無位無官の者
おはようございます
右近はサクヤに会う時はいつも楽しみだった。
自分の予想の斜め上を行くが、大きく礼を失することもないサクヤの対応は、いつも腹の探り合いのような公家との遣り取りより余程痛快で楽しかった。
そんな右近が、こんなに憂鬱な気分でサクヤに面会を求めるのは初めての事態である。
少将にも事情を話しているので、少将も今回はどんなに不敬な発言があっても黙っていると決めていた。
赤犬の社の応接室で向かい合うサクヤはいつもの通り、過度な緊張はないが、少し警戒をしているのがわかる。
(サクヤは私にけっして気を許してはいない。それ故、今回の反応が恐ろしい…。そう、恐ろしいのだ。我々はけっしてこの娘の逆鱗に触れることが赦されぬ。この関係が破綻したら、霊徳童子の討伐など夢のまた夢だ。)
「突然すまんね。」
「いえ、右近様はいつも突然ですので。」
「そ、そうかい?はははは…。」
どこか不自然な右近の反応に、サクヤは違和感を感じた。
(何か言い難いことを言いにきたか?これは水を向けてやらねばならぬか?)
「何か言い難いことを伝えに来たようですね。その様子ではけっして本意ではないのでしょう?上からの案件ですか?」
右近はサクヤの勘の良さに舌を巻く。その分、立場を理解してくれているサクヤに感謝した。
「察しがいいねぇ。私も所詮宮使いでね。頼みたくないことも頼みに来ねばならぬのだ。」
「お察しします。」
「すまんね。」
右近は肩の力を幾分抜いて、サクヤの目を見て話始めた。
「先日、御前会議が開催されてね。私は出席していなかったのだが、その中でサクヤ殿のことが話題にあがったのだ。」
「私のことですか?」
「サクヤ殿の噂は都でも持ちきりさ。『神産みのサクヤ』の名は都雀なら誰でも知っていることさ。会談の議題は還都の話だったのだが、皇弟殿と叢左大臣が言い合う中で、鬼退治と結界の話になり、サクヤ殿と健平殿が会談したときの話になったそうだ。で、帝がいたくサクヤ殿に興味を持たれてな。サクヤ殿と謁見したいと言い出したわけだ。ただ、無位無官の者は御所には上がれない。なんとか回避しようと言上したらしいのだが、帝が官位を授けるとまで言い出して、もはや是非もなしとなったわけだ。」
「…私、官位を授かるようなことはしていませんが?」
「口実はいくらでもあるだろう?瑞の国府を疫病から救ったり、霊徳童子を退け、祟神と兵六童子を封印したり。まだ何か必要かい?」
「…。」
「それに、皇太子様をあんな目に合わせるから、それほどのものなら朕も神楽を観たいと仰せになられてね。」
「なっ!?」
絶句したのはサクヤではなく藤馬である。それはそうだろう。神楽を催すとなればサクヤ一人の問題ではなく、神楽寮総出で対応しなければならない。
「皇弟殿は最後まで止めようとはなされたんだよ。で、サクヤ殿。官位を授かり、謁見する気はあるかい?」
「断ることはできるのですか?」
「どっちに転んでも…いや、恙無く対応してくれるなら、謁見に応じてくれた方が助かるがね。」
「…この借りは大きいですよ。」
「?!受けてくれるのかい?」
「気は進みませんが…。断る方が面倒臭いことになりそうですし、そうなると右近様もお困りでしょう。その代わり、朝廷には霊徳童子の討伐には全面的に協力していただきますよ。」
「それは元々こちらがお願いしたことだから当然だとも。」
「分かっておられます?朝廷と社との関係を改善していただくという意味ですよ。」
「あっ…、いや!わかった!そこは皇弟殿に全力を尽くしてももらおう。」
「ありがとうございます。」
「あと、これは私の一存というか、勝手な気遣い、余計なお世話かもしれんが、帝との謁見の前に、皇弟殿と謁見してもらえぬか?」
「皇弟殿とですか?」
「うん。今回の件に限らず、皇弟殿にはサクヤ殿の件には色々御尽力いただいたのだ。それに、朝廷の中にあって、皇弟殿は還都に最も積極的な御方でもある。サクヤ殿と意見も近いのではないか?」
「健平殿もそんなことを言っていた気がします。」
「そういうことだ。宜しく頼む。」
右近は深々と頭を下げた。
いつもならすぐに咎めるはずの少将は、その姿を見て咎めるどころか、躊躇しながらも共に頭を下げた。
(立場もあるだろうに…あの少将までがそこまでするのなら仕方ないか…。)
「承知しました。この際、授かれるものは何でも(転移の御力も)授かりましょう。神楽の方は私の一存では…」
「承知しました。手配いたします。ただし、秋の祭の時期は避けていただきたい。」
「畏まった。いやぁ~、肩の荷が降りたよ。これでなんとか皇弟殿に顔向けできる。私も皇弟殿に恩が売れるというものだ。」
いつもの調子に戻った右近に、サクヤは苦笑いを溢した。
「そうそう、ついでと言ってはなんだが、叢も今回の謁見に反対したのだが、心当たりはあるかい?」
「あぁ…、叢の差し向けた刺客を捕らえましたので、只今絶賛拷問中です。」
「もしや、八郎左衛門か?」
「名前も何も吐きませんから、手を焼いているようです。八郎左衛門というのですか?」
「いつも叢の側にいる腕の立つ男なのだが、ここ最近姿を見ない。もしその男が八郎左衛門なら叢が反対するのも頷ける。もしよろしければ、私が面通ししてもよろしいか?」
「…それは良い案ですね。名が割れて右近様が面通ししたと伝えれば、何か吐くかもしれませんから。」
2人が顔が悪どく笑う。
藤馬と少将はドン引きしているが気にもしない。
「間違いねぇ、八郎左衛門だ。」
「そうですか。では隠密寮の者に伝えておきましょう。」
「いやいや、こちらも大収穫だ。これで謁見の間は奴も大人しくしているだろう。」
「ふふ、少し楽しみになってきました。」
「…頼むから、こちらの心の臓が縮み上がるようなのは勘弁してくれよ。」
「う〜ん、それは帝次第ですかねぇ。」
「おぉい!勘弁してくれぇ〜!」
サクヤが退室した後、少将と藤馬で詳細を詰めることになったが、藤馬はサクヤが官位を授かることを頑なに拒否した。
官位を授かるということは帝の臣下になるということであり、命が下れば従わなければならなくなるからだ。
「そこでですが、外国の使節のような立場で謁見し、御所に上がらなければどうでしょうか?それなら前例があるのでは?」
「つまり、別の場所にて帝に行幸を願うと…。確かにそれなら前例があります。」
「それに、神楽を催すのに御所では難しいでしょう。」
「そうですね。であるなら日輪神宮で謁見すればいいかもしれません。神宮や大社の宮司は無位無官ですが、行幸先で拝謁を賜ることはよくあります。それに、神宮なら神楽殿もあるので丁度いいでしょう。」
結局は官位は授からない方向で話は纏まる。時期は夏頃でと決まった。
「という運びになった。詳細は後日だが、皆把握しておくように。」
「…とうとうこの日が来てしまったか。」
「一番避けたい組み合わせだったのだがな…。」
小平太と藤十郎が頭を抱えた。
「何か問題があるか?」
「いや、ちょっと帝に同情しただけだ。」




