千代の結界補修
おはようございます
「我国府で好き放題してくれる…。」
五十鈴がゆっくりと歩み寄って呟いた。
「其方等、相手が何者か知ったうえでの対応なのだろ?」
「はい。確信はあります。」
「ふんっ、肝の座った奴だ。」
五十鈴は男の方に振り返る。
「八郎左衛門と言ったか?我に其方を救う云われない。自分の行いの結果だ。良いな?」
「是非もないわ…」
(あら、少し意外ね。これが古くからこの地域を治めてきた故、朝廷には心から臣従したわけではないという豪族の矜持ってものだろうか。)
改めて縄で縛り直した八郎左衛門を国府の牢に一次的に繋ぎ、赤犬社の隠密寮に迎えにこさせる手配をとった。
「迷惑をかけたな。ところで其方、本当にサクヤ殿なのか?」
「ご想像にお任せします。」
「…身分を偽って入国したとしたら捕縛せねばならぬが?」
「あ…。」
騎重郎が慌てて執り成した。
「ちゃんと千代さんで入国してますから大丈夫です!」
「そうか、千代というのか…。本物のサクヤ殿にも会ってみたいものだな。」
五十鈴はふっと笑うと館の方へ去って行った。
国府でもう一泊し、千代達は国境の祠まで戻って来た。
もう監視の兵もいない。
「やっと目的の祠まで戻って来ることができましたね。」
「これからが本番です。私もぶっつけですから。」
祠までやって来た千代は、予想通り供えられた呪物の器を浄化薬で浸した布で包んで横に置くと、地面に手を付いて御力を流す。
「これか…。」
千代にも御神域の欠けた箇所が判った。
(サクヤ様は、あらゆる穢れや呪詛を入り込ませない結界術と同じと言っておられたけど、どうも同じようには思えない。力量を回復させるほどの御神力の源を生成する術式がよく判らない…。)
千代は取り敢えず綻びを補修してみたが、その源の補修には至らなかった。
「まったく、サクヤ様はこのような事まで言ってなかったのに一から作り出してしまうとは…。」
改めてサクヤのやったことの規格外さに感嘆するやら呆れるやら、自分の至らなさを嘆くやら、感情の忙しい千代だった。
「取り敢えずこれで不浄なものが入り込むことがないとは思いますけど、完全補修にはサクヤ様の御力が必要なようです。」
「そうなのか?」
「はい。私にはできない、神に等しいサクヤ様だけが持つ御力があるのです。」
「なんだかんだ、やっぱりサクヤさんって凄いんだなぁ。」
(うん、これでいい。サクヤ様の神格化を確実に進めていこう。)
千代は自分に出来ないことを悔しいとかは全然思っていない。サクヤが特別なのだと心から納得していた。
(結界術までは出来るようになっても、私にはあんなことは出来ないのだから…。)
千代は崖から落ちた時のことを思い出し、人の理の外にあるサクヤの御力に改めて畏怖するのだった。
目的を達成した千代達第2班は、一旦赤犬の社に帰還した。
「千代殿、陰の国府から移送されてきた者が到着しております。」
「分かりました。全ては猿也殿にお任せしております。落ちるのには時間を要するでしょうから、すぐに行く必要もないですね。」
千代は事の顛末を宮司と藤馬、藤十郎に報告した。
「叢の手の者か…。また厄介な。」
「藤十郎は知っていたのだな?」
「はい、以前の寮会議で聞いていました。」
「彼等の狙いは?」
「それはこれからです。」
「猿也に任せておけば大丈夫か…。」
「しかし、やはりサクヤさんのやったことというのは人の理を外れていたのですね。」
「はい。御神域で採れた物に力量を増やす効果を与える、御神域の源とも言える術式は全く理解できませんでした。いったいどうやっているのか…。多分サクヤ様に聞いても無駄なのでしょうが…。」
「そうなのか?」
「はい。サクヤ様ならきっと「そうなるように想像して結界を張るだけで、そんな難しいことはしていない。」とでも答えると思います。」
3人は顔を見合わせて溜息をついた。
「我等には結界術のことはよく判らぬが、確かにサクヤなら感覚だけでやってしまいそうだな…。」
鬼防寮に戻った千代は、1人森に入ると、以前サクヤが結界の実験をしていた窪地へ降りた。
「小規模でもいいから一から作ってみよう。」
千代は御神域を補修したのと同じ術式に御神力の源を加えた術式をイメージして展開してみる。
「あ…、駄目だ。」
(よく考えたら、ここは最初から御神域だ。)
仕方ないので千は御神域の外に出た。
千代の結界術は、というより、千代は論理を重視する。
結界を張る時、範囲、効果、継続期間等を明確に頭の中で創造する。
通常の結界師は、ここから必要な祝詞を選んで奉上して具現化する。
千代は奉上こそ省略しているが、脳内創造から実際に結界を張るまできちんと手順を踏んでいる。繰り返し訓練することで、これらを驚異的な速さで行なっているのだ。
ところが、神域を作るとなると、神力の源となるものの論理が判らない。
ではサクヤはどうしているのか?
早い話が感覚でやっている。なぜそうなるのかなんて気にしない。できると思えばできると思っている。
後で発覚することだが、サクヤは単純に無実体型結界に土地への御力籠めを足しているだけだった。このままではいつか土地の御力が尽きてしまうのだが、そこにヌシ様がいるならなんとかしてくれるだろうと考えている。
実際、咲良矢の里では桜の化身がヌシ様になるまでは誰かが御力を籠める必要があると考えているのだが、そもそも土地に御力を籠めることができる人間など、自分と千代以外に蜘蛛社の宮司一族くらいしかいないことを理解していない、というより失念している。破魔の矢や武具に籠めれるなら、土地にだって籠めれるという認識なのだ。
御神域の外に出て神域作りに挑戦した千代だったが、早々に断念した。
(まったく理解できない…。)
後に上記したサクヤの説明を聞いて絶句する千代であった。




