第89章:凍結の牙城と、物理法則の終焉
アレンが両手を突き出すと、数十メートル間隔で幾何学模様の魔法陣が連鎖的に展開された。
高度に制御された空間魔法の陣列――それは、対象を反対側の側面へと反転・加速させる、前代未聞の「空間レールガン」である。
砲弾となるのは、強固なアダマンチウム合金にアルミナコーティングを施した、耐酸化と強度を極限まで高めた化け物じみた一撃だ。
アレンは隠蔽していた魔素のロックを解除し、自らを無限機関へと変貌させる。
ゴガァァァァァァ……ッ!!
地鳴りのような咆哮を切り裂き、レールガンが火を吹く。
――ッダァンッ! ダダァンッ! ダダァンッ!!――
音速を突破する破砕音が連鎖し、地を揺らす重低音と耳を突き刺すソニックブームが戦場を蹂躙する。
轟音の奔流を纏った弾丸が黒曜龍の懐へと突き刺さったが、およそ半数はその強固すぎる鱗に弾かれた。
「……流石に硬いな」
アレンは魔素を容器に見立て、大気を強引に圧縮する。
――押し込み、押し込み、押し込み、押し込み。
臨界点を超えた魔素筒の中で空気が相転移し、マイナス200℃の液体窒素が生成される。
アレンは助走をつけて跳び上がると、その超低温の液塊を黒曜龍の鱗へと一気に放出した。
瞬時に白く霜が広がり、黒曜の鱗が凍てつく。脆くなった防御を見逃さず、アレンは間髪入れずレールガンをぶっ放した。
――ズドォォンッ!!
「ぐがぁぁぁぁぁッ!!」
堪らず唸りを上げた黒龍の鉤爪が、空を裂いてアレンを襲う。
だが、紙一重で躱しざまにクナイを投擲。弾き飛ばされた龍の爪が、遠く山麓の街の外れへと墜落し、大地を抉った。
「ハァ……ハァ……っはぁ、お前……硬すぎんだよ」
アレンは肩で息をしながらも、その瞳から冷徹な光を失わない。
「俺にIT言語すら唱える暇も与えねぇなんて、あり得ねぇだろ。……なら、一旦死ね」
アレンは残る全魔素を練り上げ、コンパイルを開始する。
黒龍を巨大な魔力の膜で覆い尽くすと、物理的に空間を隔離し、内部の空気を高圧の液体窒素へと強制的に置換した。
完全なる真空の隔離空間と、絶対零度の冷気。
「生物なら死ぬんじゃないか? ……必須ライブラリを欠いたこの空間じゃ窒素100%だ。、人間なら吸った瞬間に一呼吸で死ぬんだけどな」
アレンの言葉通り、龍の咆哮は急速に弱まり、戦場には冷たい静寂が降り積もり始めていた。
「はぁ~……最初からこうすれば良かったかな。……ん?」
アレンがふと周囲の空間に違和感を覚えたのは、その直後だった。
先ほどまでの死闘を嘲笑うかのように、山脈の彼方や雲の合間から、何千、何万という「視線」が降り注いでいることに気づく。
「……観客満員御礼じゃないか。くっそ……!」
アレンは忌々しげに顔を歪める。彼の冷徹な物理デバッグは、何者かによって「エンターテイメント」へと書き換えられていた。
「俺のロールプレイを、勝手にハックしやがって……!」
龍の断末魔をBGMに、アレンは空を見上げて悪態をつく。彼が最も嫌う「台本通りではない展開」が、この凄惨な決戦の舞台で幕を開けようとしていた。




