左の腕(かいな)
おはようございます
馳遊馬も合流し、龍神社の山兵との模擬戦などもしながら組織戦の練度を高めていく。
小平太と千代に完敗した蒼士郎も鍛錬に力が入っていた。
ただ、ひとつだけ問題があった。
龍神社兵に蒼右衛門も入っているからだ。
サクヤに敗れて以来、いっそうサクヤに熱を上げるようになってしまった蒼右衛門は会えばサクヤに言い寄って再戦を求める。
一方サクヤは、ことあるごとに絡もうする蒼右衛門に、容赦なく暴言を浴びせ、ときには結界で囲って動けなくするという荒業まで披露していた。
「このまま封印しておくか?」
半ば本気とも思えるサクヤの発言に対し、誰も反論できなかった。
蒼衣がなんとか宥めて解放してもらっていたが、連日の攻防にサクヤの結界術スキルがやたらと向上していることだけが収穫だった。
「そろそろ準備も整った。将軍はまだ何も言ってこないか?」
「はい。国府近辺でも連日鍛錬に余念がないようですが…。」
「雪が降り始めるまでには帰りたいな。」
「予定通り行けば帰れるはずだがな。」
そんな話をしている矢先に、伝令の旗を掲げた馬が走ってくるのが見えた。
「来たか。」
「そのようですね。」
到着した伝令は冴えない顔をしていた。
「乾殿とお見受けする。」
「いかにも。」
「国府から瑞の国につながる国境への街道から南に別れた先にある村に鬼が出ました。現在国府兵と将軍直属の兵が向っておりますので、合流して頂きたいとのことです。」
「ちっ!先を越されたか。」
隼人が舌打ちする。
「出陣だ。補給隊は準備でき次第出発。我々と鬼防寮は先発する。」
蒼士郎の号令で兵達が一斉に動き出す。
「行こう。」
サクヤの声に鬼防寮の面々が応える。
「ご武運を…。」
蒼衣と伊都は心配気に見つめていた。
全員が騎馬での出陣となり、国府兵との合流も早かった。
「お早いお着きですな。」
「鬼は?」
「まだ村にいるようです。」
「白銀童子は?」
「そこはまだ確認できていません。」
「鬼の数は?」
「確認できているのは10前後かと。」
(だいたい合っているか…。)
矢継早に確認を行ったサクヤは、馬を繋ぐと臨戦態勢に入る。
「里人は?」
「被害が出てはいますが、生き残った者の退避は完了しています。」
「よし。では行くぞ!」
「敵の戦力もわからないまま行くのですか?」
「気配からして10前後で間違いないでしょう。白銀童子もいないようです。問題なく殲滅できます。」
「そんなことが判るので?」
「なんとなくですが。国府兵と将軍直轄兵は周囲の警戒をお願いします。我等で突入します。」
サクヤは鬼防寮隊と、龍神社兵を二手に分けて村を両サイドから包囲するよう指示を出す。
「まずは見える相手を弓兵で射る。飛び出してきた鬼は前備で対応。できるだけ鬼を一カ所に集めろ!」
両隊は指示通りに包囲を開始した。
「お手並み拝見といこう、輔殿。」
「右近様はそれでよいので?」
「味方の戦力は把握できているからね。彼らがどのくらいやってくれるのかな。サクヤ殿は間違いないだろうけどね。」
そう言って右近は高みの見物を決め込んだ。
掃討戦は短期戦となった。
弓兵が次々と鬼を射殺す。溜まらず飛び出した鬼を前衛が斬り伏せる。
一カ所に集めるまでもなく、弓兵により半数を倒すと、残りは2匹となった。
「あれを使うまでもないか…。」
サクヤは残りの鬼に向け矢を放つ。1本の結界矢で2匹の鬼を貫いた。
「どこが威力が弱いんですか…。」
千代は呆れてサクヤを見た。
「…凄いねぇ。圧倒的じゃないか我軍は…。」
「龍神社と赤犬社の兵ですが…。」
「うちの兵どもを鍛え直さなきゃならんな。」
「まったくです。」
右近と輔殿は戦闘の終結と考えていたが、サクヤは違った。
(来る。アイツだな。)
「総員退避!直ちに退け!」
サクヤの声に全員が即座に戻ってきた。
「小平太、千代、左馬、馳遊馬、体勢を調えろ。奴がくる。」
サクヤの言葉に直ちに臨戦態勢を調えた。
「龍神社兵は後備を!弓兵は矢を番えろ!槍兵は焙烙を準備しろ!」
程なくして、白銀童子は手下の鬼10匹を従えて山道から下りてきた。
「ほう、先日の娘か。全滅させるとはやるではないか。」
「弓兵よ〜い!」
「人の話ぐらい聞けぬのか!」
「人の話なら聞くが、鬼の話に付き合うつもりはない。放てっ!」
弓兵が一斉に矢を放つ。鬼達は散り散りに回避するが、左馬介と千代の放った矢は、確実に鬼を捉えていた。
「ちっ!」
白銀童子も回避行動をとりながら、急速に接近してくる。
「前備槍衾構え!」
サクヤの指揮のもと、整然と兵が動く。
弓兵も二の矢を番えた。
槍衾に対し、白銀童子が跳躍で回避した所へ、二の矢が放たれる。
白銀童子は旋回して薙刀で払う。
着地した瞬間に他の鬼達が民家の影から集結して、前備を襲う。
「焙烙放て!」
集結してきたところに、一斉に焙烙が飛んできて炸裂した。
爆発の威力は小さいため、最前線に立つ鬼防寮の前備には被害がない。
なぜなら爆発して飛び散ったのは浄化薬だったからだ。
「ぐあっ!」「ぎゃ〜!」
鬼達の断末魔が轟いた。
「卑怯な手を使うではないか、娘!」
「高等な戦術と言って欲しいところだな。手を緩めるな!弓、放て!」
サクヤは追撃の手を緩めない。白銀童子が率いてきた鬼達は、尽く地に伏して塵となる。
「前備!一斉にかかれ!」
小平太、馳遊馬と龍神社兵の前衛は一斉に白銀童子に襲いかかった。
「奴の旋回する薙刀は足元が弱い。前備が一斉に引いた瞬間を狙うぞ。」
サクヤが弓兵に指示を出し、自らも矢を番えた。
戦況はサクヤの思惑通りになった。
前備達が一斉に斬りかかると白銀童子は跳躍して旋回を開始した。着地直前に前備は後に飛び退き、射線が開かれたところに、弓兵が一斉に矢を放った。
足元を狙われた白銀童子は再度跳躍しようとしたが、千代の放った矢が白銀童子の右足を地面に縫い付けた。
「くそっ!」
白銀童子が弓兵を睨んだ刹那、サクヤの放った矢は白銀童子の頭部を捉えた。
かに見えたが、白銀童子は左手で頭部を庇い、手で矢を受けた。
矢の刺さった左腕は肘から先が矢と共に飛ぶ。
サクヤが二の矢を番え放とうとした時だった。
サクヤ達は途轍もない強風に飛ばされた。
(間に合わなかったか…。)
サクヤは霊徳童子の来襲を予期していた。
感じたのは白銀童子に矢を放った直後である。すぐに二の矢を番え、白銀童子にトドメを刺そうとしたが、その前に吹き飛ばされた。
「総員退避!」
サクヤは体勢を立て直すと大声で指示を飛ばした。
白銀童子の周りにいた前衛達はふっ飛ばされて民家の壁に衝撃していたが、サクヤの指令に直ぐ様体勢を立て直して退避する。
「乾のサクヤと言ったか、久しいな。随分我同志達を可愛がってくれたじゃないか。」
霊徳童子は白銀童子を庇うように前に立つ。
兵達は退避を完了して体勢を立て直した。
サクヤは霊徳童子の言葉に返事は返さず、体勢の立て直しを横目で確認した。
「将軍様、加勢しなくて宜しいのですか!」
「動くな。あれだれ統率のとれた部隊に我等が加われば連携がとれなくなる。ましてや私が加われば、私が指揮をとることになるが、あの部隊の指揮を私にとれる思うか?」
「いえ…、阿吽の呼吸で動いています。あの呼吸を掴むのは即席には無理かと。」
「その通りだ少将。我々はサクヤ殿の要請があったときに動く。準備だけはしておけ。」
「はっ!」
部隊の体制が調ったことを確認したサクヤは、霊徳童子の出方を覗うことにした。
「こちらの体勢は調っている。何時でもいけるぞ。」
「ふんっ。余りに多くの鬼の気配が消えた故来てみたが、中々によい体勢を築いたようだな。だが、これで勝てると思うてか?」
「やりようはあるさ。」
「小癪な娘だ。他にも何か隠しているのだろう。だが、我に正面から歯向かおうとする者達の顔を拝めたのは収穫だな。手負いの者もおることだ。愉しみは先にとっておくとする。だが、次はこちらも万全を期して臨む故覚悟しておくがいい。」
霊徳童子はまたも強風で部隊の体勢を崩すと、砂埃が収まるとともに姿を消した。
(まだ足りないな。奴に勝つにはどうすればいい…。)
サクヤは一瞬だけ顔を曇らせたが、士気に関わるのですぐに表情を引き締めた。
「怪我人はいないか!すぐに手当てを行う。手当てが済んだものから浄めだ。」
サクヤの指示に兵達はテキパキと動き始める。幸い怪我をしたのは前衛だけで、手持ちの傷薬で対応できる程度の軽傷だった。
手当ての終了を確認すると、サクヤは敢えて千代に禊祓をやらせた。経験値をあげるためである。
「サクヤ殿、大事ないか?」
「右近様、白銀童子、霊徳童子共に取り逃し面目次第もありません。」
「いやいや、今あれに勝つのは困難だと痛感させられたよ。それに収穫もあった。」
右近が目を向けた先では、少将が白銀童子の左腕を持ってこちらに向かって来ていた。
「なんとかよい報告ができる材料にはなるだろう。」
「あれを都に持ち込むので?傾国級の呪物ですよ。」
「う、やっぱりそう?流石にまずいか…。」
右近は戯けて見せるが、笑える状況ではなかった。
「取り敢えず木箱にでも入れて結界を張り、封印しておきましょう。管理はお任せしますが、呉れ呉れも厳重に。」
「助かる。すぐに手配しよう。」
「予定の作戦は中止でよいでしょうか?」
「そうだね。今更意味がないだろう。体勢を改めて、白銀山制圧軍を編成しよう。」
「了解しました。我等は里に帰還します。」
「長居させて済まなかったな。改めて礼はさせてもらうよ。」
「でしたら、換えの馬が嬉しいです。」
サクヤはニコリと笑って返す。右近は苦笑いするしかなかった。
禊祓が終わったことを確認したサクヤは兵達に告げた。
「一旦龍神の社に戻り解散する。ここの始末は輔殿にお願いする。宮司に報告の後、我等も赤犬の社に帰還する。」
「やっと帰れるか…。」
「雪が降る前に帰れそうだな。馬もあるから、楽でいいな。」
サクヤ達は龍神の社に帰る。その隊列に悲しみも喜びもなかった。




