龍子の誘い
おはようございます
(強い…。凄いなぁこの人。)
千代に課題を与えて鍛錬させている間、サクヤは久しぶりに山兵の演習場で剣術の稽古にやってきたのだが、着くなり龍子に手合せを願われた。
断る理由もないので互いに得意の獲物で対峙する。
サクヤは双刀、龍子は長刀だった。勿論木製だが、木製といえど当たりどころが悪ければ死ぬこともある。
2人は礼をしてから構えるが、互いに手の内を知らないので、呼吸を測っている。
殆ど動きがないのだが、蒼士郎や馳遊馬、小平太も自分の鍛錬そっちのけでギャラリーになっていた。
(隙がない。これは下手に動けないな。)
サクヤは相手の出方を窺うための牽制すら躊躇した。
「なるほどねぇ…。じゃあ、こっちから行こうかね。」
龍子が徐ろに突っ込んできた。間合いを詰めてからの動きに、サクヤは驚愕した。
(なっ!?長刀だよね、これ!)
思わず動揺が顔に出るほどの速さで連続攻撃が繰り出される。
サクヤの双刀は両方を防御に回さないといけないほど一方的に打ち込まれる。
(くっ!凄い力。力だけならうちで1番強い平八郎に匹敵するほどなのに、そのうえ速くて靭やかだ。どうしたものかなこれは。)
防戦一方になったサクヤは、試しに先見を発動してみた。
(ははは、意味ないじゃん!分かってても予測を速度が上回ってるんだもん!)
「まだこんなもんじゃないんだろ?出し切ってみなよ、嬢ちゃん。」
「じゃあ遠慮なく…。」
サクヤは防御を結界に任せて双刀で連続攻撃を放つ。
「出せとは言ったが、それは狡いんじゃないか!手が4本あるようなものじゃないか!」
サクヤはなりふり構わず出せるだけ出しに行くことにした。
(こんな相手中々いないからね。せっかくの機会を逃せないじゃない!)
サクヤはとうとう拘束結界まで発動した。
「参った!それは無理だよ、嬢ちゃん!」
サクヤが打ち込みに行く前に龍子は降参を宣言した。
「流石に狡いわ。御力なしで勝てる相手じゃないだろ。」
「御力を使っても良かったですよ。」
「発動する間も貰えなかったんだよ。結界ってのはあんなに一度に発動できるものなのかい?」
「さあ?最高何個までできるかは数えた事がありませんね。」
「恐れ入ったね。その若さで、剣術を始めたのも山兵になってからって話だよなぁ?しかも本業は弓ときたもんだ。」
「龍子殿も強かったです。御力なしでは歯が立ちませんでした。」
「逆に御力を使われたらこっちが歯が立たなくなっちまったけどな。」
龍子はあれだけ動いたのに、息も切らさない。心肺能力も異常に高いのだろう。
「若さの割に老獪な剣を使うんだね。やりあってて不思議な気分だったよ。」
「龍子殿の読みも見事でした。その上あの速さ。いくら読んでもその読みを上回る速度でこられたら対応しきれませんね。正直冷や汗ものでしたよ。」
「凄いな、サクヤがあそこまで…。」
「結果的にはサクヤ殿が圧倒したじゃないか。」
「いや、余程驚いたんだと思う。
サクヤの喋り方が何時もの調子でも、繕ったものでもない、素の喋り方になってる。」
「あぁ、そういえばそうだな。素はあんな感じなんだな。」
「しかし、実際龍子さんの技量は凄い。俺も手合せしたけど、引き分けに持ち込むのがやっとだった。」
「そういえば、小平太の御力って見たことないな…。」
「教えねぇよ。」
「なんだよ、ケチ臭いな。」
「御力ってのは無闇矢鱈に見せるもんじゃないんだよ。」
「でもサクヤ殿は平気そうじゃないか。」
「…あれで全部だと思うのか?」
「違うのか!?」
「さあな。」
演習場にヘロヘロになった千代が戻ってきた。
「サクヤ様、何とかなったような気がします。」
「そうか。じゃあ早速試してみよう。これとこれを飲んでおけ。」
サクヤは回復薬と力量回復薬を千代に渡す。
千代は思わずこみ上げるものがあったが、必死で我慢した。
「龍子殿、相手をしてやってくれますか?私同様結界術を使います。」
「へえ。そりゃ楽しみだ。」
回復した千代は小太刀の木剣と結界の盾で構えた。
「そんなものまで作れるのかい。結界ってのは便利だねぇ。」
龍子は長刀の木剣を構える深く沈み込む。
「はじめっ!」
サクヤの合図と同時に龍子が突っ込む。
(太刀が身体で見えない。)
龍子が左に構えているのは判るので、抜刀ざまに振り抜くと考え、龍子の左側に周りながら距離をとる。
龍子は横薙ぎではなく地面を削りながら太刀を振り上げた。
(これかっ!)
千代を礫が襲う。咄嗟に目に入るのを防ぐために盾で顔を隠す。
(視界を塞いじゃだめだね。)
龍子は一気に距離を詰め太刀を上段から振り下ろす。
「縛!」
千代が発したと同時に龍子の体を綱のような結界が捕らえた。
「まだ!」
龍子は体を拘束されながらも、動く右手で、太刀を投げた。
「嘘!」
千代の結界の盾は拘束結界を使った為に消えていた。咄嗟に小太刀で躱そうとしたが、飛んでくる太刀の威力の方が上だった。
「ぐっ!」
太刀は千代の肩に直撃し、千代はふっ飛ばされた。
しかし、飛ばされながらも拘束結界を締め上げた。
「アダダタダダ!」
「それまで!千代っ!結界を解除しなさい。」
サクヤに言われて、千代は結界を解除した。
「塗ってやる、見せてみろ。」
サクヤは傷薬を取り出すと千代の左肩を露わにして薬を塗る。
(骨までいってるな。なんという腕力だ。薬だけじゃ無理か…。)
サクヤはこっそり治癒の御力を籠めた。
「ありがとうございます、サクヤ様。」
「よい結界じゃないか。あれなら力量の効率もよさそうだ。」
「動く相手を捕らえるなら、自在に動かせる縄や綱の方がよいと考えました。」
「面白い発想だな。網というのもいいんじゃないか?どうだ、御力を使うのに自由な発想が大切だと理解できただろう。」
「…文字通り痛感しました。」
「千代といったか。中々やるじゃないか。だが、あんたはちょっと御力に頼り過ぎてないか?」
「今は結界術を習得したばかりでしたので…態々サクヤが私と龍子様を手合せさせたのはそういう意図と考えました。」
「なんだ!そういうことか。人を当て馬にしやがったのかい。」
「龍子殿ほどの手練れと渡り合えるなら、千代も習得できたと判断できますからね。私もよい勉強になりました。」
「やれやれ、なんだかんだいいようにやられたね。うちの馬鹿弟弟子にも見習って欲しいもんだね。」
「そうそう、龍子殿。そのあたりについて聞きたかったのです。」
「なんだい?」
「鬼斬りというのは何かしらの組織があるのでしょうか?私が知る鬼斬りは馳遊馬達だけですので。」
「あぁ、組織か。鬼斬りってのは基本的に個人や数人の小隊で動く賞金稼ぎの総称でね。これといった組織というのはないんだ。ただ、私の師匠は鬼を心底憎んでいてね、弟子を育てて鬼を殲滅しようとしていたのさ。だから、その師匠の弟子達はある程度纏った組織といえなくもないかな。」
「では、鬼斬り達に霊徳童子の討伐を依頼しようと思ったら、個別に依頼しなければならないのですね。」
「そういうことだね。」
「しかし、鬼斬りへの賞金や報酬というのは誰が出しておられるのですか?」
「鬼や妖魔の討伐は基本的に国府に願い出て、国府の兵が討伐するものなんだ。でも、国内が荒れて武士同士が小競り合いしたり、野盗が闊歩するような国では、そんな依頼をしても兵が足りなくて来てくれない。そこで、鬼を専門に討伐する鬼斬りが商売として成立するようになったんだ。」
「なるほど…。」
「だから鬼斬りというのは纏った組織もなく、規律や資格もない。依頼を受けるかどかもそいつら次第。ましてや、霊徳童子なんて死ぬ確率が高い依頼を受ける奴なんてまずいないね。うちら以外は。」
「それは、龍子さんのお師匠の影響ですか?」
「ああ。私は個人的に鬼に恨みはないからね。だが、鬼に肉親を殺された者達は多く見てきた。何とかしないといけないとは思っているよ。」
「それで今回馳遊馬の呼びかけに応じていただいたのですか?」
「それもあるし、単純にサクヤさん、あんたに会ってみたかったんだ。霊徳童子と渡り合ったっていう山兵にね。」
「…ご期待に添えましたか?」
「ふん、期待以上だったよ。あんたとならいい組が作れそうだ。あんたのとこは成人したら巫女を引退するんだろ?どうだい、再就職先として。歓迎するぜ?」
サクヤは思っても見なかった将来の提示に驚きながらも、悪くないと思ってしまった。
「…面白そうですね。確かに成人後のことは漠然としていて…。誰かと夫婦になるとか考えられなかったのですが…。
鬼斬りかぁ…。
成人までに霊徳童子を退治できなかったら、それもありかもしれません。」
「サクヤ様、その時は私も一緒に参ります!」
「意外と懲りない子ね、千代は。」
「うっ…。いえ!私はサクヤ様に付いていくと決めていますから!」
「こりゃ楽しみな新人が入ってきそうだね。わたしもまだまだ精進しないと。あんたらに主導権を握られそうだ。」




