御前会議
おはようございます
都のある陽の国は北に海があり、南を瑞と丹の国に接する。都の北東に日輪大社があるが、以前は都が置かれていた里も、今では街道沿いにある宿場町より鄙びていた。
現在、都のある地は五太政家の一角である英氏の所領内にあるが、都事態は帝一族の直轄地だ。
かつて遷都が行われた時に、初代日輪神宮の宮司が生命を賭した結界術を施したお陰で、鬼や穢れ、疫病から都を守っていたが、その結界が間もなく崩壊しようとしている。
御所にある謁見の間では、帝を御簾の内に据えて、参議以上の公卿により御前会議が開かれようとしていた。
本来、皇弟ではあるものの無位無官である豊秋彦はこの会議に出席する資格がなかったが、都存亡の危機であるとして、帝により臨時職『蔵人頭』として出席することになった。
叢左大臣は反対意見を述べたが、帝に頼まれては叢として無理は押せない。
会議には五太政家の他、主だった職制の長が揃っており、最高位である叢左大臣が取り仕切る形で始まった。
「先ずは英大蔵卿、遷都以この都を守護する結界は何時までもつのか?」
「神宮の宮司の話によれば、はっきりしたことはわからぬが、10年は保たないとの話であり、大社の宮司ももって数年との見解で一致しておる。」
「結界が崩壊すればどうなる?」
「鬼や穢れ、疫病が都に入り込みます。」
「鬼は兵部のところで対応しておるのだろう?まだ霊徳童子は倒せぬのか?」
「武具は揃いつつありますが、兵達も鍛錬しておりますが、如何せん実戦経験が少なく…。」
「なれば、鬼が住むという山に攻め入ってはどうだ?」
「下手に乗り込み鬼に喰われては鬼と糧となり、より鬼が強くなる恐れがあるとのこと。それに、まだ攻め入るほどの戦力が整っておりません。」
「其方等は今まで何をしておったのだ?いつになったら戦力とやらは整うのだ?」
「それは…。」
堂兵部は脂汗をかきながら俯く。
「左大臣殿、生兵法は怪我のもとと言う。どんだけ鍛錬しても実戦経験がなくてはいざというとき戦力にならん。それをいきなり鬼の本拠地に攻め入れというのは無理が過ぎましょう。」
「これまで2度にわたり霊徳童子と対峙して退けた赤犬の社の巫女がおると聞く。その巫女に命じればよいではないか。」
「朝廷は社の山兵に命令を出せる立場に御座いません。それに、今の議題は都の結界の話。本題からズレております。」
「ズレてはおらん。鬼の脅威がなくなれば、結界など必要あるまい。」
「何を言っておる?穢れや疫病が入り込めば、如何なる被害が出るか。政を行うものがそのような考えで務まるのか?」
左大臣と皇弟の論戦に、他の公卿は口出しができない。
多くの公卿にとって、快適で利便性のいい現在の都から、大社のある山間部に移るのはできれば避けたい。しかし、疫病や鬼も怖い。どちらの方に利があるか、どちらにつくのが得か、顔には出さないが必死に考えているのだ。
「蔵人、左大臣、朕はできるならば今の都を移りたくない。が、疫病に苦しめられる民も鬼の恐怖に苛まれるのも避けたい。なんとか、この都の結界を維持することは出来ぬのか?」
「蔵人様に代わりこの兵部の発言をお許しください。」
「苦しゅうない、許す。」
「先程話に上がりました、赤犬の社の巫女、最近話題になっておる『神産みのサクヤ』なるものが結界術を用いて鬼を封印したとのこと。或いはこの巫女ならば結界の維持が能うかもしれませぬ。」
「兵部、それは無理だ。」
「蔵人、なぜ無理なのだ?」
「実は大社の宮司である健平殿が、密かにサクヤ殿と会談し、その旨打診したところ、不可能であるとの返答を受けました。『神産みのサクヤ』をもってしてもこの都ほどの規模の結界の維持は出来ない。故に御神域内へ還都する他ございません。」
「そうか…無理、であるか。その『神産みのサクヤ』という巫女、霊徳童子と二度も撃退したと聞くが、討伐は能わぬのか?」
「これもその会談の際に聞いた話ですが、今の戦力では能わぬと。今は何とかこれ以上霊徳童子が強くならないようすると共に、戦力の向上を図っておるとのことですが、先程も申しました通り、我らは社の者に命じる立場にありません。あくまで協力を願うのみ。そのこと、お忘れなきよう。」
「そうか、今は無理なのだな。ということは、そのうちできるということか。」
「お待ちください!その準備が整う前に結界が崩壊する恐れもあるのです。しかも、とある公卿がこのサクヤ殿の不興を買ったとのことで、サクヤ殿は公卿に不信感を抱いているとのこと。そのこと肝に御命じください。」
豊秋彦が叢を睨むと、流石の叢もたじろいだ。
(何故そのことを知っておる!?
此奴、あの娘とどこまで通じておるのか?)
「そうか…そのようなことが。ではどうだろう?朕自らがそのサクヤとやらに陳謝し、協力を願っては?」
「えっ!?お、お待ちください。帝がいち巫女に協力を願うなど、前例がございません!」
「左様です!無官の巫女を殿上になど、出来ぬしきたりです。」
帝の発言に、珍しく豊秋彦と叢の意見が一致した。
「ならば、事前に官位を授ければよい。」
「いえ!あのサクヤという巫女、皇太子様をあの様に怯えさせ引きこもらせたのは、その者の演じた神楽を観たからで、些か気性の激しい娘と聞いております!帝に謁見など、どのような不敬を働くかわかりませぬ。」
「よい。そもそも山の民は服ろわぬ者。朕に対して不敬があっても責めを負う立場にない。
どうせ其方等の話を聞いても平行線なのであろう?であれば、そのサクヤという巫女の話を聞いてからでも遅くはあるまい。叶うなら、貴彦をあのようにした神楽も観てみたいものだ。」
「なっ!お、おやめになった方がよいかと…。」
豊秋彦は悟っている。こうなった帝は我々の意見など聞かない。止めても無駄なことを良く理解していた。
(まずい!まず過ぎる!いきなりこのような事態になるとは…。いや、そもそもサクヤが官位を受けたり、呼び出しに応じるとも思えない。それはそれで問題があるが…謁見することになるよりマシか?)
豊秋彦の頭はフル稼働するが、もう1人叢も混乱していた。
(まずい…もしあの娘が謁見し、八郎左衛門のことが露見すれば大問題になる。奴が戻っていないということは、死んでいるか、最悪捕まっている恐れがある。そうなれば最悪だ…。そうなる前にあの娘を消すか?いや、無理だ。八郎左衛門より腕の立つ刺客などおらん。どうすればよい!?)
「では蔵人、其方が一番サクヤとの接触が図れそうだ。其方に任せる故、謁見の席を設けてくれ。あと、できれば神楽も観たいと要望を伝えてくれ。」
「は、ははぁ…。」
結局、何の結論も得ることなく、御前会議は終了した。
(…どうすればよい?まずは接触を図らねばならぬな…。経晟に頼む他ないが、経晟は何と言おうか…。サクヤが応じるとは思えぬが、あれの気性だ。応じた上で謁見を無茶苦茶にする可能性もあろう…。どうすればよいのだ…。)
その日の夜、豊秋彦に呼び出された右近は、焦燥しきった豊秋彦の姿に絶句する。
「い、以下がなされました?叢が何かやりましたか?」
「いや、やらかしたのは帝だ…。」
「へ?」
「帝がサクヤとの謁見をしたいと仰せだ。しかも、神楽も観たいと…。其方、あれに頼めるか?」
今度は右近が絶句した。
「お待ち下さい。サクヤ殿は無位無官、御前に召すなど不可能では?」
「それが…帝はサクヤに官位を与えると仰った。」
「!…官位と言っても、御前に召されるには殿上人と同する官位が必要です。最低三位からですが、いきなり無位無官の者を三位になされるので?」
「そのおつもりらしい…。」
「ど、どのような理由で?」
「わからぬ。だが、疫病から瑞の国府を救ったとか、鬼や祟神を封印したとか、そこは何とでもなろう。」
「まぁ、確かに…。ただ、サクヤ殿が応じるとは…。」
「そこなのだ。応じるのと応じないのと、どちらが事が小さく収まると思う?」
「そ、それは…、」
右近は答えに窮する。どちらに転んでもよい結果にならない。
「それとなぁ、叢めも反対したのだ。何故だろうか?」
「えっ?叢左大臣も反対したのですか?そ、それは…何故でしょうか?」
「判らぬ。正直、私も混乱しておって、どうすれば良いか判らぬのだ。」
「申し訳ありません。今回ばかりは某もなんとも…。」
「そうか…。」
豊秋彦と右近は頭を抱えた。
「しかし…結局のところ、サクヤ殿の返答次第。当たって砕けるほかありますまい。」
「そうよなぁ。頼まれてくれるか?」
「皇弟殿を行かせるわけには参りません。承りました。」
「すまぬ…。本当にすまぬ。もし、サクヤとの関係に問題が生じるようなら私の名を出してよい。某方はあくまで上からの指示で通し、サクヤとの関係を維持せよ。」
「ここは、「そんなことはできません」と言うべき場面でしょうが、先のことを考えると御言葉に甘えるほかありますまい。」
「よい。其方は矢面に立たねばならぬのだ。災害と思って諦めてくれ。」
「ははは…災害ですか。いいえて妙ですな。確かに承りました。」
二人は朝まで愚痴を言い合いながら飲み交わすことになった。




