3人の母
おはようございます
翌日、サクヤは朝から御山に登った。
「祟神退治完了しました。」
「無事でなによりだ。」
早速背中を撫でてもらうアカイヌヌシは満足そうである。
「思いの外俗っぽいといいますか、クズだったといいますか。封印するのになんの躊躇いもなくできました。」
「そうか…。まぁ、神とて欲もあれば、恨みも持つ。祟神ともなればそれが隠しきれなくなるのであろう。そうはなりたくないがな。」
「ヌシ様ほどの神様が祟神などになられたら、私では封印できません。呉れ呉れもお気を付け下さい。」
「どうであろうな。其方なら出来ると思うぞ。其方は自分で思っている以上に力量も多く、理を自由に解釈して好き放題しておる。結界を便利扱いしておる者など他におるまい。己のことを過小評価しすぎだ。」
「またそのよう…。私をこのようにしたのはヌシ様ですよ。」
「馬鹿を言え!其方の持って生まれた才だ。出自の問題もあろうが、日輪大神の直系の末裔である帝一族より明らかに優れておる。それは血統というより個人の才だ。」
「難しいことを考えない、単純な者という意味でしょうか?」
「悪く言えばそうかもしれんな。だが、良く言えば素直で自由な発想の持ち主といえよう。以前も言ったが、それは其方の長所だ。悪いことではない。あとは其方が覚悟を決めるかどうかだ。」
「祟神にも「其方の定めは重い、己が役目に潰されるなかれ」と言われました。そのような定めを負ったつもりはありませんでしたので、覚悟が足りなかったと言われればその通りです。」
「そんなに背負い込むことはない。神の至らぬ所を其方が補っておるのだ。責任は神がとる。其方は良かれと思う事を自由にやればよい。祟神の言う事など真面目に捉える必要などないわ。大体、その辺の神とて言っていることは適当であろう。」
「そ、そうですね…。」
「尤も、我が自由にせよというまでもなく、其方は既に自由にやっておる。見咎めねばならぬ時は言うてやるわ。」
「そうならないように気を付けます。」
「其方に自重は合わぬ。好きにやるがいい。」
「はい。有難うございます。」
サクヤは一通りアカイヌヌシを撫で回して下山した。
そのまま帰るのも早かったので、巡回ついでに金鉱の集落の方を回ってみた。
ツンと鼻を突く硫黄の臭いで、湯治場の存在を思い出す。
(そう言えば湯に籠めた御力も流れきってしまっただろうな。皆のために籠めておくか。)
サクヤは露天風呂の脱衣場に行くと、前回も案内してくれたキヌがいた。
「あら!サクヤ様。湯治ですか?」
「いや、湯の様子を見に来ただけだ。いい加減御力が流れ切ってしまっているだろうと思ってな。」
「折角ですからお入りください。わたしが番をさせて頂きますよ。実は先客がいらっしゃるのですが、女性ですのでご安心ください。」
「…そうですか。では折角なので。」
結局断りきれず入ることにした。先客がいるのに、御力だけ籠めるのも気が引けたというのもあった。
「あら!サクヤさん!」
「えっと、千鶴様。ご無沙汰しております。」
「お正月依頼ですね。」
「はい。あちこち出てばかりでしたので、里に殆どいませんでしたから。」
「確か、祟神の討伐に行かれていたのでしたね。」
「はい。昨日帰りました。」
「そうなのですね。
ささ、そんな所に突っ立ってないで、早く入りなさいな。」
「はい。では失礼します。」
サクヤは掛け湯をしてから湯につかる。
「千鶴様はお一人で参られたのですか?」
「いいえ、信様と一緒だったのですけど、あの方は長湯が苦手でねぇ。私はゆっくりとつかりたいから、先に上がってもらったの。今頃休憩場で涼んでらっしゃるのじゃないかしら。」
「こちらには頻繁にこられるのですか?」
「ふふ、サクヤさんが以前この湯につかってから、万病に効くと評判になったでしょ?私は腰が、信様は膝と肩が悪くてね。でも、ここに来てからは幾分よくなったの。それからは調子が悪くなったらちょくちょく来ているのよ。」
「そうでしたか。今、腰の調子は如何ですか?」
「少し湯の効果が落ちたのかしら?そこまで楽にはならないわねぇ。」
「そうですか。では…。」
サクヤは湯に御力を籠めた。
「えっ?!凄い…。」
「千鶴様、少し失礼します。」
サクヤが千鶴の腰に触れ、治癒の御力を籠めた。
「ふふ、やっぱりサクヤさんは凄い人ね。貴方はこの里の宝だわ。」
「大袈裟です。」
「ううん。ヌシ様にお会いできるなんて、この歳になるまで想像もしなかったわ。でも、貴方と御山に登ることでお会いできた。サクヤさんはヌシ様のもたらしたこの里の守り神じゃないかと思ったの。」
「おやめください。私はそんな大層な者ではありません。ヌシ様にお会いしたのも偶然です。この御力を隠すために別の御力を賜ったのがきっかけなのですが、今ではヌシ様にすら呆れられる始末で…。」
「いいえ、ヌシ様も貴方を頼りにされているのが見ていて分かりましたよ。」
「少し敬意が不足していました。」
「そんなことないわ。仲睦まじいくて微笑ましかったわ。
貴方の事を藤十郎から聞く機会が多くなって、いつの間にか私達夫婦の会話の中心がサクヤさんのことになってたの。私達夫婦には子がないでしょ?私は勝手に貴方を自分の娘のように思っていたのよ。だから、サクヤさんがヌシ様とそのような関係を築いていることが嬉しくって。」
「そんな…勿体ないことです。」
「だからね。貴方にはそのまま何にも囚われず自由でいて欲しいの。里にずっといて欲しい気持ちもあるけど、里に囚われて欲しくもない。ずっと貴方らしくいてね。」
「…有難うございます。実は、ここに来る前にヌシ様にお会いしてきたのですが、同じようなことを言っていただきました。」
「あら?そうなのね。きっとヌシ様もサクヤさんを娘のように思っているから、同じ様にお考えなのでしょう。」
「そうなのでしょうか?」
「サクヤさんはもっと自分のやって来たことや力に自信を持ちなさい。誇れこそすれ、卑屈になるようなことではなくってよ。」
「…はい。」
サクヤはほんのり心が温かくなったような心持ちだった。それはけっして湯のせいだけではないだろう。
「さて、そろそろ上がろうかしら。のぼせちゃいそう。」
「私も上がります。私も信様の一緒で長湯は得意ではなくって。」
2人で一緒に上がり、休憩所に向かった。
「あら?サクヤさん。」
「お久しぶりです、信様。膝と肩の具合は如何ですか?」
「あら、そんなことまで。恥ずかしいわ。」
「ふふふ、ごめんなさい。でもサクヤさんは凄いのよ。」
「少し失礼しますね。」
サクヤは信の肩と膝に手をあて、治癒の御力を籠めた。
「えっ?!なんてこと。痛みがないわ!」
「湯の方にも御力を籠めておきました。調子が悪い時には遠慮なく申し付けください。私は信様の養女なのですから。」
「あら?神の御子にそんな風に言ってもらえるなんて光栄ですわ。」
「ただ、この御力については一応内密に願います。私の出自に関わることですので。」
「それは大丈夫!ヌシ様の意向に背くようなことを宮司一族である私達がするわけにはいきませんもの。」
「有難うございます。」
「お礼を言うのはこちらよ。お陰で社への帰り道が楽になったわ。」
信と千鶴は少女のように笑い合った。サクヤもこんな大人になりたいと素直に思えた。
帰宅したサクヤは湯治場での出来事をコノハに話した。
「そう。なんだか娘を取られた気分だわ。」
「母様…。」
「冗談よ。でも、あの御二人といい、ヌシ様といい、貴方が多くの方からそのように思って貰えるなんて有難いことね。」
「うん。少し自分のしてきたことや力に自信が持てたような気がした。」
「よかったわね。」
「母様は何処か悪いところはないの?」
「調薬ばかりしてるから、慢性的な肩凝りくらいかしら。」
「じゃあ母様にも…。」
サクヤはコノハの両肩に手をあて御力を籠めた。
「随分手を抜くわね。私はてっきり叩くか揉んでもらえると思ったのに。」
「えぇ〜?!だって、こっちの方が効果が高いし。」
「そういうことじゃないのよ。効果より、やってもらえることが嬉しいものなの。
でも、確かに楽になったわ。大っぴらに言えることなら、いい商売になるのに、惜しいわね。」
「もぉ~。」
「ふふ。私はまだあの御二方ほど歳じゃないからガタはきてないからね。効果より気持が大切なの。」
「じゃあ肩を叩こうか?」
「折角楽になったからいいわ。貴方の力で叩かれたら骨まで折れそうだもん。」
「そんな加減くらいできるよ!」
「また今度お願いするわ。」
「もう知らない!」
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