面会
おはようございます
サクヤ達先発隊は朝廷軍と共に都の南大門をくぐる。
南大門から御所に続く大路は、幅40間、凡そ72mもあり、その脇には都の民や下級の公家、警備の兵や役人が並ぶ。
『神産みのサクヤ』を一目見ようと集まった民衆から一行を守る為、兵が狩り出された形である。
民衆の好奇の目に晒されながら、騎乗のサクヤは穏やかな微笑を維持し、時折掛かる声援にもにこやかに手を振って対応した。
サクヤと馬を並べる右近は、そんなサクヤを神楽でしか見たことがなかったので、少々驚いた。
「サクヤ殿でも愛想を振りまくことがあるんだねぇ。」
「いずれ当社の神を崇めてくれるかもしれない民です。味方につけておいて損はないでしょう。」
「ハハハ、そんな打算もあるのか。中々強かだねぇ。」
隊列は御所ではなく日輪神宮へと向う。御所の手前の通りを右に曲がり、御所の鬼門を守る神宮へと進んだ。
神宮の鳥居の前で下馬したサクヤ達は、本殿に向け一礼した後、神宮の拝殿へと歩く。
途中手水舎の前で、一行の穢れを祓う。
サクヤ一人で禊祓を執り行う様を見た神宮の禰宜は呆気にとられていた。
拝殿に着くと参拝し、榊を奉納する。一通り儀礼通りに参拝を済ませたサクヤを、禰宜が社務所にある応接間に案内した。
応接間には二人の男が並んで待っていた。
サクヤと藤十郎、小平太が向かい合うよに座った。
「お初にお目にかかる。私はこの神宮の宮司、氏平です。そしてこちらが皇弟殿です。」
「豊秋彦だ。今は蔵人頭などという役職に就いている。宜しく頼む。」
「赤犬の社の宮司の養女で、乾のサクヤと申します。鬼防寮の頭を務めています。こちらは相談役で宮司一族の藤十郎、鬼防寮隊長格の小平太です。」
「「宜しくお願いします。」」
「この後、皇弟殿…いや蔵人頭殿とお呼びすべきですね。蔵人頭殿と御二人でお話していただくのですが、その前に今後の日程について相談させてください。」
「お願いします。」
「はい。まず、今日ですが、面会の後は、特に予定を入れておりません。明日後続の隊が到着されるということで、正式な挨拶は明日の到着後となります。宿舎はこちらの客殿と兵舎、都内の宿や蔵人頭殿の屋敷に分宿していただく予定です。因みにサクヤ殿初め、頭や隊長格の方は蔵人頭殿の屋敷と考えておりますが、宜しいでしょうか?」
「お気遣いありがとうございます。基本的にはそれで構いませんが、分宿の責任者として、隊長格を置いておきたいので、其々1名ずつはそちらでお願いします。」
「わかりました。明日以降は、全員で再度こちらに参拝していただいた後、こことは別の帝専用の応接間がありますので、そちらで謁見となります。謁見終了後、夜の宴と合わせて神楽を演じて頂ければと。」
「畏まりました。ひとつだけお願いがあるのですが。」
「なんでしょう?」
「その神楽を御覧になるのは帝をはじめとした公家の方々だけでしょうか?」
「はい、その予定です。」
「でしたら折角の機会です。大路には多くの都の民が歓迎してくださいましたので、その方達にも神楽を観て頂きたいのです。明後日、午前と午後に分けて公演したいと思うのですが、お許し願いますか?」
「宜しいのですか?そのような機会を設けていただけるなら大歓迎です。」
「では、宜しくお願いします。因みに、観客を怖がらせるような演目は演りませんのでご安心ください。」
「ハハハ、それを聞いて安心しました。内心ヒヤヒヤしておりました。」
「そのような機会を設けてくれること、帝一族を代表して礼を言う。ありがとう、サクヤ殿。」
「いえ、私としては朝廷と社の関係改善の一助になれば幸いです。神宮の宮司の前で言うことではないかもしれませんが。」
「いえ!正直、あの方針は我々神宮の者も如何なものかと思っておりますので。」
「あら?そうなのです?国府の日輪宮の宮司はそのような感じではなかったのですが。」
「一部、思い上がった者がおることは間違いありません。しかし、大社と神宮の宮司一族はそうは思っていないことを知っておいて欲しいのです。」
「わかりました。」
「では、我々は隣室で待機しております。何か御用があればお声掛けください。」
「ありがとうございます。」
宮司と藤十郎達が出ていくと、応接間にはサクヤと豊秋彦の二人となった。
「このような機会を作って貰い感謝する。」
豊秋彦は頭を下げて礼を述べた。
「いえ。謁見を前に調整をしておきたいという気持ちは分かりますので。ただ、皇弟殿自ら行うとは思わず、驚きました。」
「そうか。経晟…右近衛大将から話はある程度聞いているとは思うが…まずは都のあり方について、率直な意見を聞かれると思う。どう返答されるおつもりかな?」
「以前、大社の宮司である健平殿にも話した通りなのですが、現在の結界を延命、或いは再度結界を施すのは極めて困難であり、そう遅くない時期に都の結界は崩壊します。」
「霊徳童子を都に封印でもしない限りという話か…。」
「はい。そんなことができたとしても、その時には都は壊滅的な被害にあっていると思います。」
「結界が崩壊した場合は?」
「あらゆる穢れや呪詛が入り込み、疫病が流行、鬼も攻め寄せ、こちらも壊滅的な被害を出すでしょう。」
「…今の回答をそのまま進言する。と言うことか。」
「私に帝の心情を慮る謂れはありません故。」
「で、あろうな…。」
豊秋彦は腕を組み、天を仰いだ。
「其方も聞いておるかもしれぬが、私も還都すべきと考えておる。それが中々出来ぬのは、帝のみならず公家の多くが還都に反対しておるからだ。今更あのような山の中に戻るなど出来ぬとな…。」
「ならば都共々滅ぶのを待つだけです。我々社と山の民に、それを救う義務も謂れもありません。」
「その通りだ。」
「皇弟殿は皇位継承権を有しておられるのですよね。」
「そうだが?」
「なれば、皇弟殿は大社にお籠りになり、都と今上の帝が駄目になったとき、還都と皇位継承をされれば良いのではないですか?」
「そのようなこと、謁見では間違っても言ってくれるな。私は第二の霊徳童子になる気はないのだ。」
「第二の霊徳童子?」
「そうだ…。」
豊秋彦は、霊徳童子誕生の経緯を簡潔に説明した。
「…そのようなことが…。帝の一族、特に嫡流は代々阿呆揃いなのですか?」
「…聞かなかったことにしておく。」
豊秋彦は頭を抱える。
(この娘をこのまま謁見させてよいのだろうか?とんでもない事態になるのではないか?)
「其方の言い分はわかる…。が、今の様なことは…」
「分かっております。今回は引き連れている者も多く、武に疎い者もおりますので大事にするつもりはありません。ただ、皇弟殿であれば話しても良いのではと思っただけです。」
「…何故私になら良いと?」
「皇弟殿は彦次郎という名に憶えはありますか?」
(!!!!)
「何故そのような事を?」
「私の父の名です。母様の名はコノハ。御心当たりがございますか?」
(やはりそうか…しかも、気付いておったのか…。)
「何故そう思った?」
「私の手の者が帝一族について調べてくれました。父の歳頃と合う帝一族の男性は帝と皇弟殿しかおられません。そして、私の生まれ持っての御力が、『治癒の御力』であること。明日彦殿が以前言っていた事を照らし合わせると皇弟殿しかおられません。」
(なるほど…。賢いな、我娘は…。)
「もし、そうであれば如何する?」
「…特に何も。今更父であると言われても、特に感慨もありませんし。」
「そうか…。そうだろうな。」
「ただ、私は兎も角、母様は彦次郎様との思い出を大事にしているようです。」
「そうか…、そうであるか。」
豊秋彦は流れてくる涙を止めることができなかった。
「其方に言うても、言い訳にしかならぬことは分かっておるのだがな…。あれからコノハのことを忘れた日などない。今でも、頼って来てくれれば、全てを投げうってでもコノハとその子を守ろうと心に決めていた。明日彦の話を聞いて以降、其方の話を聞かされる度に気にかけておった。だが、何もしてやれなかった。」
豊秋彦は涙と懺悔の言葉を溢すが、サクヤの顔は見れないでいた。
(どんな顔でこのような話を聞いておるのか…。怖くて見ることができぬ…。)
「皇弟殿…いや、父上。」
(父上…父上だと!?)
サクヤの言葉に怖さが吹き飛んでしまった豊秋彦は、思わず顔をあげた。
「サク…ヤ…?」
サクヤは不敵な笑みを見せると、獲物を見つけたかのように豊秋彦の心を捕らえた。
「父上様、先程申しましたように、私自身は父という存在に特別な感慨は御座いません。ですが、折角手に入れた伝手です。この伝手は最大限に活用させて頂きます。宜しいですね?ち・ち・う・え・さ・ま!」
「は、はひ!」
「あら?どうされました。」
「い、いや、う、うむ。其方の為であれば、最大限の協力はさせて貰うつもりだ。どんっと頼りにしてくれればよい。」
「心強いお味方ができ、サクヤは嬉しゅうございます。ところで、明日彦殿には私の存在をお伝えになられるのですか?」
「そ、そのつもりだが…。何故だ?」
「伝手と味方は多い方が良いですから。因みに将軍様や帝には?」
「伝えるつもりはないのだが…。」
「帝は兎も角、将軍様には伝えておいてもいいかもしれません。大事な『連絡係』ですから。」
「『連絡係』とな…。
ふふ…ハハハハ!話には聞いておったが、大した肝の据わり具合だ!これは私に似たのではないな…きっとコノハに似たのであろう。いや!実に愉快だ!」
今度はサクヤが呆気にとられる。帝の一族である皇弟が、このように豪快に笑うとは思わなかったからだ。
(気が振れたか?ちょっとやり過ぎたかな?)
「わかった!存分に使い回すがいい。伝えた時のあれの顔を考えると実に楽しみだ。」
「あ、それは私も見てみたいです。」
「で、あろう?そうだ!今から呼び出すか?どうせその辺におるのだろう。」
サクヤの承諾を得ることもなく、豊秋彦は部屋を出て右近を呼ぶよう伝えた。
程なくして右近は応接間に入ってきた。
「お呼びにより参上しました。」
「おお!経晟、来たか!」
(な、なんだ?この上機嫌な皇弟殿の様子は?サクヤのやつ何をやったのだ?)
「フフフ、改めて紹介しよう。我娘のサクヤだ!」
「…は、はい?」
「何度言わせる気だ。娘のサクヤだ。今後は私とサクヤの『連絡係』として動いて貰うぞ。肝に命じておけ!」
右近はサクヤの方を見遣る。
サクヤは穏やかに笑って何も言わない。
「そ、それは皇弟殿の養女にされるということでしょうか?」
「違う。実の娘だ。其方が以前、赤犬の里に美しい薬師がおると言っておっただろう。その薬師、コノハと私の間に産まれたのがサクヤだ。」
「へっ?」
(マジか!あの美しい薬師と皇弟殿にそんなことがあったのか?!そしてその娘がサクヤだと!!!!)
「さ、サクヤ殿…いや!サクヤ様?今の話は真なので?」
「はい。」
サクヤの笑みに、右近の背筋に冷たいものが走った。
「な、何故もっと早く教えておいていただけなかったのですか!?」
「今、判明…というか確定した話ですので。」
「そ、そうですか…。」
「だから言っておるではないか。私の言は信用ならぬのか?」
「めめめ滅相も御座いません!し、して、この話は他の方々は?」
「明日彦殿を除いて知らせるつもりはありません。まぁ、母様には伝えますが。ということで、右近様はこの秘密の共有者です。心しておいてください。」
「はい!」
「あと、皆の前で様付けで呼ばないようにお願いしますね。」
「承知しました!」
「ですから、話し方もこれまで通りでお願いします、右近様。」
「な、なんともやり難くなりましたなぁ。」
「そうそう、その調子です。」
(とんでもない娘だとは思っていたが、まさかこれ程とは…。)
右近は頭が真っ白になったが、会話はまだ終わりを告げそうにない。




