護符の勉強
おはようございます
客間に戻ったサクヤと千代だったが、千代は熱を出して倒れた。
急に冷え込んだところに旅の疲れか、蓄積した疲労か、体調を崩したようだった。
サクヤは回復薬を飲ませた上で治癒の御力を使ったので、熱は下がったがそのまま朝まで眠り続けた。
「おはようございます、サクヤ様。」
「体調は戻ったようだな。」
「体調ですか?とてもお腹が空いてはいますが。」
「もしかして、昨日の事を憶えていないのか?」
「昨日ですか…?梟の社に着いて、昼餉の後結界術の講義を受けましたが…。どのようなお話でしたっけ?」
「やはりそうか。その頃から熱が出始めたのだろう。中々の暴走具合だったからな。」
「えぇ!?私何かやらかしましたか!」
「いや、いい。忘れておけ。いや、忘れてくれ。間違っても私を神格化しようなどと思うな。」
「えっ!?何故それを…。」
「…熱で気が触れたのかと思ったが、本音が出ただけだったか…。」
千代は口をハクハクさせていたが、サクヤは放って朝餉を済ませた。
千代と2人で調薬部屋に行こうとしたところ、伊三郎がやって来た。
「今日は調薬部屋ではなく、護符寮での講義になりますから案内しますね。」
「そうですか、ありがとうございます。」
伊三郎についていくと護符寮と思われる部屋の前で千尋と鶴が待っていた。
「おはようございます。今日の講義はこちらです。」
「鶴様も講義を受けられるのですか?」
「はい、折角の機会なので。」
「では一緒にがんばりましょう。千尋さん宜しくお願いします。」
「それがですね、私も護符についてはそこまで詳しくないのです。ですので、今日は護符寮頭の方が講義してくれます。」
「そうなのですね。」
(そういえばチノハ様もそんなことを言っていたな。)
護符寮に入ると、黙々と作業する宮守達とは別の机に講義用と思われるスペースが空いている。
その机の前に、今日講義してくれるであろう、頭にしては若い二十代半ばくらいの男が立っていた。
「こちらが護符寮の頭で新右衛門です。」
「新右衛門です。宜しくお願いします。」
「「宜しくお願いします。」」
新右衛門は挨拶を終えると早くも講義の姿勢に入り、何かが書かれた紙を全員に配る。
「では、早速始めましょう。先ずは護符の基本的な使用方法から始めますが、サクヤ殿は護符を作ったことがありますか?」
「はい、研修中に広域展開の護符を見様見真似で。」
「そうですか。護符とは簡単に言ってしまえば祝詞の代わりだと思ってください。」
「では、護符を使えば祝詞はいらないのですか?」
「いえ、神力を授かるための祝詞は必要ですが、術を発動するための祝詞を省略できるのです。」
「術とは何ですか?」
「先程サクヤ殿は広域展開の護符を作ったと仰っいましたが、護符を使わず広域展開をしようと思うと、多くの力量はもちろん、祝詞も長くなります。」
「そうですね。」
新右衛門は配った紙を指し示しながら説明を続ける。
「この神の右端に書かれているのが火起こしの護符です。火を起こす術の祝詞がかかれているため、護符に御力を籠めるだけで火が着きます。」
「では、この祝詞を上げれば護符が無くても火が着くのですか?」
「いえ、祝詞の上に書かれている紋様が大事なのです。逆に、この紋様だけあれば、祝詞と御力で火が着きます。もしこの紋様が言語化できれば、護符がなくても火を起こせるのですがね。」
「なるほど…、紋様にはそんな意味があったのですね。」
「同じ火を起こす場合でも、時間や大きさ、方向性など使い方によって紋様を変化させます。紋様の何処をどう変えたらどう変わるのかを私は研究しているのです。」
「面白そうですね。」
サクヤは社交辞令もあったが、純粋に興味を覚えたのでそう言ったのだが、千尋と伊三郎が「マズイ!」という顔でサクヤと新右衛門を見た。
「そうなのです!護符はまだまだ判らない部分が多く、だからこそ研究のやり甲斐があるのです!興味を持ってもらえるとは、教え甲斐があるというものです。」
(マズイ、新七さんと同じ匂いがする。いや、新七さんよりやばそうだ。)
「とりあえず、今日は基本的な物から教えて行きます。手元の紙に書かれた物から説明していきましょう。」
そう言って新右衛門は一通りの説明をした。
「火を起こす護符」「広域展開の護符」「禊祓の護符」「攻撃を跳ね返す護符」「声を記録する護符」の5種を説明し終えた新右衛門にサクヤが質問する。
「例えばですが、都全体に結界を展開することは広域展開の護符を使えば可能ですか?」
「…現段階では無理ですな。護符に籠められる御力には限界があります。広域展開の護符での限界は、この部屋一室程度でしょう。」
「では、護符に多くの御力を籠めれるようになれば可能ということですか?」
「護符に籠めれる御力を増やすということですか?どうやって?」
「例えばですが、薬草や弓でも素材によって御力を籠めれる量が変わりますので、紙や墨の素材を変えるとか?」
「紙や墨の素材を変える…。その発想はありませんでした!是非一緒に研究しましょう!」
「新右衛門、今日は基本的な話だけでいい。研究はまた別の日にしてくれ。」
「あぁ、そうだったな。折角よい案を教えて貰ったのに、今すぐ動けないとはままならぬものだな。」
その後も講義は続いたのだが、新右衛門はどこか心ここにあらずだった。
護符寮を出たサクヤ達に伊三郎が注意する。
「サクヤ殿、あの男は研究のことしか頭にないので、発言には十分ご注意ください。明日からは私は来ませんので、奴がおかしな方向にいきだしたら止める役目は千尋殿にお願いします。」
「わかりました。でも、素材の研究はやってみたいですね。私の課題の解決になりそうですから。」
「では実習の項目に入れておきましょう。私から新右衛門に伝えておきます。」
「宜しくお願いします。」
翌日以降も護符の講義が続いたが、新右衛門が妙に落ち着かない。聞いてる側も落ち着かないので、サクヤは研究を提案することにした。千尋も諦めて承諾したうえでの話である。
「毎日座学も飽きてきますから、そろそろ実地でやりませんか?」
「実地ですか?」
「はい。質問なのですが、護符に使われる紙の素材は特別なものなのでしょうか?」
「いえ、一般的な紙の素材と変わりません。ついでに言うと墨も普通のものです。」
「でしたら、紙につかえそうて、御力を多く籠めれる素材を探してみませんか?宮司の許可は要りますが、御山ならいい素材が見つかるかもしれませんよ。」
「サクヤさん、それは良い提案です!早速宮司に許可を貰ってきます!」
新右衛門はそう言うや、部屋から走り出した。
「サクヤ様、本当に良かったので?」
「結果がどうでるか分かりませんが、あの状態で講義をされても、あまり頭に入らないから仕方ないと思う。」
「…そうですね。でも、私的には攻撃を跳ね返す護符をもうちょっと学んでおきたかったです。」
「今日は息抜きだと思って、明日以降やればいいだろう。」
「そうですね。でも、息抜きになればいいのですが…。」
「確かに…そこが不安だな…。」
少しすると新右衛門が満面の笑みで帰ってきた。
どういうやりとりをしたかは分からないが、サクヤは宮司に心の中で謝った。
「許可を貰いました。早速御山にいきましょう!」
「新右衛門殿は武芸の心得はあるのですか?」
「武芸?ぶげい…、久しぶりにその言葉を聞いたような気がしますね。」
「…判りました。千代、頼んだ。」
「えっ?!私ですか!」
「ほら、私は素材探しがあるし、千代はそのあたりに興味がないだろう?」
「…確かにありませんが…。承知しました。」




