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浄弓の巫女サクヤ 〜里の因習なんて無理なので御神力を使って鬼を倒しに行きます〜  作者: 一角獣
第2部 進化〜進撃の巫女姫〜

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神産みのサクヤ

 この国の情報伝達速度は決して速くはない。

 しかし、赤犬の社の巫女が強力な鬼を封印し、神として祀ったという大ニュースは、『神産みのサクヤ』の二つ名とともに瞬く間に知れ渡った。




「『神産みのサクヤ』…あのサクヤがそのようなことを成したのか…。」


 日輪大社に滞在するのがすっかり普通になった豊秋彦は、神産みのサクヤの知らせを受けて唸る。


(これで、都でもサクヤの名を知らぬ者はいなくなっただろう。妙な担がれ方をしなければよいが…。あの気性だ、帝相手でも喧嘩を売りかねん…。)



「随分難しい顔をされているのですね、豊秋彦様。」

「茜殿か。」


 茜は日輪大社宮司健平の妹で、豊秋彦が密かに皇太子に嫁がせようと考えている女子だ。叢雲左大臣の娘のライバルと言える娘だが、当の本人はまだその計画を伝えられていない。宮司で兄の健平は知らされていたが、敢えて朝廷の政争には深く関わらないようにしている。



「茜殿は『神産みのサクヤ』の話を聞かれましたかな?」

「はい。世の中には凄い方がおられるのだと、感心しております。そのような御方こそ、皇太子様の妃に相応しいのではないですか?」


(…もしや、勘づいているのか?それも仕方ないか。)


「ははは。それは無理でしょうな。」

「何故です?」

「皇太子様は、そのサクヤ殿に恐れをなして逃げ帰ったのです。」

「えっ?!どういうことでしょうか?」


 豊秋彦は赤犬の社での神楽鑑賞の顛末を茜に聞かせた。皇太子である貴彦の名誉を守るために黙っておこうかとも思ったが、都では知られた話である。いずれ耳に入ることを考えたら、早いうちに言ってしまう方がいいだろうと判断した。


「あははははは!そのサクヤ様という方は本当に凄い御方なのですね。演技と判りきっている神楽で、そこまでの恐怖を煽るなど、そうできることではありませんでしょう。」

「私も一度だけ観たことがあるのですが、本当に魅入ってしまいました。サクヤ殿にはなんとも不思議な魅力があるのです。老若男女問わず、観客全員が魅了されておりました。」

「それほどですか…。私も是非観てみたいですわ。」

「いずれ機会もありましょう。今は鬼の被害を防ぐ為に、各地を巡っておるようですが。」

「鬼をですか?」


 豊秋彦はサクヤについて知っていることを簡潔に説明する。口にしてみるとともて実在の人間、しかもまだ16歳になったばかりの娘の話とは思えなかった。


「そ、それはどこか尾鰭が付いているのでは?」

「ここにもよく顔を見せる鐵右近はサクヤ殿と協力して霊徳童子と渡り合ったこともあり、行動を共にすることも多いのです。その右近の話をいくらか控え目に話したつもりなのですがな。」

「あ、あれで控え目なのですか?」

「私が直接サクヤ殿を見たのはその神楽の時だけですが、(とても自分の娘とは思えないくらい)かなり人間離れした御力の持ち主のようです。」

「きっと鬼神のような方なのでしょうね。」

「ハハハ、確かに。ですが、器量は人目を引くほど美しい娘です。見た目の美しさと鬼神の如き内面の両方を味わった皇太子様は果報者かもしれませんな。」

「まぁ、豊秋彦様ったら。随分意地悪ですね。」

「これで少しは性根が治ればよいのですが…。」

「私はそんな頼りない殿方はご遠慮したいですよ。」


(ふっ、やはり気づいておるか…。女の勘は恐ろしいな。)





「少将、それは本当の話なのか?」

「はい。信じ難い話ですが、我々も手出しができなかった沃の国角田つのだの里の兵六童子で間違いありません。」


 右近は呆れを通り越して恐怖を感じた。


(いやいや、サクヤが凄いことは判っていたが、よもやあの兵六童子を封印するとは…。)


「『神産みのサクヤ』の二つ名で、都でも話題をさらっております。」

「まったく、あの娘は人の気遣いをなんだと思ってるんだろうねぇ。」


(折角人が目立ち過ぎないようにしてやったというのに。)


「兵部様がサクヤ殿について聞きたいと申されておりますが…。」

「兵六童子が討伐されたのかどうか、事実を確認せねばなるまい。少将、私は沃の国に行く。兵部殿には宜しく言っておいてくれ。」

「なっ!?将軍様!」






「八郎左衛門はまだ帰らぬのか!」


 叢左大臣は酷く苛立っていた。

 サクヤを連れてくると言って出て行ったきり八郎左衛門はいつまでたっても戻らない。


(あの男に限って遅れを取ることなどないはずだが…。しかし、都の噂では、あの娘は兵六童子なる強い鬼を封印したという。それほどの手練れなら八郎左衛門を破ってもおかしくはない。いや、そんなことより、何故あのサクヤとかいう娘は鬼を封印できたのだ?結界術をどこで覚えた?)


「噂の真相は判らぬのか?」

「はっ、兵部殿が将軍を呼び出そうとしたそうですが、将軍はことの真相を確かめると沃の国に行ってしまったそうで…。」

「またあの男か!忌々しい。」

「父上様、何をそんなに苛々されておいでです?」

「紬か。」

「都では『神産みのサクヤ』の話で持ちきりですが、父上様はそのサクヤとやらとご縁がおありで?」

「何故だ?」

「そのような面白き女子、一度会ってみたいではありませんか。」

「会っていかがするのだ?」

「鬼の討伐の話でも聞かせて頂きたいですわ。五太政家と言っても、わたくしのような女子は1日中屋敷に籠っております故、退屈で退屈で。その娘ならきっと刺激的な話を聞かせてくれるでしょう?」

「一度屋敷に呼ぼうとしたのだがな…。そのサクヤとかいう娘も多忙なのだろうよ。」

「まあ!五太政家の誘いを断ったのですか。そう言えば、最近あの辛気臭い男を見ませんが、如何されましたか?」

「八郎左衛門のことか?他国へ使者として出向いておる。」

「そうですか。生きておればよいですね。では、わたくしは花嫁修業の琴の稽古にいかねばなりません。失礼します。」


(生きておればだと?あやつ、何か知っておるのか?我娘ながら、腹の読めぬ女だ…。)





「サクヤっ!サクヤだと!鬼を討伐したのか!なんと恐ろしい娘だ!やはりあの娘は鬼神なのだ!」

「落ち着いて下され貴彦様!」


 貴彦はあの神楽から戻って以来、御所の自室から殆ど出ない生活を送っていた。

 叔父である豊秋彦から、大社に来て武具への御力籠めをするよう何度も手紙が届いたが、黙殺を続けている。


(あの娘の言うことが本当なら、私じゃなくても御力籠めはできるんだ。私が行かずともよいではないか。そうだ、叔父上がやればよいのだ!)


「貴彦様、このように部屋に籠っておられては身体に悪うございます。最近は頬などもふっくらされておいでで、少し乗馬や弓の稽古でもなされてはいかがですか?」

「五月蝿い!御所から出てあの鬼神が来たらどうする!御所ならば特定の者以外が入れぬよう結界が張られておるから安心ではないか!」

「そのような娘が来たとて、都には朝廷の兵もおりますれば、貴彦様に手出しなどできようはずも御座いません。」

「ならば、朝廷の兵はサクヤが討伐したという鬼を討伐できるほど強いのだな?」

「い、いや、その…それは…。」

「できぬのであろう?ならば、どうやってあの『神産みのサクヤ』から余を守るというのだ!」

「しかし…ソロソロ妃も決めねばならぬというのに、会おうともされぬのは…。」

「女はよい!あのような恐ろしい生き物とどうやって一緒に暮らすというのだ!妃などいらぬ!なんなら皇位すらいらぬ!明日彦にでもくれてやればよい!」

「なんということを!帝がお聞きになれば嘆かれましょうぞ。」

「嘆かせておけばよいわ!」


 側近である柊弾正はひとつの覚悟を持って貴彦に告げる。


「では、あのサクヤなる娘が誠に鬼神であれば、御神域である大社には入ってこれぬはず。大社の宮司は結界術が使えます故、客殿より強力な結界を張ることも能うでしょう。ここは大社に篭もられみては如何ですか?」

「大社か…。ここより安全なのか?」

「はい。都の結界はもう何年も持たないと言われております。こちらに篭もり続けるより安全かと…。」

「わかった…。大社へ行こう。今ならサクヤも沃の国におるはず故な…。」


(やれやれ、サクヤ殿が本当に鬼であれば、そもそも赤犬の里に住める訳がないのだがなぁ。まあよい、これで叢の娘から遠ざけ、健平殿の妹御との接近が図れる…。)





「サクヤは御神域の欠損の補修に行ったと聞いているのだが…。」

「ええ、なんでしょうね、この『鬼を封印し、新たに社を造ったので、当面里を守る為の山兵を派遣して欲しい。』って…。」

「鬼を封印したまでは行きがかり上そういう事態が起きたのかもしれぬと理解できなくはない。だが、新たに社を造ったとは何だ?」

「本当に『神産みのサクヤ』になったということですかね…。」

「そんなことができるのか?」

「サクヤさんですから…。」

「そうか…、サクヤだったな…。」


 宮司と藤馬は頭を抱えて溜息を吐いた。


「取り敢えず、3個小隊ほど派遣しておきます。人選は各頭に任せましょう。」

「そうだな…。帰ってきてから事情を聴かぬ限り、何もわからん。誰かあやつに自重という言葉を教えてくれぬものか…。」


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