中間管理職
おはようございます
「疲れた…。」
堂兵部は疲れ切って自分の邸宅に戻ってきた。
「如何されたので?」
家人の伊右衛門が心配顔で着替えを手伝った。
「堂家は叢家の分家で、今の地位にあるのは左大臣様のお陰であることは判っておるのだ。」
「はぁ?」
伊右衛門は突然語り始めた兵部に相槌を打とうと思ったが、何と答えていいのか解らなかった。
「鐵右近とて慣れぬこととはいえ、あの態度はないと思うのだ。」
伊右衛門は全く話が掴めない。ただ、黙って聞いていることしかできず、困惑しながら主である兵部を見ている。
「なんとか左大臣様を宥めることができたが、こんなことはもう懲り懲りだ…。」
「右近殿が何か失態でも犯されたのですか?」
「いや、右近はできることをやっておる。白銀童子の左の腕を獲ったのだ。褒められこそすれ叱責を受けるようなことではあるまい?」
「そうですな。仕留められれば一番なのでしょうが…、そう容易いことではありますまい。」
「そうなのだ…。我とて兵部卿だ。武士達の苦労くらいは知っておる。今の武士達には抗うための武具が足らぬ。皇弟殿が皇太子様に頼んで御力の籠められた武具を作っておられるのはそれ故だ。だが、左大臣様はその辺りのことに無関心故、命じさえすればできると思っておられる。」
「なるほど…。それ故左大臣様と右近殿が衝突したと…。」
「いや、衝突したのは左大臣様と皇弟殿だ。確かに右近も捨て台詞を吐いて去っていったが…。」
「それはまた…。右近殿も肝が据わっておいでだ。」
「というよりヤケクソになっただけだろう。確かにあのような言われようでは腹も立とう。だが、それを見せずに笑ってみせるのが公家というものだ。感情のままに動いてよいものではない。」
「確かに、ごもっともでございます。」
一気に愚痴も吐き出した兵部は少し落ち着きを取り戻した。
「明日は右近を宥めねばならぬ。伊右衛門、あれに使いを出しておいてくれ。」
「畏まりました。」
(我儘な上司に、自由な部下。我だけが両者に振り回されて苦労しておる…。我にどうしろというのだ。)
兵部は伊右衛門が手配した酒を飲みながら、胃の臓を押さえた。
「経晟を…、右近を呼んでくれ。」
豊秋彦は家人に使いを頼むと書院で机に向う。
(サクヤ達の活躍で死人が出ることもなく
白銀童子と霊徳童子を撃退できたのだ。しかも、自分がしゃしゃり出ることなく、彼等に指揮を任せたのは、将軍という立場にあるものが中々できることではない。そこを認めてやれないのが叢の駄目なところなのだ。いや、叢だけではない。殿上人共通の認識の問題なのだろう…。)
豊秋彦は日記をつけながら、頭を抱えた。
(奴と喧嘩になるのは私だけでいい。経晟まで喧嘩を売って叢を敵に回す必要などないのだ。なのに、あやつにして珍しく短気を起こしおって…。)
日記を書き終えた豊秋彦は酒を手配させた。
ほどなくして右近が豊秋彦の屋敷にやって来た。
「愚か者め。短気を起こしてどうする。」
「面目次第もありません。なんせ、中級公家の出なもので、腹芸ってのが苦手なのです。」
「やつとの喧嘩は私に任せておけばよい。其方には鬼に専念してもらわねばならぬ。社との連携をとれる公家など、其方しかおらぬのだからな。」
「畏れ多いことで。」
今ひとつ反省の色を見せない右近に、豊秋彦は溜息を吐きながらも酒を勧めた。
「で、実際のところ、どうだったのだ?」
「サクヤ殿の統率は素晴らしいですな。兵もよく鍛錬されており、連携は阿吽の呼吸で、我々の付け入る隙などありません。参戦しなかったというより出来なかったと言った方が正しいでしょう。」
「それほどが…。」
「我々はどうしてもサクヤ殿の個人の技量に目が行きがちですが、彼等は武士ではありませんので、戦いの概念が違います。」
「どういうことだ?」
「武士同士が戦う場合、先ずは名乗りを上げます。弓合戦から始まり槍兵が激突、混戦状態になったら武将同士が名乗りを上げてから一騎打ち。たとえ相手が鬼であろうと、基本的な戦い方は同じです。」
「彼等は違うのか?」
「はい。彼等は普段妖魔を相手に戦っているので、名乗りを上げるなどありまえません。意味がないですからな。そして、鬼を人とは思っておらず、妖魔と同様に考えてています。」
「しかし、鬼は人格があり人語を解すではないか。元は人なのだから。」
「はい。ですが、彼等からすると人語を解す妖魔と大差ないのでしょう。人格を認めぬ為、正々堂々と戦おうという考えがないのです。相手の不意を突き、武士であれば卑怯と言われるような戦術も平気でとります。」
「あのサクヤ殿がそのような指揮を…。」
「サクヤ殿は異国の兵法書を読んで身に付けておられるとのことで、『謀多きが勝ち、少なきが負ける』と嘯いておられたとか…。」
「では鬼との戦いも…?」
「はい、徹底した集団戦術で、本人は殆ど前線に出ることなく、用兵のみで戦っておられましたな。いざとなれば打って出るのでしょうが、時折弓を引く以外はどっしりと構えて指示を出すだけでした。」
「それは意外だったな。もっと積極的に打って出るものと思っていた。」
「ただ、白銀童子の左腕を落とした時の矢は凄まじかったですぞ。まさに鬼神のように立ち、目にも見えぬ速さの矢でした。頭を射抜いたと思ったのですが、そこは白銀童子も中々のもので、すんでで左腕を犠牲にしてでも頭を守ったのですから。」
「なるほどな。その直後に霊徳童子が現れたと。」
「姿を見せる前に前衛を吹き飛ばすほどの風を起こしてました。あれで白銀童子に止めを刺す機会を逃したようです。」
「そうか…。其方は良くやったと思う。将軍であれば自ら指揮を執りたいところだったろうが、よく耐えた。」
「我等朝廷兵の練度の不足を痛感させられました。明日からまた鍛え直しです。」
「兵達も不足を感じておるなら鍛錬にも身が入ろう。いっそ、サクヤ殿に鍛えて貰えばよいのではないか?」
豊秋彦は冗談のつもりで笑いながら言ったが、右近を真剣に考える。
「それは良いかもしれませんな。サクヤ殿に相談してみましょう。さてさて、何人生き残れるか…。」
「…まぁ、聞くだけ聞いてみればよい。鬼斬り達との連携も必要になろう。」
「そこもサクヤ殿に頼めましょう。今回も一人、参戦してくれた者がおりました。」
「そうか。各国の国府兵は使えないか?」
「湖の国と瑞の国はなんとかなるでしょうな。他はあったってみぬことには…。」
豊秋彦と右近の話し合いはこのまま深夜にまで及ぶことになる。
翌朝、自身の屋敷に戻った右近は家人から兵部からの使者が来たことを聞いた。
「兵部殿も大変だな。まあ、私は知らん。今日は兵どもを鍛えたら、明日からはサクヤ殿と各国守に会いに行かねばならぬ。解任以外の用件は無視してかまわん。皇弟殿が何とかしてくれるだろう。」
「何!来れぬだと!…う〜む、余程腹を立てているのか。元々の自儘かわからんが…。」
兵部の胃痛は悪化の一途を辿るのだった。




