11日目
国司陣の泊まっている正覚寺で一泊し桜尾の城に行くと、毛利家の評定が行われるというので、せっかくだからと国司と世鬼の間に座って、評定を見ることになった左衛門であった。
毛利元就は前に座った豪族たちを順番に一人ずつ戦果に対する褒め言葉を掛け、家臣たちには途中の行動に対する小言をそれに付け加えて、一人ひとりに細かく指図を与えている。
「二宮、伊藤は先に三本松に行って防衛に加担、少なくとも数ヶ月は兵糧を使わせるつもりじゃから、追い返す程度の援護で良いぞ、本隊は明日は岩国まで攻めてみようと思う、明日の陣取りは昼までには詰めるので、この後で残った者で相談する」
桂元澄が質問した。
「この度落としたここ桜尾城は如何いたしますか?」
「ここは其方が押さえておくが良い、それと、少々仕込みをしようと思うので、元澄も後でのこるのじゃ」
「ははっ」
そのうち左衛門の前に座った平賀広相に対しても書状を奪った件に対しての褒め言葉と、褒章として領内の役目の昇級が出ると、平賀は額に畳の跡が付くのではないかと思うほどに平伏し、最大限の感謝の言葉を述べた。
「引き続き平賀は石見方面の計略にあたれ」
「ははっ」
見ていた世鬼が耳打ちしてくれた。
「平賀殿は以前下手を打ったことがあって、今回ので名誉挽回なのです。我々世鬼には貸し一つということになりますね」
世鬼の説明を聞いていると、元就が国司に声を掛けた。
「元相、朝廷は如何であった?」
「お上様にあらせられましては、大内からの援助が途切れ、困窮逼迫でございました。三好殿は大内程には資金援助はしておらず、とやかく官位のおねだりをされていた義隆殿も、いなくなって初めて大変お役に立っていたとおわかりになられた模様でございました。」
「そうじゃのう、義隆殿はしっかりとやるべきことはやっていたからのう、義長の代になってからは大友の助けがなければ自分のこともままならぬ状況じゃ、流石に朝廷への御用だてなどもうできんじゃろう、あの晴賢のことじゃ、無駄な金など一切出さんとか言いそうじゃ」
「それと、三好勢が東播磨の辺りまで勢力を伸ばしております。」
「赤松と浦上は三好にくっ付いたか?」
「赤松は浦上にほぼ乗っ取られております、浦上の下の別所が三好方に降っておりますので、まだ浦上も三好とは手を取っておりませぬ」
「備前は如何じゃった?」
「浦上政宗が尼子方についたのは確実でございます、このところ西播磨に勢力を伸ばそうと目論んでおります。尼子の使いが室山城に来ており、尼子に恨みのある家中の半数がこれに反対をしている模様でございます。
「浦上の弟はどうだ?尼子との同盟に反対しておるか?」
「浦上宗景でございますね、反対しております。備中の三村に援軍を打診しておりました。兄に対抗して家中を割っている張本人でございます。」
「それでは、当家からも三村を支援して宗景に独立させようではないか、当面は庄元祐に援軍を出して、毛利の名代とし、副将にそなたと世鬼が付いて浦上宗景の援軍をしておるが良い。」
「「ははっ」」
世鬼と国司が平伏していると、元就が左衛門に話しかけてきた
「で、其方は世鬼の連れか?それとも国司の連れか?」
「それがしは星野左衛門と申します。摂津高山の乱波衆で、国司殿と縁があり、世鬼様から此度はお役目を頂きました」
「それでは世鬼衆の調略に参加した外様の援軍のお一方であるな?此度は誠に良い活躍であったと聞いておる、して、其方は此度の戦をどのように見ておるじゃろうか?外様から見た意見を聞かせてはくれんじゃろうか?」
「はっ、殿は陶晴賢を討ち取るおつもりでしょうが、岩国や三本松のようなしっかりとした城での攻防では難しいと思われます」
「そうじゃな、網を張るのは基本じゃな」
「魚を網で取ろうとしても、網から逃げれば取れませぬ」
「では、どうするのじゃ?」
「魚を溜池に追い込んで、出口入口を塞げば逃げられませぬ」
「そうじゃな、では晴賢という魚はどこの溜池にどうやって追い込むのじゃ?」
「魚は水に住み、人は丘に住みます。厳島に追い込んで、船を追い払えば良いでございましょう」
「其方もこの軍議の後に残って相談じゃ」
「ははっ」
小早川隆景が質問した。
「では、水軍は如何いたしましょう?」
「隆景、児玉就方、飯田義武と共に川の内警固衆をまとめ,決戦までに出来る限りの用意せよ、村上殿にもしっかり根回しするのじゃ、そなたは後で残ってこの件の相談じゃ」
「ははっ」
しばらく諸将との対話が進み、大広間の全員と一度話し合うと、昼食が運ばれてきた。
元就は食事を終えると、小姓にお酒の盆をもたせ、諸将を1人ずつ呼び出し、酒を飲むかと聞き、飲むと答えたものには徳利を自らもって小姓に盃を渡させ、一杯ずつ酒を注いで飲ませてもう一杯注いでは次の将を呼んで、と繰り返し、世鬼と国司を呼んだ次に、左衛門の名前を間違えずに呼んだので、前に行って一杯を持って戻ってきた。
世鬼が教えてくれた。
「まだ飲んでは行けんぞ、お開きの時に全員一緒に飲むのだ。」
教えられた通りに乾杯をして解散になり、数人を残して全員がいなくなると、元就が地図と将棋の駒の形をした木目の駒を板の間に広げた。
小早川隆景と吉川元春、毛利隆元、福原貞俊、桂元澄、国司元相と、毛利の重鎮がそれぞれ自分の受け持つ範囲内の駒の配置を進めていく。
大きめの駒を持った福原貞俊が、三本松城と書いてあるその長門側へそれをおろしながら、説明した。
「晴賢は今こちらにおりまする」
元就が盤面を見ていると、突如嬉しそうに話し始めた。
「なるほど、溜池に追い込めとは良く言ったものじゃ、誠に分かり易い、では、星野殿、ここにいる大きな魚をどうやって追い込めば良いじゃろうか?」
実はあまり詳しく考えてもなく、適当なことを言っただけの左衛門、心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほどに高鳴り始め、なんとか切り抜けるために、更に適当な事を言い始めるのだった。
「魚は餌に食いつきます、ここに餌があるとまずは思わせます」
すると、小早川隆景が言葉を継いだ
「宮尾城ですか、確かにあれはただの山で、大した縄張りもされておりませんな、あんな島より仁保城の方が余程食べ応えがありそうですな。どうせならここを攻めたくなくさせ、仁保城に攻めたくなりそうなモノを入れておきましょう、さすれば、厳島を拠点にして仁保城を落とそうと思うでしょう」
「では、ここ桜尾城は、どのようにすれば手を出さなくなると思うのじゃ?」
桂元澄が返答した。
「赤壁では黄蓋が苦肉の策を取りましたが、ここはそれがしが内応するというのは如何でしょうか?」
「では、厳島に晴賢が進むとして、大内勢は誰が桜尾方面に向かうじゃろうか?」
吉川元春が即答した
「江良房栄ですな、岩国に備前から連れ戻った水軍を集めて城代をやっております。」
「では、仁保城に500、宮尾城に500程の手勢を置き、我が軍が動く直前に江良房栄を調略するのじゃ。まずその前に小手調べじゃ、明日にでも岩国に一度行ってくるとしよう」
「ははっ」
「周防方面は以上じゃな、星野殿にはこのまま当軍の参謀として乱波衆に加わってほしいが、いかがじゃろうか?」
「いえ、ありがたいお言葉ではございますが、それがしは所用がございまして、西へ向かっております」
「では、褒美を別に用意いたそう、明日の岩国攻めにはご一緒されよ」
軍議が終わり、お土産を持って正覚寺に戻るころには、日が沈みかけていたのであった。




