第1次試験
赤犬の里の供物の集落の片隅にある鬼防寮の馬場には、選抜試験を受けるべく集まったおよそ800人が並ぶ。
因みに、今回の1次試験は、素性が判っている里の者は免除となった。
その馬場には何故か、仮設の神楽殿が設けられていた。
神楽殿の前に並んだ受験者達は、神楽が観えるように並んで座るよう指示された。
受験者達は一様に訝しんだが、舞台に出て来た小平太に目線を向けた。
「これより1次試験を始める。1次試験の合格条件はひとつ。終了の指示があるまでその場から動かないこと、そして気を失わないこと、指示に従うこと、それだけだ。」
小平太の説明に会場はざわつく。
小平太が退場すると、楽が舞台に現れ一礼し、其々の楽器の位置につく。
笛の者が座ったまま一礼し、笛の音が響くと、大太鼓の掛け声に合わせ演目がはじまった。
演じられる神楽の演目は3つ。神降ろし、巫女舞、そして、最後は皇太子貴彦が逃げ出した演目、『鬼女退治』だ。
勿論、鬼女を演じるのはサクヤである。
神降ろしと巫女舞で受験者を油断させたうえで、恐怖のドン底に叩き落とすという趣味の悪い試験だった。
「これで半分は減るだろう。」
「宿場の者達で、皇太子逃走事件の目撃者なら残れるだろう。」
「しかし、これ、試験として何の意味があるんだ?」
「サクヤ曰く、『恐怖に打ち勝つ胆力があること、たとえチビっても命じられた指示を守れることを確認する』だそうだ。失神した奴は命令に従えないから失格だとさ。」
「ははは!なるほど、そりゃ合理的だ。ただ、腰が抜けた奴はどうするんだ?」
「神楽の最後に残った奴に、起立して前に来るよう指示を出す。腰が抜けて動けない奴は失格だ。」
「なるほどな。」
かくして恐怖の神楽第3幕が切って降ろされた。
第3の演目が始まる頃には、受験者達は完全に神楽の観客となり、試験のことを忘れていた。
そして…サクヤが迫真の演技で舞台から飛び降りると、受験者達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行った。
「森に迷い込んだ奴が妖に食われないように保護するのが大変だな。」
「その辺は山兵総出で対応してもらってる。」
サクヤが舞台から飛び降りた段階でその場に留まっていたのは100人に満たなかった。さらにその半分が失神していたので、意識のある者は50人に満たない。
「残っているものは前に集まれ!」
サクヤがどすの効いた声で指示を出す。
鬼女の姿のままで指示を出したので、慌てて小平太が指示を出し直した。
「サクヤの指示に従ったら死にに行くようなもんだからな。」
「失敬な…。」
サクヤの隣に立った小平太は、苦笑いでサクヤの鬼女姿を見ていた。
「せめて、面くらい外して指示を出した方がいいぞ。」
「あっ…、それもそうだな。」
サクヤが面を外すと、ゾロゾロと残った者達が前に集まって来た。
腰を抜かして動けない者が多く、残ったのは僅か20人余りだった。
「予想以上に減ったな。」
「これ、最終試験までに全滅するんじゃないか?」
「これに里の志願者を足すから大丈夫だろう…多分。」
流石のサクヤも少し自信が持てなくなったが、残った者に第1次試験の合格を告げ、翌日の第2次試験の集合時間を告げてその日は解散となった。
「思ったより減ったな。」
「明日の面接の手間が省けてよかっただろう?」
「それはそうだが…有望な者を漏らしてないか?」
「あんなので逃げるようじゃ有望とは言えんだろ。」
「まぁ、そうかぁ。でも兵志望じゃないやつは、そこまでの胆力を求める必要があるのか?」
「兵志望でなくても、我々と行動を共にする以上、退避の指示にも従えない胆力じゃ務まらないからな。」
「そりゃそうだけど…。」
「明日は面接と力量判定だったか?」
「ああ。御力がないと思っている者が多いだろうから、ある程度力量の器がありそうなら、私が例のやり方で確認する。」
「あれをやって出来ない奴っていたのか?」
「いや、いない。力量の少ない源吾ですら御力籠めはできたからな。」
「じゃあ全員合格するんじゃないか?」
「使えればいいというわけじゃない。全体の適性を見て判断するさ。」
「そうか…。サクヤの人を見る目は確かだから心配はしてないが…。面接官はサクヤと俺と伊都でいいのか?」
「ああ。本当は千代と左馬介がいればいいんだが。あと、猿丸は帰っているか?」
「明日には帰ると聞いているが。」
「じゃあ、猿丸が間に合えば加えよう。」
「わかった。」
「何が始まるのかと思ったが…。あんなに減るとは思わなかったな。」
「そうだな。だが、俺達は鬼斬りだ。鬼を前に逃げ出す訳がないだろ、なぁ響輔。」
「いや、俺は逃げるべきだと思った。」
「はぁ?神楽の鬼だぞ。確かに迫力はあったが、演技と判っているのに逃げる必要なんてないだろう?」
「あの鬼を演じた女、その辺の鬼より余程強いぞ。しかも、本気で殺気を放っていた。もし目の前で高を括って舐めた態度でいたら、本気で半殺しくらいにはされていたかもしれんぞ。」
「「えっ…」」
「お前等、気付かなかったのか?
恐らく、あの女が例の『神産みのサクヤ』だろう。化粧で分かりにくかったが、かなり若いはずであろうに、とんでもない女だな。大体、あの跳躍力、並の人間じゃないだろう。」
「あれが、『神産みのサクヤ』…。噂には聞いていたが、確かに美しかったな。」
「そこではないだろ!」
「いや、あの神楽もなぁ…思わず魅入っちまったぜ。明日はあの女が面接官なんだろう?楽しみだなぁ。」
「楽しみ?俺は恐怖でしかないぞ。もし合格しても、あの女の下で働ける自信が持てない。あの女だけでなく、隣にいた若い男も相当な手練れだ。あんな連中と一緒に行動するということは、死地に赴くようなものだ。」
「あっ、そういえば…馳遊馬と騎重郎、それに龍子の姿もあったな。」
「何っ!?龍子だと!あのバケモノがあんなところで飼われていたのか!」
「そうだろうなぁ。飼われているのか、客分なのかは判らんが。」
「いよいよヤバい臭いがしてきたな。明日次第では逃げるのもありかもしれん。」
「怖かった…。ぐすん…」
「もういい加減泣き止みなんさいよ、那由多。」
「僕、永遠ほど肝が据わっとらんけぇ…。」
「たかが神楽じゃろうが、意気地のない。」
「だってぇ…あの人本気で殺しにかかっとったんよ!殺気が凄かったじゃろ?」
「少なくともコチラには向いとらんかったんじゃけぇ、そがぁに怖がる必要はなかろう?まさか、ちびるとは思わんかったわ。」
「もう〜、それは言わんとってやぁ。」
「あんた、明日はその鬼と面接で向き合わんといけんのよ。大丈夫なん?」
「自信は…ない。」
「折角こんな東の国まで武者修業に来たのに何の成果もあがっとらんじゃん。」
「じゃけぇこの試験を受けたんじゃろう。『神産みのサクヤ』なんて二つ名を持つ人のところで励めば、いくらか強くなれじゃろって、永遠が言うけぇよ。」
「そうよ!じゃけぇ明日の面接はしゃんとしんさいよ!」
「わかっとるよぉ。明日までにあの服乾くかねぇ?」
「知らんわいね。」




