角田のヌシ様
角田の里で、赤犬の里から山兵が派遣されるのを待っている間、サクヤは兵六と小夜を交えて今後の方針について話し合っていた。
「流石に兵六のままでは…。多くのヌシ様は『○○ヌシ』と名乗られておりますから、略したときにヒョウロク様と呼べるようにすれば如何でしょうか?」
「略したときにヒョウロク様ですか…。」
サクヤと小夜は、兵六の神としての新しい名前について、あーでもない、こーでもないと悩んでいた。
「名など何でもよいのだが…。もうヒョウロクヌシで良いのではないか?」
「流石に威厳がございません!兵六様には立派な神様として皆に崇拝されなければなりませんから!」
小夜は安易な命名には反対なようだ。小夜が納得しないので、兵六も付き合うしかない。兵六にとって小夜は、身も心も流浪を続ける自分を救ってくれた恩人だ。小夜の希望にできるだけ添ってやるのが自分の役目と心に決めていた。
結局、兵六の神としての名は『ヒョウノロクツノヌシ』に決まった。
(ヒョウロクヌシと大差ないではないか…)
と、思った兵六だったが、小夜の満足気な顔に、言葉にも態度にも出せなかった。
因みにヒョウノロクツノヌシの名の由来は、ヒョウロクとツノダを合わせただけの単純なものである。ツノダは勿論角田の里が由来だが、元は鬼であることから鬼の角にかけたわけである。
「次の問題はヌシ様のご利益ですね。」
「そもそもヒョウロク様の御神力が何か知らないのですが、どのような力を使っておられたので?」
「それがなぁ、兎に角力の限り暴れてきただけで、これといって特別な力を使っていたわけではないのだ…。」
「それはそれで凄いことですが…。」
「武運長久ですか…。小屋、いえ本殿の前に武具を供えておけば、一晩で御力を籠めていただくとかできませんかね?」
「あぁ、それならできるやもしれん。試しにそこの鍬にでも籠めてみるか。」
サクヤが言われた鍬を本殿の前に供える。
「力を流し込めばよいのだろう?」
「加減を間違えぬように。粉砕することになります。」
「むぅ~、難しいことを言うなぁ。」
「ヒョウロク様ほどの力なら、ほんの僅かに籠めるだけで十分なはずです。」
「ほんの僅か…。」
兵六が呟くと鍬がほんのり光始める。
「止めて下さい!もう十分です!」
「たったこれだけで良いのか?」
「はい。特に鍬などはそれ程御力を籠めれる物ではありません。私ですらほんの少し籠めれば十分なほどですから。」
「そうか…。今一つ手応えがないな…。」
「そうやって御神力を使っているうちに、新たな力に気付くこともあろうかと思います。色々試してみてくださいませ。結構便利なものですよ。」
「其方もそうやって出来ることを増やしているのか?」
「授かった物も多いですが、自分で探求したものや発展させた物が多いですね。結界術などは詳しい者に見せたら呆れられました。」
「ハハハ、其方らしいな。よし、俺も色々試してみよう。封印されるとなるとさぞ退屈かと思ったが、中々どうしてやることがあるものだな。」
兵六はどこか楽しそうだった。
「本当に御神域を創っちゃったんですね。」
赤犬社から派遣されてきた山兵の隊長格は宗次郎と勘助だった。宗次郎は呆れた顔で里の景色を眺めていた。
「沃の国に行ってくれって言われて何事かと思ったが、こんな事態が起きているとはな。」
「すみません。御足労頂いて。こちらのヌシ様を紹介しますね。この度、角田の里のヌシ様となられたヒョウノロクツノヌシ様です。長いのでヒョウロク様と呼んでいますが。」
「兵六だ。宜しく頼む。」
「この小屋の中にヌシ様が・・、我らは赤犬の社から派遣されてまいりました、勘助と宗次郎です。宜しくお願いします。」
「こちらこそ宜しく頼む。我はこの小屋の中に封印されておる故、野盗等の外敵から里を守ることが出来ぬ。其方等が頼りだ。」
「はっ、全力を挙げて里を守り抜きます。」
「見ての通り、この社の御神域は少しずつ拡大し、この里を概ね神域内に収めている。鬼が入り込んでくる心配はないが、人の出入りは自由だ。野盗や野武士、あとは妖魔に警戒して欲しい。あと、ゆくゆくはこの里の者で自衛しなければならぬので、 彼らを鍛えて欲しい。」
「えぇっと、まず前提として、見ての通りと言われても俺らじゃ御神域を視認できん。そんなことできるのサクヤ殿くらいだ。それはまあいいとして、三個小隊では少し心もとないな。早急に里の男達を鍛えなきゃならんぞ。」
「武具への御力籠めはヌシ様が行ってくれるので、兎に角腕の立ちそうな者を選抜しましょう。里の者には全員御力の有無を確認します。強制発動しますのでそれなりの数が用意できると思いますよ。」
「この里では俺たちの常識が通用しないみたいだな。御力の強制発動ってなんだよ?」
「あぁ、まあその辺はおいおい。そういえば社の運営に詳しい方は?」
「それは私に任せて!」
「安澄!?なんで、こんなところに?」
「サクヤが社の運営に詳しい人を寄こせって言ったんじゃない。」
「え、安澄、詳しいの?」
「色んな寮で便利使いされているうちに、いつの間にか詳しくなっていたのよねぇ。」
「なるほど。じゃあ、里の人たちに運営の基本を教えてあげて欲しい。」
「基本かぁ。まぁ、何とかなるんじゃない?やってみるわ。」
「なんとか目途がついたか。我々もそろそろ出立するか。」
「そうだな。ここには随分長居したからな。」
サクヤ達は兵六を封印してからは、半数が宿場、残りが里で寝起きしながら、仮設の社務所を造ったり里の者を鍛えたりと忙しく過ごした。サクヤは小夜に宮司としての務めを一通り教えたりしていたが、サクヤとて宮司などやったことはないので、かなりいい加減な指導だった。
「じゃあ、我々は銀鰐津社に向かうとしよう。また帰りによる予定だから、しばらく留守を頼む。」
「はいはい、行ってらっしゃい。お土産よろしくねぇ。」
「緊張感のないやつだなぁ。」
「あれが安澄だ。」
「だな。」




