沃の国
おはようございます
「久し振りの船旅だな。」
サクヤ達は白狐の里を出発した。
櫛の国から沃の国までは川で繋がっているのと、沃の国は湿地が多いため、馬より舟の方が良いだろうとの判断だ。
そのため、馬達は白狐の里に預けてある。
目的地は国府より海側の中州の一つにある祠で、国府にも一応顔を出す。
将軍に手形を発行してもらったこともあり、沃の国内をスムーズに移動するためにもお伺いは立てておこうという、蒼衣の意見を採用したものだ。
御神域の補修完了後は、沃の国の社『銀鰐津社』にも参拝する予定である。
銀鰐津社は小島にある社で、非常に美しいと蒼衣が言っていたのを憶えていたサクヤが行ってみたいと言い出したのが理由だが、ハクコナリヌシの忠告が不安を煽る。
そして、「鬼と共存する里」の存在。
船上のサクヤは難しい顔で川下の先にある沃の国に思いを馳せていた。
川下りといえどそれなりに時間はかかる。途中国境の関所で入国の手続きがあるため、関所のすぐ先にある宿場町で一泊となる。
「つかぬことを伺うが…。」
サクヤは情報収集を兼ねて、宿の中居から鬼と共存する里について聞き出した。
「沃の国と西にある国との国境の手前の北側にその里はあるそうです。」
「沃の国中を巡ることになりそうだな。治安が良くないのだろう?」
「この面子ならその辺りは問題あるまい。」
「巡る順番はどうする気だ?」
「先ずは国府に行ってからだが、欠損の補修が再優先だな。それから鬼と共存する里、最後が銀鰐津社だな。」
「何度野盗や野武士達に絡まれるか賭けるか?」
「不謹慎だなぁ、龍子さん。」
「あと、銀鰐津社のヌシ様はかなり癖のある方だそうだ。そちらも心配ではあるが…。」
「ヌシ様だろう?必ずしも会えるわけじゃないんじゃないか?」
「甘いです小平太さん。神々の間で噂になっているサクヤ様が訪れているのに、黙っているヌシ様などいるとは思えません。」
「確かになぁ…。」
「嫌な言い方するな、千代。」
「まぁ、どうにせよ刺激的な旅になることは間違いなさそうだ。ワクワクするじゃないか。」
「龍子さんが楽しそうで何よりです。さぁ、心配しても始まりませんし、早く寝るとしよう。明日も早いぞ。」
翌朝、宿を早朝に立ち、朝1番の船便で川を下る。
国府には昼過ぎに到着した。
「まずは表敬訪問だな。」
門番に来意を告げると、案内の者が応接室に通してくれた。
人数がいるので、応対するのはサクヤと蒼士郎、千代、小平太の4人である。
「待たせたな。沃の国大輔の柚木だ。国守様は多忙故、私が承る。」
「赤犬の社から参りました、乾のサクヤです。鬼防寮の頭を務めており、彼等はその隊長格の者です。」
「将軍様発行の手形を持っておるのは?」
「我等のお役目が将軍様の信任を得たお役目であるという証明です。ご協力をとまではいいません。ことが円滑に運ぶよう、国内の役人や奉行に申し伝えして頂ければ助かります。」
「なるほど…。承った。」
「それから、一つお聞きしたいのですが、西の国境の手前に鬼と共存する里があると聞いたのですが、国府では認知されておられるのですか?」
「うむ…。取り敢えず害がないし、里の者達からも訴えがない故、様子見をしておる。」
「そうですか…。もし、我等がその鬼を討伐するとなった場合、国府はこの件に関してどのような対処をなさりますか?」
「鬼はこの国の民ではないし、民の所有する家畜でもない。どうしようと感知することはない。だが、共存しておるのであれば、その里の者達がよく思わない可能性もあるだろうな。問答無用で討伐するつもりか?」
「そこは何とも…。共存していると言っても色んな形があると思います。その有り様をよく吟味してからとなると考えています。」
「そうか…。討伐したはいいが、逆に国が荒れるような結果は、我等も良しとしない。ことは慎重にあたって欲しい。」
「了解しました。ですが、まずは御神域の欠損を修復するのが優先ですので、それが終わってからことにあたりたいと思います。」
「そうか。情けない話だが、この国は荒れておる。呉れ呉れも気を付けて旅するがいい。責任は取れんからな。」
「我寮の者達は皆腕に覚えのある者達です。ご心配には及ばないかと。もし身の危険を感じたら、速やかに対処しますので、豪族の一つが断絶したとてお赦し願いますね。」
「豪族の一つが断絶…。ハハハ、中々面白い事を言うな。お手並み拝見といこう。」
「あの大輔、典型的な事なかれ主義者だな。」
「国守の多忙もどうせ嘘だろうな。恐らく荒れるに任せる国の政に嫌気が差しているのだろう。」
「依頼した申し伝えもちゃんとやってくれるか怪しいな。」
「余り期待しないでおこう。言質はとったのだ。何かあってもあれのせいにしておこう。」
「知らぬ存ぜぬで逃げそうだがな。」
「その時はその時だ。国もろくに治めれない国府の兵など、大した脅威にはなるまい。」
「やれやれ、前途多難だな。」
国府の宿で一泊してから、サクヤ達は中州の一つにあるという祠を目指す。
祠は中州の一つの小高い山のうえにあった。
元々は島だったらしいが、度重なる洪水により、三角州が拡大した結果、島が中州に取り込まれる形になったものだ。
かつては舟でなければ参拝できない、航海の神様も、今は陸続きになっているので、徒歩で参拝が可能である。
「それ故に、土地の者以外の人間が入り込みやすいというわけか。」
「そういうことだな。ほら、あれがそうらしい。」
サクヤはお供え物があったであろう器を結界で囲って浄めを行う。
「後は修復だ。」
手慣れた作業を行うように、淡々と補修を行う。
「終わったぞ。さて、この呪物はどうしたものかな…。」
「それは当社で封印しましょう。」
突然の背後からの声に一行は思わず身構える。
「怪しい者ではない。私は銀鰐津社の宮守や。」
「銀鰐津社の…。」
「名乗るのが先でしたな。私、破魔寮頭の菊三郎といいます。よろしゅうに。」
「赤犬社、鬼防寮頭で乾のサクヤです。」
「おおっ!貴方様があのサクヤ様ですか。お噂は予予聞いてます。」
「…どのような嘘でしょう?最近は些細な話に尾鰭が付いて、誤解されることが増えておりまして。」
「それは、神に最も近い巫女、神産みのサクヤとか色々聞いてますよ。そして噂に違わぬ、いや、それ以上の美しさや。」
「はぁ~、話半分だと伝えておいてください。そんなことより、そちらでこの呪物を封印していただけるので?」
「ええ。この国の中での困り事ですからに。当社で責任持って処理しますわ。」
「では、何故今まで放置を?」
「そりゃあ、当社に結界術を使える人間がいてませんからな。」
「なるほど。とはいえ、放置したままではこの祠の御神域が崩壊し、祟神を生むことになるところでした。なぜ、ここから運び出そうとしなかったので?」
「いやいや、その器が呪物やと判る人間がどの程度います?我々凡人にはその判断すら難しいのですわ。というか、御神域に欠損が発生していることすら知りませんでした。貴方様が入国したと聞いて、当社にお招きしようと追って来た次第でしてね。」
「…そういうことですか。事情は判りました。ですが、すぐそちらの社に向う訳にも参りません。他にも用がありますので。」
「そうですか…。じゃあ、ひとまずその呪物をお預かりし、社で管理させて頂きます。」
「では、宜しくお願いします。」
「引き受けました。この後はどちらへ?」
「鬼と共存する里という所に行ってみるつもりです。」
「あぁ、あそこですか。何ともややこしい所ですわ。どうなさるおつもりで?」
「それは見てから考えます。」
「そうですか…。あまり深入りせんことをお勧めしますわ。ほな、気を付けて。」
菊三郎はそう言うと、呪物を抱えて去って行った。
「いったい何があるのでしょうね、その里は。」
「行ってみないと判らんな。全てはそれからだ。」
「だな。取り敢えず今日の宿に行こう。」
サクヤ達は次の宿場町まで向うが、着くまでに3度も野盗や野武士を蹴散らす羽目になった。
「まったく、碌でもない国だな。
だが、海というのは美しい。遠くに見える島々にも人の営みがある。いつか行ってみたいものだ。」
「この海は内海で穏やかだからね。都の北側の海はもっと荒れてて少し寂しい雰囲気があるんだ。」
「そうなんですね。そちらも見てみたいです。」
「鬼斬りになれば各地を周るからな。見聞を広めるにはいいぞ。」
「そうですね、考えてみます。」




