皇弟vs左大臣
おはようございます
右近は白銀童子との一戦の後、報告の為都に戻った。
(人心が荒んでいるな…。)
右近は都の大路を騎馬で進む。一部の貴族の屋敷は綺麗な土塀が威容を放っていたが、落ちぶれた公家の屋敷は漆喰が剥がれ、酷いところでは完全に崩れている。
(勝ち組と負け組がはっきりしている。遷都前後は英が栄華を誇っていたが、相次ぐ当主の変死ですっかり落ちぶれた。先日死んだ瑞国守は英の出だったが、これで余計に苦しくなろう。
今は完全に叢の世だ。誰もがその繁栄のお零れにあずかろうと必死で、民のことなど気にもとめていない。
サクヤが言うところの、鬼の温床だな。)
報告に赴く右近の気分は重い。
白銀童子の左腕は落としたものの、首をとったわけではない。現場を知らない公家どもが好き勝手言うに決まっている。かくいう自身も公家の端くれだが、殿上人の考えは馴染まない。
(我等の心に寄り添ってくださるのは皇弟殿くらいのものか…。)
「間もなく下馬でございます。」
「ああ、そうだな。」
御所を前に馬から降りた右近は、少将を含めた僅かな供回りで御所に入った。
右近衛大将に任じられた右近は、一応殿上人の扱いだが、中級公家出身のため常に侮られていた。案内する男の目もどこか冷たい。
今日は兵部卿である堂義信への報告だったが、霊徳童子が現れたと先触れしたことで、主だった公家達も立ち会うことになった。
因みに堂兵部は最高実力者である叢左大臣の縁者である。
「鐵の右近、帰りましてござりまする。」
「ご苦労。霊徳童子が現れたというのは誠か?」
「はい。あと一歩で白銀童子を討伐できるというところで、突如現れた霊徳童子が鬼術の強風で攻め手を吹き飛ばしました。」
公家達は揃って顔を顰めた。
「そのような鬼術を使うとは報告を受けておらぬぞ。」
「はい。そもそも、奴と遭遇して生きて帰った者が殆どおりませぬ。鬼術を使うまでもなく殺されております故。」
公家達が沈黙した。
「此度は死人が出なかったと聞いたが?」
「はい、龍神社兵を中心とした精鋭が奮戦してくれたこと、霊徳童子が白銀童子の救出を優先して、交戦に至らなかったことが主な要因かと。」
(ここではサクヤと鬼防寮の話はしない方がいいだろう。下手に目立つと此奴等は何を言い出すかわからん。龍神社なら下手なことは出来ないことくらい知っておろうしな。)
「その間、其方は指を加えて見ておったのか?」
声をあげたのは叢左大臣だった。
「龍神社兵の統率は素晴らしいもので、共に鍛錬していない我旗下のものでは、彼等の邪魔にしかなりません。彼等の要請があるまでは待機しておりました。」
「何の為の直属兵だ。其方も大社に籠って鍛錬していたのではないのか?」
「恥ずかしながら、私一人力があっても、兵の装備も鍛錬もまだ霊徳童子に勝てるだけの力は身に付けておりません。あれだけ戦に慣れている龍神社兵ですら退治できなかった鬼です。下手に手を出せば全滅しておりました。」
「そのような言い訳はよい。一刻も早く退治するのが右近衛大将征鬼大将軍の役目。折角の機会をみすみす逃すとは、其方の落ち度ではないか。」
「ならば、其方がやってみよ。」
右近が言いたくても言えなかった言葉を口にした者がいた。
「皇弟殿、口が過ぎるのではないか?」
「出過ぎたことを言っておるのは其方だ。現場も知らぬ癖に偉そうなことばかり言って士気を下げるなど、上に立つ者の成すことではない!」
叢左大臣と豊秋彦が睨み合い、場に重い空気が流れる。
「御二方共、今は責任どうこうより、まずは報告を聞きましょう。」
堂兵部は苦笑いで場を収めて右近に話を振った。
「で、白銀童子の左の腕はいかがしたのだ?」
「はい。木箱に入れたうえで結界による封印を行い、現在こちらに運んでおりますが、どこで保管するのが適当かと、ご相談させて頂きたいのです。私としては鬼の入り込めない御神域がよいかと思うのですが。」
「馬鹿をいえ右近!神聖なる御神域に、鬼の腕のような不浄の物を持ち込むとは!」
公家の一人が声を荒げた。
「しかし、腕は結界にて封印されており、穢れも邪心も漏れ出す心配はありません。そして、御神域なら鬼も入り込めないので、奪い返される心配もないかと。」
「なれば、どこかの社に預ければよいではないか。」
「日輪大神以外は神に非ずといって邪険に扱っておきながら、都合のよい時だけ利用しようというのは、流石に虫が良すぎるかと。」
「もっともだな。大社で保管するのが良いだろう。」
方針が決まりかけたときに、叢左大臣が水を差した。
「しかし、本当に腕が入っているのか?確認が必要ではなか?」
「その為には封印を解かねばなりません。危険でございます。」
「封印した者がもう一度封印すればいいだけのことであろう。」
「封印したのは社の者で、そのように都合よく動いては貰えません。社は我等の力の及ぶ相手ではありません。今回の討伐とて、あくまで協力を要請し、社の好意で合力して貰った結果です。こちらの都合に合わせる謂れがないのです。」
「そうなると、本当に腕が入っているのかも疑わしいな。」
「私は手柄を求めておるわけではございません。事実の報告をしているのみです。実際今回の手柄は社のもので、我等は協力を要請しただけでございます。」
「では何の為の征鬼大将軍だ。何の役にも立っておらぬではないか。」
「左大臣、いいかげんにせよ!将軍は我等ができぬことを成すためにこの職についておる。そんなに気に入らぬなら、其方が討伐してみよ!」
「何をムキになっておる。将軍以下の武士共は、その為に存在しておるのだ。何故我等が穢れに触れるようなことをせねばならぬ。」
「其方は為政者として持たねばならぬ心得を何も持っておらぬようだ。徳の無き者に政はできぬ。今すぐ職を辞せ、左大臣。」
「何を青臭いことを。理想で政などできぬ。現実を知らぬ者が政を語るなど笑止。」
(現実が見えていないのはどっちだ…。サクヤの話では、この都の結界すらそろそろ怪しいというのに…。)
右近は2人の口論に呆れて報告を諦めた。
「私の報告が信用に値しないのであれば、これ以上申すこともございません。責任を問うのであれば、職の剥奪でも降格でも好きになされよ。もっともこの扱いを知れば後任など見つからぬでしょうが。」
右近は席を立ち、部屋を出ていく。
「待て!報告は終わっておらぬ。」
「聞く耳を持たぬ者にする報告などございません。あと、腕は左大臣様の御屋敷に運ばせます故、確認でも再封印でも好きになされよ。では、これにて。」
「この無礼者が!ただで済むと思うなよ!兵部!どうなっているのだあの男は!」
「申し訳ございません。あとで叱っておきます。」
「不愉快だ!帰る。」
叢左大臣は席を立って出て行った。
(やれやれ、左大臣様にも困ったものだ。流石にあれでは右近も腹を立てよう。あれの言うように、解任となれば後任などおらぬぞ…。)
堂兵部は頭を抱えた。
「兵部、解任はならぬ。あれより適任は他におらぬ。両者を宥めれるのは其方だけだ。苦労をかけるが、宜しく頼む。」
「は、はぁ。」
(皇弟様方が人の上に立つに相応しいのは間違いがないのだがな…。だが、現実の力は左大臣様方が上。嫌な役回りになったな…。)
豊秋彦も頭が痛い。
(叢は増長が過ぎる。帝に叱責していただかなくてはならぬか…。経晟ゆえにサクヤや龍神社の者と調整ができるのだ。彼等は我等の命令で動く相手ではないことをあやつは判っておらぬ。とはいえ、サクヤを矢面に立たせるわけにはいかぬ。経晟もそれが判っているからこそ、サクヤのことに触れなかったのだ。だが、いずれは知れる。その時にどうやってサクヤを守るか…。今から考えておかねばな。)




