紙と墨の素材
おはようございます
「今紙の素材にしている木は何ですか?」
「楮、三椏、雁皮が主な紙の素材です。これ黄蜀葵を加えています。」
御山に向かう途中で、現在紙に使われている材料について、造作の集落に住む、和紙作り職人頭である吾作に聞いた。今回新たな材料を見つけるために、実際に作っている者の意見を聞こうと同行してもらうことになった。
「墨の素材は?」
「私は専門ではございませんが、竈から出る煤を集めて膠で固めて作っているはずです。」
「では、紙も墨も特別な素材を使っているわけではないのですね。」
「そうですね。特に護符は使い切りなので、保存に向く高級な素材を使うことはありません。」
新右衛門が答えた。新右衛門がずっとニコニコしているのを、サクヤは少し気持ち悪くと思ったが、流石に口にも表情にも出さなかった。
(気持ちが分からなくはないのが少し嫌だな…。)
結界となる鳥居を潜り御山に入る。御神域自体が結界なのだが、何処の御山もより強い結界が張られており、サクヤはいつも身が引き締まる思いになる。
御山に入ってからは吾作を中心に新素材に向く材料探しが始まった。
繊維質で柔らかい、それでいて御力がよく籠まる素材。紙に向くかを吾作が判断し、御力の籠めれる量をサクヤが判定する。その選定作業を新右衛門は楽しそうに見ている。
その間、千代は周囲の警戒にあたるが、御山内なので妖魔が出る可能性は低い。それでも油断しないのが任務に忠実な千代らしさだった。
因みに今回鶴は同行しなかった。山の中では足手まといになると、辞退したのである。
「そのかわり持ち帰ってからの作業は手伝わせて下さい。」
鶴はそう言って見送ってくれた。
「サクヤ様、この木はいかがか?」
「…他の木とそう変わらないようですね。」
「そうですか…。」
「しかし、話には聞いてましたが、サクヤ殿は本当に力量が多いのですね。先程からこんなに頻繁に御力を籠めているのに、尽きそうな気配もない。」
「少し籠めるだけで入り具合はわかりますから、そんなに使っていませんよ。」
「私など力量が少ないので、研究も思うように進まず困っておるというのに…。」
(新右衛門殿が興味の赴くままに研究に没頭したら、私くらい力量があっても足りないと思うんだけどな。)
「そ、そうですか。では、今度力量の増やし方を(千代が)教えますね。」
「「そのような方法があるのですか!」」
千尋と新右衛門の声が揃った。
「はい。詳しくは千代から聞いて下さい。下山してからになりますが。」
千代がコチラを睨んでいるが、気にしないことにするサクヤだった。
途中昼休憩を挟んで採取を続ける。
「これなどはどうでしょう?」
「…あっ!」
サクヤが御力を籠めるとすんなり入り込む木があった。
「これはよさそうです。何という木でしょうか?若木を持ち帰って栽培したいですね。」
「気の長い話ですな。何本か持ち帰って試してみましょう。栽培用は根ごと持ち帰りますが、何本いりますか?」
「そうですね、予備も含めて4〜5本あればよいかと。」
「わかりました。しかし、私も知らない木です。初めて見ました。」
「新右衛門殿は判りますか?」
「いえ、それ程詳しくありませんので。帰って詳しい者に聞いてみましょう。」
「お願いします。今日はこのぐらいにして、黄蜀葵の代わりは後日探しにきましょう。」
「そうですね。」
一行が下山したのはソロソロ日が暮れるという頃だった。
根ごと持ち帰った木を、サクヤは2本だけ鉢植えにし、赤犬の里に持ち帰ることにした。残りは露地植えにした。
(定着と繁殖を促しておこう。)
サクヤはこっそりと土に御力を籠めておいた。もちろん、水にもである。
翌朝、木の様子を見に来たサクヤは、木の周辺に人が沢山いるのに驚くと共に冷や汗を流す。
(まずい…。籠め過ぎたか?)
「お、おはようございます。如何されましたか?」
「サクヤ殿!昨日持ち帰った木が倍程の高さになっておるのです。この木はとんでもない繁殖力ですな!」
倍になったのは露地植えの木だけで、鉢植えは持ち帰るのに不便だからあまり御力を籠めなかった。
因みに、土地に直接御力を籠めたので、冬だというのに雑草もわんさと増えている。
「雑草までこんなに…。ここだけ急に春がきたようだ…。」
新右衛門が呆気にとられているのを横目に、千代がサクヤを睨んでいるので、気づかないふりをしてそっぽを向いた。
「これは…、『土地を肥やす御力』では…?」
千尋が驚愕して呟く。
「『土地を肥やす御力』ですか?それはなんですか?」
「私のいた社の宮司一族だけが使える御力で、土地に御力を籠めて実りを多くするのです。ですが、このようにたった一晩で成長を促すなど、聞いたことがありません。」
(ごめんなさい、一晩じゃなくて、一瞬です。)
「そうなのですね。でも、この木は御山から持ち帰った木で、根ごと持ち帰ったものですから、もしかしたら御山の神力でも残っていたのかもしれませんね。」
「…可能性としてはなくはないかもしれませんが、だとしたらなぜ鉢植えの方は成長していないのでしょう?」
(そうきたかー!う〜む、どう言って誤魔化そう…。)
「こ、この場所との相性なんかもあったのかもしれませんね。偶々神力を多く含む土がこの2本だったのかもしれませんし。」
「…、まぁ、考えても答えはでませんね。今日は紙作りでしたか。造作の集落まで見に行きますか?」
「いえ、そこは職人に任せましょう。紙作りに関しては我々は素人ですし、完成したものだけあれば、従来のものとの比較はできます。それよりは他の素材を探す方が効率的だと思います。」
「そうですね…。では今日は黄蜀葵の代わりの素材を探しに行きましょう。吾作さん、宜しいですか?」
「はい。紙作りは他の者でも大丈夫でしょう。私もそちらに同行します。」
方針が決まったので、サクヤ達は今日も御山に向かった。
歩きながら千代がサクヤ少し離れるように促して囁く。
「特定の社の宮司一族しか使えない御力を、なぜサクヤ様が使えるのですか?」
「そんな事言われても…。武具に御力を籠めるのと同じだ。多分、千代でも出来ると思うぞ。やり方は同じだから。」
「サクヤ様は本当に自由ですね…。」
「だって、そんな特殊なことだとか知らなかったし…。やったらできただけで、理屈が判れば誰でも出来るって、千代だって体感しただろ?」
「そうなのですが、普通はやろうと思わないのです。やはり神格化計画を推進していくべきかもしれません。」
「千代、熱があるようだから帰りなさい。」
「今日は至って健康です。バレた以上、私は邁進します。」
「頼むからやめて…。いや、やめなさい!これは命令です!」
(ちっ…。)
御山に入ってからは、サクヤと千代で手分けして、見たことのない草木に手当たり次第に御力を籠めていく。
多くの御力が籠めれそうな草木をみつけては吾作が粘性があるか確認するという地味な作業が続いた。
半日やってもこれといったものが見つからず、千代は流石に力量が尽きてしまった。
「そういえば、虫を潰して粘液を得るというやり方もあったはずです。」
「虫ですか…。大量繁殖させるところを想像したくないですね…。」
サクヤは虫が苦手なわけではないが、大量にウジャウジャいるのを想像すると鳥肌が立った。
「虫を端から潰してみるというのもちょっと…。」
「私の弟が虫に詳しかったので、参考に聞いてみますか。手紙でのやりとりになるので時間がかかりますが。」
「そうですね。結果としてそちらの方が効率がいいかもしれません。無闇矢鱈に虫を殺すのも可哀想ですから。」
結局、その日は何の収穫もないまま下山した。
「サクヤ殿は正月はどうされるので?」
「一旦帰ろうと思っています。初詣の手伝いもありますし。」
「そうですな。いつ頃戻られますか?」
「3日後には帰ります。三賀日が明けたらまた戻ってきます。」
「分かりました。それまでは採集ですか?」
「明日には紙ができると聞いていますので、明日は検証になると思います。虫は千尋殿の弟さんの返事を待ってみましょう。」
翌日、新しい護符用の紙が届いたので、早速御力を籠めて検証することにした。
新右衛門は目をキラキラさせて待っている。
(まるで子供だな…。)
「では、従来通りの広域展開の護符を作ります。効果の範囲や効力がどう変わるか検証しましょう。」
新右衛門は従来品と新しい紙に同じ紋様と祝詞を書き込んだ。
「こちらに、同じ間隔で置いた禊石を2カ所用意しました。何個目の石まで禊祓ができるか試してみましょう。」
サクヤが従来品に御力籠めて護符を発動させる。
およそ3メートル毎に置かれた石は、4つ目までが浄化できた。
「次は新しい紙です。」
新右衛門は餌を前に待てをされた犬の様だった。尻尾があれば激しく振っていただろう。なんなら涎が垂れそうだ。
「いきます。」
サクヤが御力を籠めると、今度は8つ目まで浄化できた。
「凄い!倍も範囲が変わりました!」
「確かに、籠めれる量も大体倍でしたね。」
サクヤは浮かない顔をして、新右衛門に頼み事をする。
「もう一度同じ石を設置してもらえますか?」
新右衛門はキョトンとしてサクヤを見たが、何も言わずに設置を初めた。
今回も2カ所である。
サクヤは護符を持たないまま禊祓を始めた。
「…凄い、10個全部禊祓されています。」
「やはりそうですか。籠めれる量が少ないと思ったのです。申し訳ありませんが、もう一箇所の方を更に倍にして置いて下さい。」
「サクヤ様、何をされる気で?」
「祝詞をあげてみる。」
千代は結果がわかったのか、その言葉であきれ顔になった。
結果として、20個並べた石は全て浄化された。
「やはりそうか。護符の役割は自分の使えない御力を発動するのに必要なだけだ。使えるものなら直接やったほうが早くて効果が大きい。」
「サクヤ様にとってはそうなのでしょう…。では、結界術には使えないと?」
「御力を補助する物かと思っていたのだがな…。」
「…サクヤ殿、この新右衛門、とても興奮しております。」
「はい?」
「護符にはまだ判らない部分が多いと言いましたね。恐らく今使われている広域展開の護符は力量の少ない者のためにあるのです。元々の多くの力量を持つ者のことを想定していない。ならば、それを想定した護符にすればいいのです!是非私にやらせてください!」
「それは、やっていただけるなら大歓迎なのですが…。」
「やります!やってみせます!これ程の興奮する課題はありません!うぉー!燃えてきたぁ!」
(この人、本当に大丈夫かなぁ?)
サクヤは一抹の不安を抱えたまま、一旦赤犬の里に帰った。




