521.弟には適性があるとカガネは言う。明日の仕事が心配な弟。弟の部署の新人が弟の職場環境を変えている?地元民の弟を攻略するためか?
支援団体が弟の職場に潜ませた手先。
まだ二人しかいない、と、希望を見出すか。
既に二人もいる、と現実を直視した方がいいか。
「兄ちゃん、今日は泊まりの予定?」
と弟。
弟が俺の予定を聞いてきたのは、初めてだ。
弟は俺と話したがっているのか?
お父さんお母さんとは出来ないが、兄弟でなら話したいという話題なら、俺にもある。
俺と弟は、お父さんお母さんの子どもで、弟からすれば、俺は兄。
今はすげなく断る場面ではない。
「いつ帰るかは決めずに来ている。」
日帰りの予定だったが、期限をぼかして答える。
「兄ちゃん、明日、仕事は?」
と弟。
弟に、仕事について聞かれるとは考えていなかった。
俺とお父さんお母さんが話す以上に、弟とお父さんお母さんが話す以上に、俺と弟で話したことはない。
俺と弟は、互いによく知らないまま、大きくなった。
俺から弟へ、俺自身について話すことも、弟について聞くこともなく。
逆もまたしかり。
俺は、佐竹ハヤト以上に弟について知ろうとしてこなかった。
大人になるまで互いに互いを知らずにいたことが、俺と弟には丁度良かったのではないか。
「今日と明日は、仕事をしなくても問題ない。」
お父さんお母さんが頼りにならないことは元から分かっていたが。
お父さんお母さんが頼りになるならない、どころではないと分かったからには。
俺と弟は、互いについて知っておく方がいい。
お互いのために。
「兄ちゃんがしているのは何の仕事?」
と弟。
聞かれても、答えられないことはある。
この状況下では、なおさら。
「やっていることは自営業。
休めるように調整してから帰省している。
仕事に穴を開ける心配はいらない。」
仕事内容を話さない俺を見て、カガネを見てから、弟は俺に視線を戻した。
「俺、明日、仕事あるんだよね。市役所勤務だから。」
と弟。
「他所の市ではなく、ここの市の市役所か?」
「うん。今日中に洗面所から出ないと、明日は仕事に行けないよね?」
と弟。
「明日、仕事に行けないことが一番の懸念材料か?」
「お父さんお母さんのことで家の中が大変だったときだって、俺は仕事を休まなかったよ。」
と弟。
「明日より、今日の心配をしないのか?」
明日も生きているに違いないと思うほどに、死が迫っているという実感はわかないものなのか?
「俺はまだ死んでいないからね。」
と弟。
銃撃された直後、弟は怖がっていた。
怖がる原因が取り除かれていなくとも、続く日常への心配が先にたつ、か。
「生きるか死ぬかの瀬戸際でも投げやりにならず、明日は仕事だと言える落ち着き。
弟さんには適性があるわよ。」
とカガネ。
カガネは、ウキウキと俺の弟を認めている。
カガネらしいといえば、カガネらしい反応だ。
正義が勝たないデスゲームの中でのカガネは、サバイバルゲームで一緒にいたキノのこともカガネの価値観の中で認めていた。
キノに辛口な表現を使うことはあっても。
キノ自身の有り様を悪しざまに言うことはなかった。
一度は離れたキノが、再びカガネの元に戻り、カガネと行動を共にしたのも。
カガネがキノを馬鹿にしていないことをキノが分かっていたからかもしれない。
「俺にあるのは、何の適性ですか?」
と弟。
カガネは、よくぞ聞いた、と言わんばかりに朗らかに答えた。
「デスゲームを生きてクリアする適性です。」
とカガネ。
弟は黙った。
弟の期待した適性ではなかったのかもしれない。
「俺にあった方がいい適性ですか?」
と弟。
弟の口調からは、そんなものあっても役に立つのかな?という気持ちが漏れている。
「デスゲームでは、ヤケを起こしたり、無理を通せばすぐに死ぬ。
デスゲーム適性はないよりある方が、今はいいと思う。」
デスゲームに参加しているという意識が弟に希薄なのは。
死を目の当たりにしていないからか?
会場が自宅で緊張が続かないせいか?
同じ部屋に俺達がいて、一人ではないからか?
「職業柄身についたのかな。
後始末を自分でしないといけないと分かっていれば、大事なときほどヤケは起こせないよ。」
と弟。
「無理を通さないのも、職業柄か?」
職業柄についてが兄弟間の話題になるくらいに、俺と弟は大人になった。
「兄ちゃん。無理を通すのを一度でも許すと、ずっと無理をさせられるんだよ。」
と弟。
「弟さんは、無理を通すことを強要されたご経験が?」
とカガネ。
心配そうにしているカガネ。
「同じ職場の後輩だからと尾長さんに注意した先輩は、尾長さんへのハラスメント認定で減給処分になりました。」
と弟。
「その先輩は、それから、どうされていますか?」
とカガネ。
「転職しました。面倒見のいい先輩だったのに。」
と弟。
傍若無人な振る舞いをする新人に迷惑をかけられている後輩を見かね、新人に仕事を教えていた弟の代わりに注意した先輩が職場を去ったことを弟は惜しみ、悔しがっている。
当事者の弟には、職場全体にまで考えが及ばないのかもしれない。
弟に迷惑をかけた新人を叱責した弟より上の人がいなくなった事象だけに気を取られている。
職場に対する不満や怒り、諦めで整理しては、目が曇る。
新人である尾長さんは、最初から、アンタッチャブルな人物として職場に迎え入れられたように俺は感じている。
「ユキミの勤務先である市役所は。
仕事をせずに、争いの引き金を自らひくような新人を採用しなくてはならないほど人手不足なのか?」
「人手不足だけど、尾長さんが入ってくる前の方が職場の雰囲気は良かった。
仕事をしない人が増えた分、一人当たりの仕事が増えたから、尾長さんが入ったことで良かったと思うことは一つもないよ。」
と弟。
「ユキミが仕事を教える期間に、尾長さん関係で問題は他にも起きたか?」
「先輩の減給処分が発表されたときに、尾長さんに仕事を教える人も俺から別の人に変わったんだ。
先輩の減給処分以来、尾長さんと俺の間にトラブルは起きていない。」
と弟。
「先輩が尾長さんに注意して処分が下った件について、市役所内では周知されましたか?」
とカガネ。
質問の仕方からして、俺と同じ懸念をカガネも抱いている。
「はい。知らない人はいなかったと思います。
俺の後に尾長さんの指導を任された人の休職や退職が続いて、人手不足が深刻になり、尾長さんの対応は上司の田浦さんが一手に引き受けることになりました。」
と弟。
上司と後輩に人を配置したのは、弟の動向を監視しやすいからか?
弟の同期は既に取り込まれていたりするのか?
上司と後輩の二人が印象に残るが。
弟の職場に送り込まれたのが二人だけとは、とうてい思えない。
同じ部署や他部署にも、送り込まれてきたり、手懐けられた人物がいるのではないか?
警察のように。
実家に帰省するまでの間に、支援団体の息がかかった人物が警察からいなくなったとは聞いていない。
警察には、今もまだ、複数の部署に支援団体の協力者が潜んでいる。
正義が勝たないデスゲームから脱出したラキちゃんの先輩如月ハコさんを、警察内部に潜む支援団体の協力者にあたらせるという計画は、適任とされた本人が拒否したことによりなくなった。
採用や配属といった、堂々と人を送り込む機会がある中。
一人や二人送り込むだけで、支援団体が満足するか?
警察を内側から崩すことに成功している支援団体が、同じ戦法を市役所に仕掛けない理由はあるか?
佐竹ハヤトの友達である俺の弟は、地元の小中高を卒業後、実家から通える大学に進学。
実家住まいの市役所の職員になった弟の生活圏は、学生でなくなってからも地元で完結している。
昔馴染ではない人が当たり前の顔をしながら、弟に近付く機会を作るとすれば。
就職先の市役所で、が最適解、か。
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