ヌシ様、空を飛ぶ
おはようございます
翌日、サクヤは一度鬼防寮に顔を出したが、すぐに御山へ向う旨を伝えた。
ヌシ様への報告なので、誰も文句ひとつ言わないし、止めてもくれない。
「誰か、一緒に来る?」
「いや、遠慮しとく…。」
「そう…じゃあ、行ってくるね…。」
憂鬱そうな顔でサクヤは御山へ向かった。
「何であんなに憂鬱な顔をしてるんですか?ヌシ様に怒られるんですかねぇ?」
「怒られはしないさ。詰られるか誂われるんだろうな。」
「怒られないならあんな憂鬱な顔しなくてもいいと思うんだけどなぁ。」
「お前は平和でいいな。」
小平太は風磨に説明してやったが、サクヤとの付き合いが短い風磨には分からないことが多く、このあたりの機微も理解できなかった。
サクヤは御山へ登る前に薬草園に立ち寄った。
薬草はコノハがしっかり手入れしてくれているので順調に生育しており、サクヤが手を出す余地はない。
畑に御力を籠めるだけにしたが、暫く薬草を眺めていた。
「サクヤ君、まだ御山へ行かないのかい?」
「イズマさん、ご無沙汰ですね。」
「ヌシ様が首を長くして待っているよ。」
「どうせニヤニヤしてるんでしょ?」
「楽しそうではあったね。」
「はぁ~。」
「もう諦めたら?」
「諦めるというか、まだ覚悟が決まりきらないうちにヌシ様に会うことに躊躇いがありまして…。」
「何の覚悟さ?」
「う〜ん、色々。」
「ヌシ様に相談してみれば?」
「相談かぁ。なんとなくヌシ様が言いそうなことは想像がつきます。少なくとも止めようとはしないと思うのです。」
「止める?何を?」
「う〜ん、色々。」
「さっきと同じ答えじゃないか!」
「だって!色々あるんだもん。」
「今日はえらく女の子らしい話し方だね。悩める乙女といったところかい?」
「そう?最近は気負いがなくなったからというのもあるんだけどね。」
「ふ〜ん、何で?」
「周りが強くなってきたお陰で、色々任せることができるようになったからでしょうか。」
「なるほど。」
「まったく、いつまで待っても来ぬと思ったら、このようなところで油を売っておったか。」
「ヌシ様!!」
「なんだ?我がいたら都合が悪い話でもしておったのか?」
「そういうわけではないのですが、態々御足労いただかなくても、こちらから伺いましたのに。」
「それが待てど暮らせど来ぬから出向いたのではないか。」
「それは失礼しました。」
「で、鬼と共存する里や銀鰐社でのことはよその神、と言ってもほぼハクコナリヌシからだが、大方聞いた。チノハズクヌシからも連絡があった。」
「じゃあもう報告することはほぼありませんね。」
「で、我に会いに来ようと思ったということは覚悟を決めたのか?」
「いえ、決まらないから中々赴けなかったのです…。そこでヌシ様にご相談しようかと考えたのですが、どうせヌシ様は貰っておけばいいと簡単に仰るだろうと思いまして…。」
「なんだ、わかっておるではないか。」
「やっぱり…。」
「今更何を躊躇うことがある?」
「私、このままでは人間ではなくなりませんか?」
「なんだ?神になることに不満があるのか?」
「不満というより不安というか、畏れ多いというか…」
「神を産んだ者の言うことではないな。」
「ぐっ…。」
「確かに、今更畏れ多いと言っても説得力もなにもないですねぇ。」
「特に願望があるわけではないですが、私、結婚できますか?」
「其方を好いている者は多いのだろう?」
「いや、そう言う問題ではなく、世の中に許されるのでしょうか?」
「サクヤ君がそんなこと気にするんだ。世間の目なんてまるで無視した言動ばかりしているのに。」
「まるで無視なんて!そんなことないです!」
「じゃあなんで帝一族なんて絶えればいいとか、皇太子にボンクラとか言えるのさ。」
「ウグっ…。」
「そもそも、転移術など結界術の一種であろう。今更なにを躊躇うのだ?」
「転移術は結界術とはやはり一線を画します。やはり特別な物だと思うのです。」
「そうは言うが、其方が散々愚物扱いした宮司ですら使う神力であろう。あの程度の者のが使える物を其方が使って何の問題がある?」
「あ…」
「やっと得心がいったようだな。」
「目から鱗が落ちたと言いますか、思わぬ盲点を突かれたと言いますか…。」
「まったく手の掛かる。喉が渇いた。水に力を籠めてくれ。」
「は、はい。」
サクヤは呆然としたまま湧水に御力を籠めた。
「其方…汲み置きの水ではなく、湧いてくる水源に直接籠めおったな…。」
「まずかったですか?」
「いや、其方の力量、並の神を遥かに凌駕しておるのではないか?そう言えば、どのくらい飛べるようになった?」
「そうですね、寝る前に少しだけ浮遊して力量を消費するのですが、およそ半刻(1時間)は。ある程度高さを出して移動までするとなると、四半刻くらいでしょうか?」
「何故それに抵抗を感じないのに、転移術を躊躇するのか我には分からん…。」
「ですねぇ…。」
アカイヌヌシとイズマは額を押さえて理解し難いという顔をする。
「えぇ!これって可怪しいことなんですか?!」
「人が空を飛ぶことを不思議に思わない其方の思考が一番可怪しい。」
「酷いです、ヌシ様!」
「はぁ~、我は酷く疲れた…。其方、我を抱えて奥宮まで飛べるか?」
「多分問題ないかと…。」
サクヤはアカイヌヌシを抱っこすると、人目につかないよう、低空で木々の間を抜けながら一直線に山頂を目指す。
「うぉぉぉぉ!凄い、凄いなこれは!」
「文句を言う割には楽しんでらっしゃるじゃないですか。」
「別に文句など言っておらん。其方の思考が理解し難いだけだ。」
「落としますよ…。」
「わぁぁあ、悪かった!それは勘弁してくれ!」
力量の暴力で移動速度は鳥の様に早い。高さはないが、この状況から落とされればただでは済まない。
「最初は爽快で楽しかったが、いつ落とされるかと思うと、最後は恐怖であったな…。」
「本当に落としたりしませんよ。」
「其方冗談も真顔で言うから恐ろしいのだ。」
「では、帰ります。」
下山を開始しようと歩き出すサクヤに、アカイヌヌシは首を傾げた。
「なんだ?帰りも飛んで帰ればよいではないか。」
「…それもそうですね。」
サクヤは軽く助走をつけて飛び立つと、来た時の倍の速度で帰っていった。
「あれは並の神どころか、既に我をも凌駕しておるのではないか?いや、しておるな。」
アカイヌヌシは水を飛ばすようにブルブルと身体を振るい、なんとか落ち着きを取り戻す。
「あれに相応しい夫か…。確かに、もう神くらいしかおらぬかもしれぬ。」




