無自覚な女
封印後、一言も発することなく眠りについたサクヤを、蒼衣を始め第1班の者達は、思うところがあったのだろうと気遣った。
しかし、実際は久しぶりに力量が無くなるほど緊張感がある中で御力を使ったことによる疲労が強かっただけで、サクヤに思うところなど何もない。
「おはようございます。お腹が空きましたね。」
「お、おはようございます。もう宜しいのですか?」
「宜しい?ですか?体調は問題ありません。朝餉を済ませて屋敷と人質となった者達の浄めを済ませたらさっさと帰りましょう。」
「そ、そうですか…。そうですね。」
朝餉の席に出て来た男2人もサクヤの様子を探るように見ていたが、いつもと変わらないサクヤの様子に拍子抜けした。
「無理をしているわけではないのか?」
「どうもそのようで。朝起きたらケロッとしておられました。」
「そうか…。何か思うところがあるのかと思ったが、そんなこともなかったのか?」
「サクヤ様なりに消化されておられるのかもしれません。御本人に聞いていませんので何ともいえませんが…。」
「そうか…。まぁ、元気そうだからよいのだろう。」
「はぁ~。蒼士郎兄上、そんなことではサクヤ様の心を射止めるなど到底出来ませんよ!サクヤ様が何を仰らなくても、気遣ってさしあげるのが、思い遣りのある男というものです。」
「そ、そういうものなのか…。」
蒼士郎にはどうしていいのやらわからなかったが、何か気の利いた言葉のひとつもかけてやらねばならないことだけは理解した。
勿論、完全に空回りでもだ。
「おはようサクヤ。昨日はお疲れだったな。」
「あぁ、久しぶりに強い疲労を感じたな。」
「祟神とはいえ神を封印したのだ。それなりに思うところもあろう。」
「そこは割り切っているつもりだがな。放っておけば人に被害が出る。如何なる事情があれ仕方あるまい。」
「そうだな…。これからもこういったことがあるのだろう。だが、サクヤ1人で抱え込むことではないと思う。」
「そうだな…。大社の宮司にでも押し付けてやろう。」
「え?!いや、そう言う意味では…」
「あと千代もいるし、なんなら騎重郎を鍛えてもいいな。投げれるものは投げてしまわないと、私1人ではとても対処しきれないしな。」
「えっ、あっ、う、うん。そうだな…。」
「将軍への報告もせねばならぬ。朝餉を済ませたら、屋敷と人質の浄めをして里を出よう。準備をしておけ。」
「あぁ、判った…。」
去って行くサクヤの背中を見つめていると、後ろから気配を消していた蒼衣が静かに近づいてきた。
「兄上は何をされているので?」
「なっ!?あ、蒼衣。いや、サクヤの激励をしようと思ったのだが…。何も引きずったり、思うところがあったような風でもなかったぞ。」
「おかしいですね。昨夜の様子から、何かあると思ったのですが…。」
「強い疲労を感じたと言っていたから、力量の使い過ぎだったのだろう。」
「でも、サクヤ様は毎晩寝る前には力量をギリギリまで使って休まれるのですから、無くなることには慣れていらっしゃるはずですが?」
「緊張感のある場面とない場面では違うのではないか?昨日は人質もいて神経を使っただろうし。」
「そうかもしれませんね…。どちらにせよ、サクヤ様にとって、兄上には頼り甲斐がないということはわかりました。」
「おまっ!そんなことは…まだ、判らぬだろう…。」
「あら?自信がおありで?」
「いや…あるわけではないが…。」
蒼衣は興味なさげに話を打ち切った。
「さ、出立の準備をしましょう。」
「あぁ…。」
サクヤ達が里長の屋敷に行くと、人質にされていた娘達が揃って待ち構えていた。
「この度は誠に有難うございました。この御恩をどう返せばよいのか…。」
「礼など不要。これが社の者のお役目です。もし社の神々を敬う気持ちが持てたなら、いつか参拝にでも来てください。」
「はい!必ず!」
「では、浄めをしてしまおう。」
サクヤは敢えて里の者にもわかりやすいように祝詞を上げて禊祓を行う。
「赤犬の山におわす、畏きアカイヌヌシの神よ。この屋敷と里の者たちの穢れを浄め祓い給え…。」
「う…、なぜ涙がでるのでしょうか?」
「なんとも…心が洗われたようでございます。」
「これが神の使いの御力か…ありがたや!」
「浄めは終わった。祟神のために蓄えを費やしたから大変でしょう。ついでに田畑に御力を籠めておきましょう。いくらか足しになると思います。」
サクヤは同じように祝詞を上げて、土地に御力を籠めた。
「なんと!?作物が倍の大きさに!」
「凄い…。辺り一面青々と…。」
「サクヤ様、やり過ぎでは…?」
「このままではこの里はかなり厳しい状況に置かれます。この1年でも豊作になれば、冬を越すくらいの蓄えが作れるでしょう。
それに、ここでしっかり社の有り難みを印象づけておけば、口伝てで参拝者も増えるかもしれません。」
「そこまでお考えでしたか。でも、これではサクヤ様の神格化が進むのでは?」
「あ…、そこまで考えてなかった…。」
「ふふ、でもそこがサクヤ様の素敵なところですね。ほら、皆サクヤ様を拝んでますよ。」
「なっ!?ちょっ、皆!拝むのはやめてください!私はただの神に仕える者で、信仰の対象ではありません!」
サクヤがいくら説得しても状況は変わらない。
こうして咲良矢の里に次いで、サクヤ本人を神と崇めることとなったこの里は、前例同様、里の名を改めることになる。
『咲舞の里』
これがこの里の新しい名であった。
逃げ出すように里を出たサクヤ達だったが、街道に出たところで将軍の使者に捕まった。
「四辻の宿の例の宿にて、将軍様がお待ちです。御足労願いたい。」
「…了解しました。」
昼過ぎに宿場に着いた一行は、少し遅めの昼餉をとってから宿に向かった。
「いやいや、大活躍だったようだね。」
「私が報告せずども、大方のことは御存知なのでは?」
「そう連れないことを言いなさんな。どうせ何処かで一泊はするのだろう。手配はしてあるし、宿代もこちらで持たせて貰うよ。」
(タダより怖いものはないのだがな…。)
「お気遣い有難うございます。それで、どのような事をお知りになりたいので?」
「うん、まずは祟神の封じられた祠だが、封印はどのくらいもつものなのかな?」
「当面5年はもつと思っていますが、時々様子を見に来ようと思っています。私が直接赴くか、人に任せるかはわかりませんが。」
「もし封印が解けてしまったら?」
「御霊が誰かに取り憑くと、実体を持った祟神となるものと考えているのですが、実はそこまで詳しくありません。」
「誰か詳しい者に心当たりはあるかい?」
「いえ、ございません。」
(まさか神様達に聞きますとは言えないよなぁ。)
「そうかい。こちらでも大社の宮司あたりに聞いてみよう。」
「はい。こちらとして全てに目を配ることは出来ませんので、大社や神宮の協力は不可欠と思っております。少なくとも、都のある陽の国については、大社か神宮で面倒を見てもらいたいところです。今回の祟神も、本来なら大社か神宮が対処すべきであったと考えております。」
「いやぁ、耳が痛い。そのご意見は尤もなことだと思うよ。それも伝えておこう。」
「宜しくお願いします。」
「それにしても、封印後の里への対応も随分派手にやったみたいだね?」
「少しいき過ぎたかとも思いますが、あの里は祟神のために蓄えを使い果たしたようですので、幾らか足しになるようにと思いまして。社の布教の一環とお考え下さい。」
「そこは露骨に言われると、はいそうですかとは言い難いんだよね、立場上。」
「そうでしたね。本来は大社か神宮が対処すべき案件なのですから、そのくらいはお目溢しくださいな。」
「うん、聞かなかったことにするし、これ以上は聞かないことにしよう。
ここは藪から蛇が出る前に退散したほうがよさそうだ。
今回のお礼は大っぴらに出来ないことでもあるし、皇弟殿にでも相談させてもらうよ。」
「いえ、礼には及びません。」
「その借りが積み重なるのが怖いんだよ。叢の件も含めまた連絡しよう。」
「宜しくお願いします。」
サクヤ達はそのまま宿で一泊し、翌日の夕方に里に帰還した。
その足で宮司と藤馬への報告に上がる。
「サクヤ、帰還しました。」
「ご苦労様。無事封印できたようだね。」
「はい、それほど強い祟神でなくて良かったです。里への施しもしておきましたので、参拝者が増えるかもしれませんよ。」
「そうか。だが、また過度に施して其方が神格化されたのではあるまいな?」
「ぐっ…、それは…少しだけです…。」
「いや、其方がそれでいいなら我等は一向に構わんのだがな。どうせまた里の名が変わるくらいのことをしてきたのだろう。」
「そんなことはない…と、思います…。」
「ありそうだな…。まあよい。千代達も帰っておる。明日にでも報告し合うがよかろう。あと、御力籠めの依頼も溜まっておる。」
「そう言えばサクヤさんは、力量をまだ増やしているのですか?」
「はい。」
「でも、サクヤさんほどの力量を一晩で消費しきれるほどの受け皿がないでしょう?黒曜石や御力籠めでもたかがしれているのでは?」
「あぁ、最近は地脈を通じて御神域に返すようにしています。御神域の外ではその地への地鎮と寿ぎをしたり、密かに町や里の者の浄化をしたり。邪な心が育たなければ鬼への備になりますので一石二鳥です。」
「「…。」」
2人は思わぬ発言に絶句した。まさかそんなことをしているとは思わなかったので、どう返していいのかわからない。
「そ、そうですね、サクヤさんですもんね。そのくらいできますよね。」
「そうだな、サクヤだからな…。」
「なんですか?その含みのある言い方は?」
「自覚がないのが凄いな。言っていることが神様並なことに気が付いていないのだろうか?」
「いや、これでも消費するのが大変なんですよ!」
「ははは…、私はもうサクヤが空を飛んでも驚かない自信があるぞ…。」
(なっ!?何故それを!)
「流石にそれはないと思いますけどね。まぁ、でもサクヤさんですしね。」
(あっ…でも、そうか…。それならあっという間に消費できるなぁ。人目につかないようにするのが大変だけど、布団に入ってほんの少しだけ身体を浮かせればバレないか?今夜試してみるか?)
「…サクヤさん、聞いてますか?」
「あっ!?はい、すみません。ちょっと考え事を…。」
「まさか、本当に飛んでみようとか考えてたんじゃないですよね?」
「そ、そんなこと!あるわけないじゃないでしゅか!」
「何故そんなに動揺しているのですか?
いや、聞かないでおきましょう。聞くと頭痛の種が増えそうです。」
「もう、考え過ぎですよ。では、今日はこれで失礼します!
あと、第1班は明日休暇をいただきますので、藤十郎さんに伝えてください。」
サクヤはこれ以上ボロがでないようにさっさと退散した。
「父上が余計な事を言うから…。」
「いやいや、どう考えても冗談ではないか。」
「でも、あの皇太子様が御覧になったときの神楽。舞台から皇太子様の前まで優に5間(約9m)はありましたよ。助走もなしにあんなに跳べるものでしょうか?」
「それはあれだ。筋力強化の御力でも使ったのではないか?確か例の弓も無意識に御力を使って引いていたというぞ。御力を断つとまともに引けなかったらしいから、それと同じではないか?」
「ただ、あの高さから降りて、殆ど衝撃もなしに着地していました。フワリと舞い降りたというに等しかったですよ?」
「確かに…。
だが…サクヤだからな…。」
「結局そうなるのですか…。」
「私は悟ったのだ。サクヤの事については深く考えるだけ無駄なのだと。」
「また思考の放棄ですか…。確かに無駄な気はしますが…。」
「「触らぬサクヤに祟りなし」だ。」
「触らなくても祟りそうですけどね。」




