恐怖の神楽
おはようございます
サクヤは神楽寮に乗り込むと竜三を捕まえた。
「宮司の許可は得ています。明日の私の出演する演目と役を変更してください。」
「なんなのだ、唐突に。そんなことを言われても…」
「問答無用!稽古を始める。✕✕の稽古をするぞ!私が▲▲を演る。」
「ま、待て!そんなことしたらとんでもない事態になるぞ!」
「宮司の許可は得ているといったでしょう?たとえ観衆が混乱に陥ろうと、やらねばならぬのです。」
「宮司は兎も角、藤五郎殿は良いといったのか?」
「藤五郎?そんな者は存じません。」
「しょ、正気か?」
「この社の今後のためです。今年は諦めて頂きましょう。
いや、見せ方次第か…。
頭、頼みがあります。」
翌日、神楽は演目を変更して開演した。
全5演目の公演となるが、最後の演目だけ変更となった。
サクヤが演じる役は、侍女になりすました鬼が、主人である男を酩酊させて食い殺し、鬼としての正体を現したところで、神役に討伐されるという役である。
以前、旅の女が妖狐としての正体を現すという演目で観衆をパニックに陥れたサクヤだが、それ以来の敵役である。
神降ろし、四方祓と行われる神楽殿の舞台袖から、サクヤは貴彦の座っている位置を確認する。
貴彦の周りは少し余裕を持って観客が座っている。
「皇太子の前の辺りは、私が咥え面をつけた時に避けるよう行っておいてくれ。」
サクヤは神楽寮の後輩に伝え手配させた。
「さて、これから恐ろしく愉快な舞の始まりです。たっぷり楽しんで頂きましょう。」
順調に演目は進行し、残すは最終演目となった。
「おや?今日は神役ではないのだな。だが、姫役も似合っておる。のう、掃部助。」
サクヤは侍女役なので、今日は姫の格好だ。
「はい。見目美しい御方ですので、実に舞台映えいたしますな。」
「あれなら余の后にしても文句は言われまい。」
「それは…明日彦様も公家共も黙っておらぬかもしれませぬ。特に叢左大臣は…。」
「ふんっ!叢か…。あそこの娘ではサクヤと並べば恥をかくだけだろう。」
「…。」
掃部助は窘めようとしたが、貴彦は既にサクヤに魅入ってしまい、話を聞いていなかった。
サクヤ演ずる侍女の橘は、主人に酌をしつつ優雅に舞う。
主人は酒と舞に酔いしれて、次第に酩酊して眠り込んでしまう。それを待っていた橘は、次第に正体を現して怪しい舞を続ける。結われた髪を振り解き、舞は激しさを増していく。
サクヤは髪を下を向いた体勢から髪をかき上げ、鬼のような目付きで観衆を睨んだ。
息を呑む観衆と共にサクヤに魅入る貴彦だったが、観衆とは大きな違いがあった。
貴彦達を除く観衆には、事前に恐い演出がある事を知らされていた。以前の妖狐の経験もあるので、サクヤが恐怖を煽る演出をすることを多くの者が知っていた。そして今回はその事を事前に知らされている。
一方の貴彦と掃部助は、そんなことを知らされていないし、以前の惨劇も知らないので、当然今後の展開を知らない。
サクヤは次第に激しくなる憎悪の舞を、貴彦への憤慨を込めて昇華させる。
瞬時に装着した咥え面で鬼の姿に豹変すると、大きく跳んで貴彦の前に飛び降りた。
フワリと着地したサクヤは、鬼面のまま貴彦を睨みつける。
「ぎゃー!」
「うわぁー!」
貴彦と掃部助は絶叫をあげ、観衆を掻き分けながら逃げ惑う。
サクヤは追い打ちをかけるように蜘蛛の糸を二人向け投げつけ、
「今こそ積年の恨み、晴らさんでか!いざ、とり喰ろうてくれよう!」
咥え面を咥えながらも、明瞭に言い放つ。
貴彦達は這々の体で会場から逃げ去っていった。
サクヤは面を外し、辺りを見廻しながら、
「おや?妾の前におったボンクラは逃げ去ってしまったか。惜しくも喰い損じたわ。」
といって微笑んだ。
本来シリアスなシーンのはずが大爆笑に包まれ、悲劇的な話は喜劇に変わってしまった。
サクヤは舞台に戻ると、
「ボンクラには逃げられたが、この男は取り喰ろうてみせん!」
と言って再び面を咥え演目を本線に戻した。
鬼と化した橘は、とうとう主人を食い殺す。
そこに駆けつけた神役と切結ぶ鬼女。
手傷を負った鬼女は、術を放って神の動きを抑えると、そのまま逃亡した。
鬼女の血痕を追い、隠れ家に辿り着いた神は鬼女を追い詰め最後の戦いに臨む。
討伐シーンは終始鬼面を被って衣装も変わるので、サクヤの出番は逃亡するところまでで終了し、鬼は別の者が演じた。
鬼を討伐し終え嬉舞が終わり、全演目が終了すると出演者が揃って舞台に上がって観衆に礼をする。
サクヤは最後まで残り、観衆に微笑んでから舞台裏に下がった。
「か、掃部助!鬼女じゃ!鬼女が余をとり喰らおうとしておった!」
「申し訳ありませぬ!某も皇太子様をお守りしきれませんでした。」
「もうよい!このような恐ろしいところにはおれぬ!あのような鬼女を后になどできるものか!帰るぞ掃部助!」
「承知つかまつりました!」
貴彦は急いで参道を降りる。護衛の者達は訳が分からぬまま貴彦の後を追った。
「そうか、無事帰ったか。ボンクラだとは思ったが、想像以上のボンクラだったな。」
サクヤは呆れて笑う。
「いやいや、痛快でした。あれ程恐れ慄くとは、想定以上でした。
それにしても観衆はよく逃げ出さなかったですね。」
「事前に演出を知らせてありましたからね。それに前回のこともあり免疫があったのでしょう。」
「なるほど。これなら藤五郎叔父上も文句はないでしょう。」
「私がこれ以上社の懐を圧迫するわけにはいきませんからね。」
「そのようなことまで心配いただきありがとうございます。」
「これでも形だけとはいえ宮司一族の端くれですから。」
「そうでしたね。これからも頼みますよ、我義妹君。」
「こちらこそ宜しくお願いします、義兄上。」
2人が顔を合わせて笑っていたが、周りはそんな2人に恐怖を覚え震え上がっていた。
少し短いお話ですが、切りがいいので。
【設定裏話】
以前も記述しましたが、この話の神楽は広島県の芸北地域で演じられている神楽がモデルになっていまして、今回サクヤが演じた演目は『土蜘蛛』という演目がモデルになっています。(土蜘蛛ではサクヤの演じた役が橘ではなく『胡蝶』となっています)
気になる方はYouTubeで『神楽』『土蜘蛛』と検索すれば、すぐに出てきますので是非ご覧ください。
(私は関係者ではありません。ただのファンです。)




