ヌシ様と千代
おはようございます
「では一度戻ってまた来ます。」
サクヤは翌朝梟の里を出発し、赤犬の里へ戻った。通常の街道を通れば2日かかる道のりだ。しかし、前日のうちに使いを出して貰い、清水の里の手前にある北尾の宿まで迎えを頼んだので、そこから馬で帰ればなんとか1日で帰ることができる。
北尾の宿は、以前クーマ騒ぎのときに武士に喧嘩を売った宿場町だ。
宿場町に入ると、すぐに町の者に気付かれた。
「おっ!あの強いねぇちゃんだ!」
「飯屋の娘を荒くれから助けてくれた山兵だ!」
サクヤは戸惑いながらも、件の飯屋に入る。
「その節はありがとうございました。あの時はお礼もできず申し訳ありませんでした。」
「いえ、礼を言われるようなことはしてません。ちょっと虫の居所が悪かっただけで…。」
「お礼と言ってはなんですが、お代はけっこうですので、大したものはありませんが、好きなものを好きなだけ食べていってください。」
「いや、そういくわけには…。」
サクヤは遠慮したが、結局根負けして、蕎麦とむすびを一つご馳走になった。
そうこうしているうちに千代が迎えに現れた。
「もう着かれていたのですね。」
「早朝に出たからな。変わりはないか?」
「はい、こちらは。帰ってこられないから、また何かに巻き込まれたのだろうとは思っていましたが…、やっぱり巻き込まれてたのですね。」
「今回は不意を突かれたのもあるが、また神様案件なので、断るわけにいかなくてな。」
「…またですか。神様案件って、妖魔の妖術ではなかったので?」
「はっきりは判らないのだが、どうもあれも神様か或いはその使いの仕業ではないかと思う。」
「だとしたら避けようがないですね。」
「そうなんだ…。ところで千代、結界師が多くいる社って知っているか?」
「いえ、聞いたことがありません。」
「そうか…、猿也殿か猿蔵殿はおられるか?」
「多分いると思います。頭が里から出ることはそうないので。因みに、近々頭が隠居して、猿也さんが頭になるらしいですよ。」
「そうなのか?頭も確かにいい歳ではあるが、まだまだ動けそうなのになぁ。」
「先日潜入中に不覚をとって怪我をしたみたいで、自信を失ったようです。」
「そんなことが…。あの頭に怪我を負わせるとは、中々の手練れだな。」
「そうですね。でも、今はサクヤ様方が圧倒的に強いですから、その相手がどの程度かは判りませんよ。」
「そんなことはないと思うが、まぁ猿也殿ならよい頭になるだろう。」
馬は早足にしていたこともあり、なんとかその日のうちに帰り着くことができた。
その日はもう遅かったので厩舎からそのまま家へ帰った。
翌朝、社に行ったサクヤは事情を説明する。
「そういうことならしっかり学んで来るといい。」
藤馬があっさりと了承した。
「ただし、一人で行かせるのは不安なので、もう一人誰かを同行させてください。」
「わかりました。では、千代を同行させます。」
ということで、千代が同行することになった。
これが後にサクヤを後悔させる判断になる。
宮司の部屋を出ると、隠密寮に向う。
「猿也殿、ご無沙汰しております。」
「サクヤ殿、元気そうでなによりです。」
「頭になられたそうで。おめでとうございます。」
「サクヤ殿こそ。その歳で頭ではないですか。」
お互いにどこかぎこちない挨拶を交わし、サクヤは本題に入る。
「猿也殿は結界師が多くいる社をご存じですか?」
「結界師ですか…。西国にそのような社があると聞いたことはありますが、行ったことはありませんし、その社の者に会ったこともないですな。」
「西国ですか…。」
「なぜそのようなことを?」
「はい、梟社の宮司の息子の嫁で、千尋殿という方が結界師を多く輩出する社の出身だと聞きまして。どうも謎の多い方なので少し探ってみてもらえませんか?」
「なるほど…。わかりました。やってみましょう。猿丸を使ってもよいですか?」
「勿論です。」
「ではお任せください。」
猿也と別れた後、サクヤは千代を連れて御山に向う。
(ヌシ様が了承されるなら御姿を現されるだろうし、駄目なら出てこられぬはず…。)
サクヤと千代の脚なので、昼過ぎには山頂に着いた。
「ヌシ様、御降臨ありがとうごさいます。」
「まあ、仕方なかろう。」
「ぬ、ヌシ様!?って、カイではないのですか?」
「ああ、カイは仮の名前でな。あの時ヌシ様が同行したいと仰ったので、そういうことにしただけだ。」
「そうとは知らず失礼しました。改めまして千代でございます!」
「よい。紹介も今更だしな。で、千代を連れて来た理由は?」
「いい加減隠し通すのも不自然かと。寮の者はもう何回か神様と遭遇していますし、ここにヌシ様がいるのも当たり前の話になっていますから。」
「まったく、もう少し有難味を感じさせて欲しいものだ。おいそれと人前に降臨するものではあるまいに。」
「一緒に旅に出たヌシ様が言っても説得力がないのでは?」
「あれは正体を隠していたからよいのだ。」
アカイヌヌシはそっぽを向いて誤魔化す。
そんなサクヤも今日はアカイヌヌシを撫でていない。流石に威厳がなくなると思ったからだ。
「ところで、ヌシ様は結界師が多く輩出される社を御存知ですか?」
「結界師か…。それは知らぬが、結界術を得意とする神なら心当たりがある。一柱は日輪大神だが、もう一柱は西国に坐す『大八蜘蛛主』だな。」
「『オオヤクモヌシ』様ですか…。」
「クセが強く、乱暴な奴でな。あれは祀られているというより、封印されていると言った方がよいな。あれ程強い神を封じておるのだから、そこの宮守が結界術に長けておるというのも納得できる話だろう。」
「なるほど…。そこのヌシ様と連絡を取られたことはありますか?」
「いや、我はそもそも他の者と連絡をとったりしないからな。」
「…そうですか。ハクリ様くらいですね。」
「まあそうだな。奴とは時々やりとりがあるな。ただ、奴はお喋りだから、何でも話せる訳ではない。実際、サクヤが多くの神に遭遇するのは奴のせいでもあるからな。」
「…そういことですか。ただ、私もハクリ様には恩がありますし…。」
「ふんっ、恩以上の厄介事を押し付けられておるではないか。人の神域の者をいいように使いおって、気に入らん話だ。」
サクヤは苦笑いをしながら、宥めるようにアカイヌヌシを撫でる。
千代は引きながらその姿を見ていた。
アカイヌヌシの前を辞して御山を降りる。ずっと黙っていた千代が口を開いた。
「サクヤ様は何時からヌシ様とこのようにお会いしているのですか?」
「初めてお会いしたのは御力量りの儀の少し前だったな。妖魔との格闘で怪我を召されたヌシ様に傷薬を塗ったのが縁で、定期的にご報告に上がっている。」
「そんなに前から…。サクヤ様の御力が規格外なのは、そのせいですか…。」
(返答が難しいな…。いや、ヌシ様のせいにした方がよいのか?実際、ヌシ様とイズマさんに理について聞いたから出来ることが増えた訳だし。出自のことはまだ話さない方がいいだろう。)
「まあ、そんなところだ。」
千代の顔は若干青ざめていたが、どこか納得の表情をしていた。
「因みに、今回ヌシ様お会いしたことは、まだ皆には黙っておいてくれ。ヌシ様にお伺いしてから段階的に話していく。どうせ寮の者は勘付いているだろうしな。」
「わかりました。何故私に引き合わせていただけたのでしょうか?」
「今回梟社に同行するのが千代だからだ。私が護符や結界術について教わる千尋殿は、以前の他所のヌシ様に仕えていて、各地の神様との連絡係をしていたそうで、今は梟社のヌシ様に仕えている。そんな人の相手をするのに、千代がうちのヌシ様の存在を知らないでは話が合わないだろう。」
「…そういうことですか。なんだか、とんでもない世界の話ですね。」
「そうかもな。なんだかそれが当たり前になりつつある自分が恐い気もする。」
「私もサクヤ様のせいで慣れたつもりでしたが…。」
サクヤは居た堪れないなくなり、目線を逸らした。




