木兎山のヌシ様
おはようございます
翌朝、サクヤは朝餉を済ませると調薬部屋に向かった。
御山に入る許可が下りるかは分からなかったが、許可が下りなかった場合も2人と調薬と御力籠めについて話ができると思ったからである。
「おはようございます。千尋殿はお早いのですね。」
「お、おはようございまふ。」
「…なぜ噛む程に緊張されているのですか?」
「い、いえ、そんな、緊張とかしていません。ふ、普通でふよ。」
「…そのようには見えませんが…。」
そんなぎこちないやりとりにサクヤが困惑しているところへ、鶴と伊三郎が入ってきた。
「お、おはようございまひゅ。」
「お早いでしゅね。」
「どうしたんですか?3人とも…。」
「何でもないでしゅよ!ぐ、宮司から御山に入る許可を得ました。ぎょえいとして、わたひも同行させていひゃひゃきまひゅ。」
「…シドロモドロですが、許可が出て良かったです。それでは早速案内して下さい。」
「分かりましたひた。参りまひょう。」
余りにも3人が挙動不審なので、一抹の不安を抱えながら御山へ向うサクヤだった。
御山の山頂に向う参道の入り口には鳥居が設けられており、脇には手水場も用意されていた。
禊を済ませて入山すると、少し気温が下がった気がした。
「そう言えばサクヤ殿。妖術を使ったという妖魔は何の妖魔だったのですか?」
幾分緊張がほぐれたのか、千尋がサクヤに尋ねる。
「鳥だったとは思うのですが、はいっきりとは判りませんでした。妖魔に気が付いて矢を番えたと思ったら別の場所にいたのです。というか、本当に妖魔だったのかすら判りません。距離もあって気配がはっきりしなかったのです。」
「そうですか…鳥ですか。」
「そういえば、千尋殿も最初に会ったときに気配を感じませんでした。」
「すみません。何者か判らなかったので、確認できる位置まで気配を絶って近づいたのです。」
「凄いですね。あそこまで完璧に気配を絶つのは容易いことではありません。そのような鍛錬をされたのですか?」
「行商をするにあたって、女一人で旅をするのは危険なので、護身術や気配絶ちなど、一通りの技術を身に付けたのです。」
(何とも不自然な話だ。そうまでして女一人で行商をしなければならない理由がわからない。生活の為やむを得ずということもあるかもしれないが、その技術を身に付ける機会もそうあるものでもないはずだ。可能性としては、どこかの隠密か…?)
不審に思いながらも、あえてそこには触れないまま登山を続けた。
鶴もいたので何度か休憩を取りながらの登山となったが、途中であれこれと薬草を見つけては採取するので、中々進まない。
元々の山頂に行くことが目的ではなかったが、折角だからと奥宮に参拝することにしたものの、このままでは山中で野宿となりかねない。冬に差し掛かろうという時期の山での野宿は避けたいサクヤだった。
八合目まで来たあたりで、本命の『安登穏の実』を見つけた。
この段階で鶴はヘロヘロになっていたが、サクヤが回復薬を飲ませると元気を取り戻す。
「折角ここまで来たが、ここから先は奥宮を目指すか、採集するかどちらかにしないと、日が暮れるまでに戻れなくなります。どうしますか?」
「目的の薬草も採取できましたから、奥宮を目指しませんか?」
元気を取り戻した鶴が笑顔で言ったため、否定する言葉が見つからない千尋と伊三郎は同意した。
何とか昼過ぎには奥宮に到着し、参拝を済ませたが、サクヤがお参りの際に目を瞑り礼をして頭を上げ、目を開くと違う場所にいた。
先程まで山頂の祠の前にいたはずだったが、今は洞窟のような磐座のような薄暗い場所にいる。
「またか…。一体どうなっているのだ?」
「ヌシ様がお呼びにさなったのです。」
声に驚いて後を振り返ると千尋だけがいた。
「どういうことですか?」
「サクヤ殿をこちらの御神域に連れて来たのも、ここに連れて来たのもヌシ様なのです。」
「ヌシ様が…。ということは、千尋殿はヌシ様にお会いになったことがあるということですか?」
「はい。サクヤ殿なら察しがついているかもしれませんが、私は元々の他の社で諜報をしていました。ですが、縁あってこちらでお世話になることになったのです。」
「それとヌシ様にお会いになったこととどういう関係が?」
「私が以前にいた社で偶然そこのヌシ様の御告げというか、指示を聞くことになり、成人して社を辞めた後は薬の行商に扮し、そこのヌシ様の連絡係としてあちこちの社に出向いては、そこのヌシ様にこちらのヌシ様の意向を伝えていました。ですが、こちらの宮司の息子に見初められまして、それをヌシ様にご相談したところ、ここのヌシ様に使えなさいとお許しをいただいたのです。」
「なるほど…。因みにアカイヌヌシ様とお会いになったことは?」
「ありません。あそこのヌシ様は余り社交的でないというか、協調性がないというか…。他の神様と連絡をとることがないと聞いています。」
「そ、そうですか…。」
まぁ、ヌシ様ならそうかもしれないと、アカイヌヌシの姿を思い出しながら苦笑いする。
「サクヤ殿の噂はヌシ様から聞いていました。やはりアカイヌヌシ様の使いをされているのですか?」
「いえ、ご報告にあがることはありますけど、特に指示を受けたことはないですね。一度連れ立って旅に出たくらいで。」
「えっ!?一緒に旅をですか?」
「ハクコナリヌシ様に会いに行きました。この御二方は仲が良いみたいで、連絡を取り合っているみたいです。」
「そ、そうなのですね…。」
「ところで、こちらのヌシ様は?」
「先程からずっとここにおるぞ。」
サクヤは声のする方に顔を向けると、岩の窪みにコノハズクほどの大きさの白い梟の姿があった。
サクヤはすぐさま向き直り、膝を付いて頭を垂れた。
「失礼しました。気づくのが遅くなってしまい申し訳ありません。乾のサクヤです。」
「よいよい。無理矢理連れてくるような形になって済まんな。噂の娘に会ってみたいと思うてのう。わしはこの山の主で『チノハズクヌシ』という。長いのでチノハでよいぞ。」
「では失礼してチノハ様。わたくしをお召しになった理由をお聞きしてもよいでしょうか?まさかただ会いたかったというわけではないと思いますが。」
「ほほほ、まぁ半分はそうなのじゃがの。理由は其方も知っての通り、結界が欠けた神域の問題じゃ。」
「…私の結界術では、神域を補修するほどの大きな結界はまだ無理です。」
「そこでじゃ、ここの社には護符の知識が豊富にあってな。それを学んで補修して欲しいのじゃ。実は似たような神域が他にもあって、皆困り果てておるんじゃよ。最近は優秀な結界師が減ってしまってのう。」
「結界師ですか?お会いしたことがありません。」
「そんなことはない。確か湖の国の国府で一度会っておるはずじゃぞ。ほれ、日輪大社の。」
「あぁ、宮司の…えっと、健平!」
「そうそれじゃ。日輪大社の宮司は優秀な結界師でもあるんじゃよ。今の都に結界を張ったのもその時の宮司じゃからな。もっとも、あれ程大規模で長期間の結界を張ったために、命を落としたがのう。」
「そうでしたか…。因みに都の結界はいつまでもつのかお判りになりますか?」
「時々大社の宮司が神力を籠めておるようだが、あれ程の規模故なぁ、そう長くはもたんじゃろ。あと数年といったことろではないか?」
「…そうですか。ありがとうございます。結界と護符についてはわかりました。一旦赤犬社に戻ろうとは思いますが、すぐにこちらに戻って学ばせていただきます。」
「おお、頼まれてくれるか。其方程の力量を持つものはそうはおらんので助かる。護符と結界のことについてはそこの千尋から聞くがいい。其の者のおった社は結界師を多く輩出する社で詳しいからの。」
サクヤはチラリと千尋の方を見遣ってから向き直る。千尋は少し眉を寄せたが、すぐに無表情になる。
「承知しました。では明日にでも里に戻り準備を調えます。」
「うむ、頼んだぞ。」
チノハはそう言って飛び去った。
「では、我々も戻りましょう。」
千尋はそう言って歩き出す。磐座を出るとそこは祠の下の裏手だった。そのまま正面に周り鶴達と合流した。
「突然いなくなられたのでびっくりしたのです。ご無事でよかった〜。」
「すみません。しかし、時間がありませんので、早く下山しましょう。」
千尋は誤魔化すように下山を開始した。
何とか明るさが残るうちに下山できたが、かなり寒さが厳しくなっていた。
「遅かったから心配したぞ。」
心配顔から安堵の顔に変わった宮司が出迎えた。
「ご心配をお掛けし申し訳ありません。しかし、目的の薬草を見つけることができましたので、こちらでも効果の高い薬が作れるようになるはずです。」
「そうか、それは何より。寒かったろう、早く片付けて夕餉にするがよい。」
「ありがとうごさいます。」
(しかし、千尋殿はまだ謎が多いな。)
夕餉をとりながらサクヤは一人考えた。
(巫女だったのであれば、御力が使えたはず。なぜ、あの時御力の動かし方を知らなかったのだろう?力量があるから巫女になっただろうに。今度きいてみよう。答えてくれるかどうかわからないけど…。)
【お知らせ】
近日中に短編を投稿しようと思っています。
全く別視点の同世界のお話です。
こちらでも閑話として投稿する予定です。
創作モチベーション維持のためにも、
評価、リアクション、感想をお待ちしています。
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