思われます。」
「それが…出来るかどうかは別問題ということか…。」
「皆様方のやる気に左右されることですので、出来るとは言い切れませんでした。」
「そうであったか…。其方が言うように、朕もそれをすべきであると?」
「帝の一族は、他の公卿より力量が多いものと推察します。また、この秋津原島を統べる帝が、御自ら範を示すことが肝要と愚考します。」
「サクヤ、其方の言う通りだと思う。ただ、もうひとつ聞かせて欲しい。」
「なんでしょうか?」
青い顔の公卿達は、帝の次の言葉に注目した。
その言葉に救いを求めて…




