サクヤの弱点
おはようございます
赤犬社の門前町は冬の厳しさが薄れ始め、霜が降りない朝も増えている。
龍神社からの留学生である蒼衣と蒼士郎は、社の客間で暮らしていたが、寮での鍛錬が終れば自由な時間を過ごせる。
この日、蒼衣は安澄からの誘いを受け、伊都と龍子とで門前町の食堂で夕餉をともにすることになっていた。
約束の時間より少し早めに店に着いた蒼衣は、お品書きを見ながら溜息を吐いた。
日中の鍛錬では蒼衣のやることは少ない。
龍神社にいた時も、蒼衣の役目は交渉役兼外交官であり、巫女として禊祓を行うこともあったが、武芸は自衛のための最低限だけで、とても戦力にはなれなかった。
鬼防寮の鍛錬では、同じく戦闘員とは見做されていない伊都と自衛の為の鍛錬や、乗馬をする程度であった。
(私はここでサクヤ様から学ぼうと思って留学してきたのに、まだ何も身につけれていない…)
「あら、蒼衣さん、早かったのね。」
安澄がいつも通り元気に店に入ってきて、向かいの席に座る。
「お待たせ。」
直ぐ様龍子も入ってきた。
周りの男よりも大きい龍子が隣の席に座ると、なんだか急に狭くなったような気がした。
龍子に少し遅れて伊都が入ってきた。
伊都は蒼衣の斜め向かいに座る。
「揃ったわね。皆今日は飲むでしょ?」
「そうですね、少しいただきます。」
「勿論飲むぞ!」
「私もほどぼどに。余り飲むと兄上が五月蝿いですから。ところで、今日は何でサクヤ様と千代さんを誘わなかったのですか?」
「サクヤは竜三さんに連行されてたまま戻らなかったし、千代さんは隠密寮に行ったままでね。」
「そういうことですか。」
「それに、蒼衣さんと伊都は、あの2人がいると言い難いこともあるでしょ?折角だから吐き出しちゃいな。」
「いや、そんなことはないんですけど…。」
「なんだ、そうなのか?じゃあ、今日はお姉さんが悩みを聞いてやろう!」
蒼衣と伊都は目を合わせて困惑する。
すると伊都がポツリポツリと話始めた。
「悩みですか…、自分の存在意義ですかね…。私、力量が多くても使い所がなくて。正直、鬼防寮では肩身が狭いんです。」
(あっ…同じだ。)
「わ、私もです!私も戦力になれていない気がしてまして…。」
「貴方達は御力が使えるじゃないか。私なんてここに来て鍛錬以外のことなんて何もしてないわよ。戦闘以外じゃなんの役にもたちやしないからね。」
「でも龍子さんは強いですから、戦力向上に貢献されてますよ。」
「だとしたら、皆其々の場所で頑張ればいいだけじゃないか。」
「鬼防寮は、ほら、サクヤが基準になってしまってるじゃない。あんなの基準にしたら誰だって無力感を感じるわよ。」
「あっ…。」
「私はサクヤさんと現場に同行したことがないからよくわからないんだけど、やっぱり凄いのかい?」
「あの子は規格外だもんねぇ。」
「そうですね…サクヤ様は力量が途轍もなく多いうえに、戦闘力は御存知の通りですし、近接戦闘も強いのに本業は弓兵です。しかも、結界を矢に変えて力量が尽きるまで連射できます。あとは、あらゆる物に御力を籠めれたり、調薬もできてとんでもない回復力の傷薬を作って一瞬で傷を塞いで跡すら残しません。あとは一度に神楽で集まる観衆全員を浄化したり、魅了したり。御力かどうか判らない部分では、人間離れした跳躍力とか、異常な勘の良さとか。隠密としても優秀ですし、指揮官として兵法を熟知されてますね。それであの器量ですからね…。」
「そりゃあ…規格外だねぇ。何か弱点とかないのかい?」
「弱点ですか?恋愛に疎いとか、基本面倒臭がりだとか…他に何かあります?」
「得意でないことはあるけど、基本器用だからなんでも人並み以上にはできるよねぇ。敢えて言うなら、性格に難があるから、すぐに喧嘩を売ることかなぁ。」
「基本的には優しい人なんだけどね。」
「よく分かった…。やっぱりあれを基準にしちゃ駄目だね。」
「あとサクヤの右腕とも言える千代も大体何でもできる子だから、余計に専門職の人間は卑屈になるんじゃないかなぁ?」
「確かに。そう考えると男達は戦闘に特化してるのに気にしてなさそうようね。」
「そうは言っても、左馬介以外は皆サクヤさんを意識してるから、大変そうよ。」
「それは別問題じゃない。」
「おや?騎重郎もかい?」
「元々はサクヤに言い寄ってたし。賭けに勝ったら自分の女にしようとしていたくらいだけど、負けてからあまり積極的ではないよね。馳遊馬さんに遠慮してるのかしら?」
「余りにも実力が違うので、諦めたのではないでしょうか?」
「でも、騎重郎は結界術が使えるようになったから、幾らか芽が出たんじゃないかい?」
「そうなんですよね…。私もせめて結界術が使えたら御役に立てそうな気がするんですが。」
「蒼衣さんは何ができるんだい?」
「私は禊祓と御力籠めくらいでしょうか。」
「伊都さんは?」
「私も蒼衣さんと同じです。」
「そう言えば伊都ってさぁ、以前神楽の時に笛で怪現象を起こさなかったっけ?」
「あっ!あれは、その…実は笛の音に乗せて浄化の御力を…。」
「やっぱり!あの時はサクヤのせいにしていたけど、何か可怪しいと思ってたのよ。」
「それって、複数の鬼を討伐する時に使えるんじゃないか?聞かせるだけで浄化できるんだろ?倒せないまでも弱体化くらいはできるんじゃないか?」
「あ…、そうかもしれません。」
「試してみる価値はありそうね。伊都は力量もあるから、案外戦力になるかもよ。」
(伊都さん、いいなぁ。
私は何か他にできることがないだろうか…。)
「その理屈でいうなら、蒼衣さんも同じことができるんじゃないの?禊祓ができるんだし、笛も吹けるでしょ?」
「えっ!?そんなこと、できるんでしょうか?」
「えぇっと…、基本的に御力籠めと同じなんです。笛に御力を籠めれば自然と音に乗って広がるから。」
「…今度試してみます。」
「そうそうそのいきよ!サクヤなんてもっと好き勝手に御力を使ってるんだから、あれくらい自由な発想で色々やってみたらいいんじゃない?」
「そうですね、蒼衣さんも宮司の一族で、元々力量は多い方ですし、最近は大分増えているんですよね?」
「そうですね…。私は元々サクヤ様に学ぼうと思って留学してきたのですから、あの規格外さに圧倒されるんじゃなくて、自由さを学ぶべきだったんですね。」
「あと私、個人的にやってみたいことがあって…。
元旦に奥宮に行ったとき、サクヤさんが使ってた護符、凄く便利そうだったの。私も護符の勉強がしてみたい。あれなら少しは役に立てるかもしれないし。
蒼衣さんもいっしょにやってみませんか?1班と2班、両方に1人ずつ護符使いがいれば何かと役に立ちそうじゃないですか?」
「護符…ですか…いいかもしれません。
いや!いいです!それ、絶対やってみたいです!」
「よかった、ひとりでは心細かったので、一緒にがんばりましょう。」
「いいことじゃないか。なんなら梟の社に口をきいてもいいぞ。」
「「「さ、サクヤ!!!!」」」
「いつからそこにいたの、あんた!」
「最初からいたぞ。全部聞かせて貰ったよ、色々と…。」
(ひいいいいいいいいい!)
サクヤは竜三と省吾と3人で少し離れた席で飲んでいた。
「なんでこんなところに?」
「頭が春の祈願祭での奉納神楽の打ち合わせを兼ねて飲もうと言い出してな。省吾もいたから一緒に来ただけだ。」
「そ、そうなんだ。」
「しかし、好き放題言ってくれてたな…。」
「いや!あれはね、サクヤがいかに凄くて頼りになるかって話をね…。」
「とてもそんな風には聞こえなかったけどな…。」
「安澄、お前達は声がよく通るから。どんどん機嫌が悪くなるサクヤを宥める者の気持もわかって欲しいもんだ。」
「ごめん省吾!まさか、こんなところにいるとは…。あんな存在感の塊のようなサクヤがいて気付かないとは思わないじゃない。大体、なんでサクヤは今日に限って髪の毛結ってるのよ!」
「久し振りに鬼面を被って舞ったから、カツラを被るのに結ってそのままにしてるだけだ。」
「紛らわしいわね!もう今日は頭が2人いるから、2人の驕りね!」
「待て!なんでそうなる!私はどう考えても被害者だぞ!」
「儂はまったく無関係だぞ!」
「元々はサクヤが自由過ぎるから寮の人達が振り回されているのが原因なんだから、そのくらいしなさいよ。」
「だとしたら安澄は関係ないじゃないか!」
「何言ってんの!そんな彼女達を見かねて、寮の者でもない私が憂さ晴らしの場を設けてあげたのよ。頭ならそのくらいしなさい!」
「ぐっ…、安澄は口だけは達者だ…。」
結局、サクヤと竜三は驕らされることになった。
竜三は完全なとばっちりである。
「正直、護符については私もよくわからないところが多い。丁度うちの護符寮頭が梟社に行ったままになっているから、一緒に学んでくればいい。」
「それだと御神域の補修は…?」
「居残り組を連れていけば人数的には問題ないだろう。その代わり2人は沃の国には行けないな。蒼士郎でも案内くらいはできるのだろう?」
「そうですね。それは問題ないと思います。ただ、関所で問題が起きたときに交渉役がいないですね…。」
「そのあたりは馳遊馬や龍子さんが慣れているだろう。なんなら将軍に頼んで諸国漫遊の手形でも発行して貰えばいい。」
「そんなことできるんですか?」
「貸しはいっぱい作ってあるからな。それくらいさせるさ。」
「将軍を顎で使う巫女なんてサクヤ様くらいでしょうね…。」
「別に顎で使ったりなんかしていな。形だけでもお願いにあがるさ。」
「本当に形だけになりそうね…。」
「将軍にまで伝があるなんて、本当に規格外だな…。」
「神の御子だもん。普通の人の規格に収まるわけないわよね。」
「私はあくまで代弁者であり使いだ。誤解を招くようなことをこんなところで喋るな!」
「大丈夫よ。里の人達はみんなサクヤは神の御子だから絶対に逆らっちゃいけないって思ってるもん。」
「ぅおいっ!どうせ安澄が広めたんだろう!」
「私はそんなことしないわよ。宮司直々のお達しよ。あとは千代ちゃんのせいじゃない?」
「あのジジイ〜!」
「そう言ってあげないでください。叔父上からすればヌシ様にああ言われたら、サクヤさんの機嫌を損ねるのが怖くもなりますよ。」
「あぁ、ヌシ様、なんてことを…。」
「ちょっと待ってくれ、サクヤさん。ヌシ様って本当に存在しているのか?」
「ええまぁ。」
「鬼防寮にいれば、神様に遭遇することなんてそんなに珍しいことではなくなりますよ。」
「そういえば、サクヤさん。白弧社への旅の時はヌシ様を同行させて、抱き枕にしてたって話ですもんね。」
「違う!あれはヌシ様が一緒に行くと言い出してだな、抱き枕にしたのは、まぁ、なんというか、あのモフモフに自制が利かなくなったというか…。」
((使いと言うより飼い主じゃん!))
「サクヤ様の意外な弱点でしたね。そう言えば、白弧社でもそこのヌシ様の尻尾に抱きついたって聞きましたよ。」
「だって!あの尻尾、二股なんだよ!あの二股のモフモフに挟まれるなんて、自制が利くわけないでしょ!」
「わからなくはないけど…。」
「相手は神様だもんねぇ。」
「御力授かるよりモフモフを選んだって話は流石に引きますよねぇ。」
「いいじゃないか!モフモフは正義だ!」
(な、何を言っているのでしょうか…。)
結局、蒼衣と伊都は梟社へ行くこと。第1班に龍子と馳遊馬を加えて、第2班に小平太と風磨(弓寮からの研修中)を加えることを決めた。
飲み会の方は竜三が代金だけ置いてさっさと退散した。男の意見代表とされた省吾が女達に翻弄されるのは、また別の話である。




