乾家の一族会議
おはようございます
サクヤが応接室から出ていった後、宮司は藤十郎と藤五郎以下、宮司一族に召集をかけた。
夕餉の席に集まったのは、御山へ初詣に行った面子から、護衛とサクヤを除いたメンバーである。
「集まってもらったのは他でもない。サクヤの今後についてだ。本来ならサクヤの意向を確認すべきことなのだが、まずは我等が意思を統一しておくべきかと考えた。
皆も知っての通り、サクヤについてはヌシ様からサクヤの意向に反することのないようにと直々に御言葉を賜った。
形だけとはいえ養女とした以上、宮司一族としてサクヤの将来に責任を持たねばならぬ。
サクヤももすぐ16になる。成人まで2年しかない。
そこで、サクヤが里に残りたいと言った場合と、里を出たいと言った場合、また、里に残る場合のサクヤの婚姻相手について、皆の考えを聞いておきたい。」
最初に発言したのは藤馬だった。
「サクヤさんは今のところ夫婦になるような相手はいないのでしょうか?」
「サクヤの事をはっきりと好いておるとわかっている者の筆頭は小平太でしょうが、馳遊馬と平八郎も同様です。また、蒼士郎も憎からず思っておるようすです。あと気にかかるのは先日の皇太子様でしょうが、流石にあの神楽で懲りたでしょう。あとは同じ都の高貴な若者でしょうか。」
「平八郎も候補なのか?」
「いえ、サクヤは全く眼中にないようです。はっきりと論外と言っていましたので。
あとそう言えば、龍神社の嫡男の蒼右衛門もサクヤに嫁に来いと繰り返し迫っていましたが、その度にサクヤは結界で封じ込めていました。」
「無茶なことを…。」
藤十郎の答えに藤三郎は額を押さえた。
「その前に、社にとしてサクヤに残って欲しいのか、出て欲しいのか。藤馬、其方はどう思うのだ?」
藤五郎が藤馬に話を向ける。
「サクヤさんが残る利は藤五郎叔父上の方が感じているのでしょう。実際、どうなのです?」
「鬼防寮は出費も多いが、収入も大きい。言い方は悪いが、サクヤを上手く使えれば社にとって利は大きい。」
「その分面倒事は多くなるのだがな…。」
藤三郎は額を押さえたまま呟く。
「当面は霊徳童子の討伐が目標となるでしょう。逆にそれが無事片付けば、面倒事はサクヤさんの結婚に関わる事だけになるとも言えます。」
「確かに、鬼退治が終れば朝廷との関わりも無くなるはずだが…。」
「無くなりますかねぇ?寧ろ、利用しようとしそうな気がしますが…。それこそ、サクヤさんを朝廷に取り込むために、結婚を利用するのではないでしょうか?」
「だが、もしサクヤの意向に反する場合、ヌシ様が黙ってはおられないぞ。」
「そこなのですよねぇ…。」
男達が黙り込んでしまった。
沈黙を破ったのは千鶴だった。
「何を論じておられるのか?私には全く理解できません。サクヤさんの意向を聞かずして、ここでいくら論じても詮無きことでしょう。」
「そうなのだがな、千鶴。兄上としては我等の意見を纏めておかねば、サクヤの意向が定まったときに対応が大変になるという話なのだ。」
「それこそ無駄なことです。今ある選択肢の中にサクヤさんの将来があるとは限らないのですから。寧ろ、これまでサクヤさんが想定通りに動いたことなどありましたか?」
今度こそ男達は黙り込んだ。
これまで想像の斜め上を行くのがサクヤだった。今後も同様だろう。
誰がサクヤが神様として扱われる事態を想像しただろうか。
「ではどうしろと?」
藤十郎は千鶴に訊ねた。
「取り敢えず、成人をもって社から離れる慣習をサクヤさんについては特例として外せば、そんなに急ぐ必要もなくなるのではないですか?」
「それでは他の巫女や女子達が納得できぬであろう?」
「サクヤさんはヌシ様がお認めになった神の御子です。そして自身も限りなく神に近い存在であり、他の女子と同様には扱えない、ヌシ様の意向に反するとでも言えば、皆納得するでしょう。」
「なるほど…。それは良いかもしれません、伯母上。」
「だが、そのような特別扱いにサクヤが納得するだろうか?」
「そこは難しいかもしれませんが、霊徳童子を退治するまでの臨時措置とすれば、サクヤさんも納得してくれると思いますよ。」
「それまでに霊徳童子を退治できていたら?」
「その時はサクヤさんの意向に任せましょう。
もしサクヤさんが里を出たくないけど、夫婦になりたい相手もいないとなれば、良き相手が見つかるまで、ヌシ様の使いとして布教の旅にでも出るということにしてしまうとか…。」
「よくそのように次から次へと方便を思いつくものだ…。」
「サクヤさんは私にとって子供同然ですから、サクヤさんのためにならいくらでも考えますとも。それに、しっかり考えておかないと、ヌシ様の他にもう1人、恐い相手がいるのではないですか?」
千鶴がニッコリ笑って藤三郎と藤馬、藤十郎を見る。
「…コノハ殿か…。」
「あぁ、そうであったな…。」
「確かに、あちらの方が怖いかもしれぬな…。」
「いっそ形だけでも貴方の側室ということにしてしまえばよいのではないかしら?」
「なっ!?何を言い出すのだ幸!」
幸とは藤馬の妻である。
幸の突拍子もない発言に藤馬は慌てふためく。
「幸にその覚悟があるなら案外ありかもしれませんね。形だけの養女が形だけの側室になるだけで、大差はないでしょう。サクヤさんもあの性格ですから、面倒事が避けれるなら承諾しそうな気がしますし。」
「お前まで何を言い出すのだ!」
今度は藤三郎の妻、信であった。
「信様も幸さんも、余りサクヤさんをおかしな立場にさせないでくださいまし。本人が良くても周りの目もあります。もし、サクヤさんに良い人ができても、一旦離縁してその方と夫婦になるとなれば、良からぬ風聞がたつでしょう。サクヤさんのためになりません。」
「そうだな。余り良い案ではないと思う。ただ、どうにもならない事態が生じた時の緊張回避としてはありかもしれぬ。」
「案として持っておいても良いだろう。よいな?藤馬。」
「…仕方ありませんね…。想像もしたくないですが…。」
「あら?サクヤさんのような美しい女子を側室にできるなんて、果報者ではないですか?」
幸が冷たい笑みで藤馬に問う。藤馬は苦笑いで返した。
「形だけとはいえ、小平太達にどう思われるか考えてみろ。将来の宮司としては最悪手だ…。」
「確かにそうかもしれんな…。」
女達が夕餉の片付けを始めた。
残され男達は互いの顔を見ながらボヤく。
「結局何も決まらなかったな。」
「何も決まらないどころか、完全に藪蛇でしたよ…。」
「結局のところ、その時のサクヤの気分次第ということか…。」
「私的には社が潤うならそれで…」
「「他人事みたい言うな!」」
藤五郎を除いて一様に疲れた顔の男達は、この先もサクヤに振り回されるのかと思うと、さらに疲れが増すのだった。




