【閑話】猿丸の夢
おはようございます
サクヤ様を巡る戦いが面白いことになってきた。
今日の手合せで小平太殿が一歩抜け出したか…。
もっとも、肝心のサクヤ様に関心がないのだから、いくら争ったところで何もならないのが悲しいところだ。
実際、この3人ではサクヤ様に相応しい者などいないだろう。
私が出会った当初から、サクヤ様は変わった方ではあった。
初めて会ったのはサクヤ様が隠密寮で猿也さんの指導を受けていたときのことだ。
その頃から小太刀の腕前はかなりのものだった。猿也さんも小太刀に関しては教えることがなくなったと言っていた。
初対面は潜入訓練として丹の国の代官所に入り込んで、情報収集するといったものだった。
猿也さんも無茶をさせるものだと思ったが、身のこなしがいいサクヤ様は、建物の侵入など簡単にやってのける。
気配を消したり、警備の者を昏倒させるなど朝飯前だ。
情報収集を終えると情報の精査を行うが、地頭がいいのだろう。猿也さんの言ったことをスルスルと吸収して自分のものにしていった。
「多くの者は隠密寮の仕事に抵抗を感じるのですが、サクヤ殿は特に抵抗がないようですね。」
「抵抗感ですか?お役目である以上必要なことでしょうから。指示された通りにやるだけです。」
私はこの返答に危うさを感じました。隠密寮向きではあるものの、命令さえされれば罪の意識もなく何でもやってしまう。人として心の壊れている人なのかと思ってしまったのです。
しかし、サクヤ様は違いました。
「私はまだ、ことの善し悪しの判断すらつけれないのです。まだまだ、学ぶべき事が多くて。私が良かれと思って動いたことが、結果として最悪の事態を招くこともある。猿也殿がそう仰ってましたし、まだ判断をしていい段階ではないです。」
命令さえされれば動く者ではなかった。まだ、判断がつけれないだけだと言ったサクヤ様に感心したものです。
これ以降、頻繁にお役目を御一緒することになりましたが、すぐに教える事がなくなるほどサクヤ様の吸収力は凄まじかったです。
あれはお役目を御一緒するようになって二月目だったでしょうか。
瑞国内のある代官所への侵入調査を行うことになった時のことです。
その代官は先日亡くなった国守篁就満の息のかかった者だったのですが、調査の結果年貢や使役を免除する代わりに、不当に金銭を受け取っていることがわかりました。
本来、役人の不正など我々が関知するところではありません。
しかし、日頃御神域の中で過ごすサクヤ様は、邪な心に触れる機会が少ないせいか、持ち前の正義感からか、この代官の所業が許し難かったようです。
「あのような害悪にしかならない者を放置してよいのですか?」
「しかし、国の政に関わることですから、我々は預かり知らぬことです。精々脅しの材料として交渉に用いるくらいかと…。」
「私が独自に調べたところ、多くの商人から賂を受け取り、不正に便宜を図ったり、発覚しかけた罪を部下になすり付けたりと、人の道から逸れた行いばかりしているようです。社の神楽を呼ぼうとした町衆に圧力をかけたという話もあるようです。」
「…よく調べましたねぇ。で、どうされるおつもりで?」
「少しお灸を据えようと思います。」
「灸ですか?」
「少しだけです。」
そう言って微笑んだサクヤ様の目は全く笑っていませんでした。その顔に思わずゾクッときてしまいました。
数日後、代官所に忍び込んだサクヤ様は、代官の寝所に入り小太刀を喉元に突きつけた。
「起きろ。」
「な、何者だ!」
「死にたいの?大きな声は出さないで。」
「女…、なんのつもりだ。」
「貴方の悪事は掴んだ。証拠もある。白日の下に晒してもいいけど、これまでの蓄えを全て使って民に施しをするなら目を瞑ってあげる。」
「そのようなことができるか!」
「だったら全てを公開するだけよ。」
「…わかった。」
「じゃあ、3日以内に実行して。できなかった場合は相応の覚悟をしてもらうから。」
「3日以内だな。承知した。」
「実行すると思ってる?」
「いえ、しないでしょう。奴は証拠を開示されたところで、自分を裁く者などいないと高を括っているのです。恐らく、国守にもそれなりに掴ませているのでしょう。不正を隠蔽しようとすることすらしてませんでしたし。
ただ、私の忠告を無視した報いは受けて貰うけど…。」
結局3日過ぎても何も実行されませんでした。それを分かりきっていたかのように、サクヤ様は周到に手を打っていたようです。
「代官が国府の兵に捕縛されたようです。いったい何をしたのですか?」
「証拠を開示すると共に、国守の正室に横恋慕して国守を呪詛したという噂を流しました。それと合わせて、代官の妻には部下を騙して、その妻を孕ませたと知らせました。こちらは事実です。非常に嫉妬深い代官の妻にはさっきの噂についても知らせています。」
「…それで国府の兵が?」
「はい。代官の妻は国府に代官の不正を知らせました。妻の訴えなら間違いないということですし、自身の妻に横恋慕したあげく呪詛したとなれば国守も庇い立てする理由がありません。」
私はあっけにとられましたが、すぐに楽しくなってしまいました。
「くくく…、はははは!いやっ!実に痛快です。猿也殿の言っていたことは確かでした。貴方には隠密はなるべきではない。もっと日の当たる場所を堂々と歩くべき方だと。」
「…向いていませんか?」
「いえ、技術的な話ではありません。貴方の持って生まれた定めなのでしょう。」
この時サクヤ様は不思議なものでも見るように私を見ていました。
実はこの出来事以前にサクヤ様に非常に興味を惹かれた私は、サクヤ様について調べずにおれない衝動にかられました。
サクヤ様の父親は小六との噂でしたが、これは恐らく違うだろうと考えました。
小六が父親だとしたら、御力が理屈にあいません。コノハ殿もその両親にもサクヤ様のような御力があったという話を聞かないのです。
ただ、ひとつだけ気になることが判りました。サクヤ様の高祖母は日輪大社の出身だったという話があったのです。
この高祖母が赤犬の里に流れてきた理由ははっきりしませんが、ちょうど遷都が行われ、日輪大社から日輪神宮が分祀された時期と重なるようなのです。
サクヤ様が日輪大社の宮司一族の血を引く者であれば、あの異様な程の御力と力量は説得力を持つと思うのです。
そして、サクヤ様の父親。これが判明すれば、よりはっきりするでしょう。サクヤ様がサクヤ様たる所以が…。
この日以降、私はサクヤ様を「サクヤ様」と呼ぶようになりました。
「だから、様付けはやめてください。」
「いえいえ、あの行いはまさに女帝と呼ぶに相応しい。サクヤ様と呼ばないのは不敬にあたります。」
「もう!戯れが過ぎます!」
ついふざけて言ってしまいますが、内心は本気です。なんの確信もありませんが、私は信じているのです。サクヤ様は帝の一族に連なる者の血を引いていると…。
そして、何よりも神様に愛されている。このような人を女帝と呼ばずして何と呼ぶのか!
ですので、私はサクヤ様と呼び続け、一生付いて行くつもりです。
幸いにも鬼防寮の一員として選んでいただけました。よその社の者も紛れ込んでいますが、寮の人間のうちの3人が「サクヤ様」と呼んでいるのです。
いつか、誰もがサクヤ様をサクヤ様と呼ぶ日を夢見て、私はサクヤ様にお使え続けていきます。




