第90章:論理の崩壊と、観測者への呪詛
アレンは安酒の瓶を握りしめ、机に突っ伏していた。
先ほどまでの冷徹な演算者、物理法則をデバッグする神の如き姿はどこにもない。ただの、感情を制御できなくなった一人の男がそこにいた。
床には溢れた酒と、彼が流す涙が混ざり合い、黒ずんだ染みを作っている。
「どうしてだ……どうして……!」
しゃくり上げるたび、肩が大きく震える。
「……あいつら、ずっと見てやがったんだ。俺が、あんなに必死に……ロジックを組んで、最適解を導き出して……! なのに、観客がいたんだ……見せ場だったのに!」
「ううぅわぁ〜ん」と子供のように声を上げて泣きじゃくる。その姿はあまりに痛々しい。
「ロールプレイすらできなかった……! 俺はただ、バグを修正して、この歪な世界をリセットしただけで終わったんだ……ッ!」
安酒の悪酔い、孤独感、そして「観客」という不特定多数の視線に晒されなかった(期待された輝きを魅せられなかった)屈辱が、彼の精神を蝕む。
「台本どころか、俺の動線すら理解されてねぇ。一世一代の晴れ舞台なのに……っ!」
彼は床に伏せたまま、誰に届く当てもない言葉を呟き続ける。
――その脳裏で、先ほどの戦いのアップデートが再生される。
デバイスに高負荷エラーが走る。ターゲット捕捉。奴の即死パッチを優雅にスルーし、カーネルが限界を超えてシステムエラーを起こす。
『キルコマンド』――滑らかにドローされたマテリアライズの一撃。
悲鳴を上げるログすらない。完全にシャットダウン。
まだ熱の残る死体を、アイテムボックスのインベントリへと丸ごと一瞬で全スタックした。
「……完璧な台本だったはずだろ」
理路整然と構築されたはずの彼の世界は、今やただの散らかった作業場と、零れ落ちる涙の海に沈んでいた。




