咲良矢の里長
おはようございます
サクヤは梟社から帰って白狸の祠の神域を補修したが、御山からは足が遠ざかっていた。
千代のせいもあるのだが、千代の客観的な評価を聞いていると、自分のしでかしたことがかなり人間離れしていることに気づかされる。
アカイヌヌシに色々詰られそうだと思うと、自然足も遠ざかる。
とはいえ、帰って以来報告にも行って行っていないので、流石にそろそろ報告に行こうと覚悟を決めた。
「随分遅いではないか。もっと前に帰ってきていたのであろう?」
「分かってて聞いておられますよね…。」
「やりたい放題やっているとは聞いている。」
「やりたい放題って…。」
「自分はあくまで人間でただの巫女だと言い張っている割に、桜の化身を神にするだの、御力が使えなかった者を使えるようにするだの。これをやりたい放題と言わず何と言うのだ?」
「…か、返す言葉もありません。」
「そうであろう。まぁ、別に其方が良かれと思ってやったことだ。何かの為にはなっておるのだろう。我々神とて気まぐれやその時の都合で動くことの方が多い故、最も神に近い存在である其方がやることなのだから、別に文句があるわけではないのだ。」
「私にどうしろと…。」
「別に好きにすればよいではないか。誰かの為にになると思って動いているのだろう。ただ、往生際が悪いと思っておるだけだ。」
「往生際って…。自分で神になったと思っていたとしたら、それはそれでどうかと思いますが。」
「確かにな。我に成り代わって氏子共に加護を与えていると思えばどうだ?」
「ヌシ様に代わって…。」
「それなら自制も働こう。」
「そうですね。常にその心構えであれば良いような気がします。」
「で、今後はどうするつもりだ?」
「当面は、祟神の封印を依頼されております。」
「祟神か…。あれには気を付けねばな。まずは近寄らぬことだ。」
「近寄らない?」
「そうだ。あれに触れると祟りを貰う。祟りを受けると、封印しても祟りを祓うことはできぬ。死ぬまで、いや、死んでも蝕み続けて、其の者の御霊をも祟神に取り込もうとするのだ。それ故祟神を浄めて正気を戻そうなどとは思わぬことだ。一度祟神になったものは2度と元の神には戻れぬ。肉体を滅して、御霊を封印する他ない。そういう意味で其方にはうってつけの相手でもあるな。」
「私にですか?」
「そうだ。其方は弓使いであろう。近付くことなく祟神の肉体を滅して、結界で御霊を封印する。如何にも其方向きだろう?」
「確かにそうですね。寮の者にも発見しても近付かないよう言っておきます。」
「それがいいだろう。
そうそう、そういえば其方、結界術に長けた国の事を探っておっただろう?西国で結界を得意とする神がおるのだが、奴は元々祟神として封印された者だ。」
「そうなのですか!?」
「祟神も封じて祀れば、力のある神として崇められる。実体を失っておるが、奴は執念深いから、封印する方も大変であろうな。」
「祟神の封印はそんなに大変なのですか?」
「奴は特別だ。その辺の祠の神だった程度ならば、其方の力量なら問題ないはずだ。だが、油断はせぬようにな。」
「心得ておきます。」
サクヤはアカイヌヌシに礼を言うと、隣にきてアカイヌヌシの全身を撫で回した。
「うむ、苦しゅうない。」
里に戻ったサクヤは、隠密寮に顔を出して猿丸への伝言を頼んだ。
祟神を見つけたときの注意事項である。「決して近づかないように」と。
明日からは結界修復のための旅に出る。貰った目録から、少し規模が大き目の社で
近い所を選んだ。2班には少し遠いが規模の小さい祠に向かわせる。
準備を進めていると、安澄がやってきた。
「サクヤ、藤馬さんが呼んでいるわよ。」
「安澄、それを態々伝えに来てくれたの?」
「最近は藤馬さんのお側でのお役目が多くてね。多分サクヤのせいだと思う。」
「何それ?」
「宮司と藤馬さんもサクヤに振り回されているからね。サクヤの言動に少しでも詳しい者を側に置いて意見を聞きたいみたいよ。」
「迷惑かけるわね、安澄。」
「あの2人をからかうのは面白いから全然構わないわよ。」
「からかうって…。」
「冗談よ。お客様がお待ちしてます。」
「わかった。因みにどなたかわかる?」
「さあ?国府や朝廷の関係者ではなさそうよ。藤馬さんも緊張してなかったし。」
「そうか…。」
社の客間に入ると、好々爺風な老人と、その付き添いと思われる男性がいた。
確かに役人というより、村人が一張羅を着て出てきた風だ。
「これはサクヤ様!」
「あ…、もしかして…。」
「はい!咲良矢の里の里長をしておる富三郎と申す者でございます!」
富三郎と付き添いの男は、サクヤを認めるなり神が降臨したかの如く拝み倒す。
「頭を上げてください!私はこの社の巫女で、拝まれるような者ではありません!」
「いえ!サクヤ様は我等の里のヌシ様も同然でして。」
「はい?」
付き添いの男はキラキラした目でサクヤを見つめる。
「里の者はサクヤ様こそ桜の化身からヌシ様になった御姿だと言っておりまして…。」
「誤解です!私はこの赤犬の社のヌシ様に仕える巫女です。あの枝垂れ桜に御力を籠め、岡を御神域にしたのはヌシ様の御意向を汲んでのこと。あの岡を守ることは里を守ることであると、ヌシ様の御力をお借りしてやったに過ぎません。拝むのであれば、アカイヌヌシ様です。」
「そ、そうなのですか。サクヤ様は神様のご意向を直接聞くことのできる御方なのですね。しかし、困りましたなぁ。」
「何がですか?」
「里の者はもうサクヤ様こそヌシ様と信じて疑っておりません。」
「えぇっと…それは困りましたねぇ。何とか誤解を解いてはいただけませんか?」
「我々は特に困っておりませんしなぁ…。」
「そもそも、今日いらっしゃった御用件は何なのでしょうか?」
「おお、申し訳ありません。実は、この春の収穫祈願のお祭りに、サクヤ様にお越しいただけないかと。」
「祠への御力籠めは梟社にお願いしていますが?」
「そうなのですが、梟社の宮司様が「咲良矢の里には サクヤ殿というヌシ様がいるのだから、本人がなさる方がよかろう。」と、仰っいまして。」
(あのジジイ〜!)
「それはおかしな話ですねぇ。サクヤさんがヌシ様なら、ヌシ様がヌシ様を祀ることになりませんか?サクヤさんをヌシ様として祀るなら、祭祀を行うのは別に手配する必要があります。」
「そ、そうですよ!伺うのはかまいませんが、私が祀られるのは勘弁してください。私が祭祀を行う以上は、正しくヌシ様を認識していただく必要があります!」
「た、確かに…。では、サクヤをお祀りして、祭祀を梟社からお願いしますか?」
「いえ!私はヌシ様ではありません!ですので、きちんと誤解をといてください。でなければ私は伺えません!」
「そ、そんなぁ!」
里長は泣きながらサクヤに祈りを捧げている。
「里長、しょうがねぇ。サクヤ様に来ていただくことが優先だ。なんとか里の者を説得しよう。」
男は苦渋の決断を下した顔で里長を説得する。
「ぐっ…、し、仕方あるまい。じゃが、心の中は自由じゃ。表向きはそういうことにするが、皆の心の中で信じることは自由であろう、三太!」
「そのとおりだ、里長!」
(本人のいる前で言うことではないでしょうよ…。)
サクヤは何とも言えない顔で2人を見る。
宮司と藤馬は苦笑いだ。
なんとか春の来訪の約束を取り付けた2人は、安堵の顔で里に帰って行った。




