帝一族の狂騒
おはようございます
「こちらに来ておいてよかった。余の決断に間違いはなかったな!」
日輪大社の客殿の一間、皇太子貴彦は側近の柊弾正に得意顔で話す。
「例の謁見の話ですか?」
「そうよ。都にいてはあの鬼女に会わねばならなかったかもしれないが、ここにおれば安全であろう。」
「貴彦、来ていたか。」
「叔父上…。」
「聞いたぞ、サクヤ殿にやられたそうだな。」
「笑い事ではありませぬ!あの鬼女を都に入れるなど、正気ですか?」
「鬼女かどうかは知らぬが、帝が望まれたことだからな。」
「そんなことより!武具への御力籠めは私でなくとも出来るらしいではないですか!」
「あぁ、経晟が言っていたことか…。そんなことが出来るのは赤犬の社の、サクヤ殿の周辺の者だけだ。あの社は色々妙な事が多いからな。其方こそ、その目で見てきたのではないのか?」
「…いえ、私は神楽を見ただけで…。」
「まったく、折角の機会だというのに嘆かわしいことだ。其方の目と耳は何のために付いているのだ?そんなことでは帝は務まらぬぞ。」
「帝になどなりたくありません!」
「何を言い出すのだ?サクヤ殿にやられて正気を失ったか?」
「私は正気です!」
「…今のは聞かなかったことにしておく。もう一度頭を冷やして考えることだ。」
「失礼します。豊秋彦様がお帰りと聞きまして…!失礼しました。皇太子様がおられるとは知らず…。」
「いや、ちょうど良い。貴彦殿、紹介しよう。こちらは大社の宮司健平殿の妹御で茜殿だ。」
「…貴彦だ。苦しゅうない。」
「あ、茜でございます。」
「ただ、それ以上は近づかぬようにしてくれ…。」
「は、はぁ?」
「茜殿、何か私に御用ですかな?」
「あ、はい。帝がサクヤ様を謁見なさると聞きました。神楽も鑑賞されると。私も是非鑑賞させていただけないかと思いまして。」
「やめておけ!あれは鬼女だ!取り喰らわれるぞ!」
「貴彦殿、落ち着かれよ。サクヤ殿は人の娘。あれは神楽で鬼を演じただけだ。」
「し、しかし…。」
「茜殿、共に鑑賞できるか聞いておきましょう。」
「ありがとうございます!楽しみですわ。できればお話もしてみたいのですけど…。」
「帝に謁見する前に、私と面談する予定ですので、機会がないか聞いてみましょう。大社への参拝とでも理由をつければ、案外叶うやもしれません。」
「本当ですか!是非お願いします。」
「な、何故あのような鬼女と話そうとなど思うのだ?まったく理解に苦しむ。」
「そういう其方こそ、サクヤに会いにいったのであろう。気が知れぬということはあるまい。」
「そ、それは、あのときは…鬼と気付かなかった故にだなぁ…。」
「もし本当に鬼であれば、それこそこのような機会は滅多にないではないですか。しかも、鬼を封印し、ヌシ様にするなど、並の人間にできることではありません。お会いしてみる価値は十分ではないですか?」
「ふんっ、其方が取り喰らわれぬよう祈っておいてやろう。好奇心が身を滅ぼすこともあるということを、思い知るがいい。」
それきり貴彦はそっぽを向いて口をきかなかった。
「いよいよ来たか。待ち焦がれておったぞ。」
「されど帝、身分の差が大きゅうございます。直接お話されるのはお控えください。」
「身分もなにも、あれらは我等が定める身分の外におる存在。身分差も何もないではないか?」
「それでは他の者に示しがつきませぬ。」
「示しだかシメジだか知らぬが、そのようなまどろっこしいものは必要ない。朕が直接問うて真意を探らねばな。」
「されど…」
「朕がよいと申しておるのだ。クドいのは好かぬぞ。」
「はっ…。」
「して、東宮はいずこへ?」
「はっ、大社は赴いておられます。」
「…逃げたか…。」
「いえっ!武具への御力籠めに精を出されておられるものと…。」
帝は側近の言に首を傾げて、思い出すように呟く。
「あれが御力籠めを積極的にやるとは思えぬが…。宮司の妹御に興味でも湧いたか?」
「茜殿のことでしょうか?」
「おお!それだ。」
「皇太子様は、女子自体が苦手になられたようですが…。」
「情けない…。あれでは無理であろうか?」
「そのようなことは!今は少しお気持ちが弱られておられるだけでございましょう。」
「あれも朕に似て愚鈍故なぁ。豊秋彦のとこの…明日彦の方が向いておるやもな。朕と同じで、嫡男というだけで継ぐのも考えものよなぁ。」
「帝…お戯れが過ぎまする。」
「戯れか…(皆がそう思うておることくらい、朕とて分かるわ…。)」
(サクヤと話をする機会があるだろうか…。)
明日彦がサクヤと言葉を交わしたのは、最初に見た神楽の後、舞台裏に押しかけた時が最後だ。
初めて会った時の衝撃は今でも忘れてないし、この先も忘れることはないだろう。
(私はあの娘に惹かれているのだろうか?)
美しい娘であった。
取り付く島もないない対応をされたのも心に強く残っている。
幼き頃から皇弟の息子ということで周りには恭しく扱われた。自分のことを知らない者でも、滲み出る気品もあって一定の敬意は持たれていた。
しかし、サクヤは違った。
対等な人間として自分を扱った。
いや、対等どころか、神の使いたる者として、人間などその下でしかないという態度だった。
それが新鮮だったのもあったが、それ以上に惹きつける何かがあったと思う。
気がつけば、ふとした瞬間にサクヤのことを思い出すようになった。
偶に父に会いに来る経晟から、サクヤの話を聞く機会が多くなり、余計に興味を惹かれることも原因だろう。
「父上、サクヤ殿と面会をされるというのは真ですか?」
「うむ。帝との謁見前に、情報交換をと思ってな。」
「…その席に、私も…」
「いや、この面会は余人を排してと思うておる。」
「えっ?!二人きりでということですか?き、危険では?」
「ははは。サクヤ殿が私に危害を加える心配はなかろう。なんの利もあるまい。帝と話す前に本音を聞いておきたいのだ。」
「本音ですか?」
「うむ。今の都や日輪社、帝一族のあり方について、本音を聞いておきたい。その上で帝に伝えるべきことかどうか、私が判断して予め伝えておこうと思ってな。私が忠告してもサクヤ殿は言うかもしれぬ。そこはサクヤ殿の判断に任せる他ないが、発言に覚悟がいることは分かってくれるだろう。」
「なるほど…。」
(私が浅はかであったな。ただの世間話をするわけがないではないか。)
「面会には同席させられぬが、謁見と神楽の後に、大社を案内しようと思うておるから、その時ならば話ぐらいできるのではないか?」
「そうなのですか?是非私も帯同させてください!」
「其方も女嫌いにならぬよう気を付けろよ。」
「ハハハハ!私はすでに矢を向けられておりますから。」
「そうであったな。」
(正直、皇弟として会うことができるであろうか?)
豊秋彦はサクヤとの面会を前に、皇弟としての自分と、娘かもしれない者にあう父親としての自分の気持ちが揺れていた。
(まずは皇弟として、聞くべきことは聞かねばならぬし、言うべきこともあるのだが…。その先に踏み込んでよいのか、迷うところではあるな…。コノハについて問うてもよいのだろうか…。
いや…駄目だろう。謁見を前に動揺させてしまうかもしれぬ。それに、真実を知ったところで何ができるというのか…。)
そこまで考えたらところで、自身の無力さに打ち拉がれる。
(おそらく、何か起きても守ってやることも能うまい…。この私に何ができるというのか。娘一人守ることもできぬのか…。)
其々が其々の思いを抱えたまま、謁見の日を迎えようとしていた。




