106話:二人の距離と夜明けの街道〜樹海脱出編〜
翌朝、ミルフィは起き上がらなかった。そっと額に触れると、じわりと強い熱が手に伝わってくる。
(……熱があるな。この状態じゃ移動は無理だ。3日ほど、ここで滞在して様子を見る必要があるか)
二週間に及ぶ慣れない野営の疲労と連日の緊張、そして先日の大雨。いくら手厚くサポートしていたとはいえ、箱入り貴族の令嬢である彼女の体が限界を迎えたのだろう。ミルフィはうわ言のように小さく吐息を漏らし、熱にうなされている。
アレンはすぐさま手際よく薬湯の準備に取りかかった。
現地で採集しておいた葛根を主成分に、生姜と甘草を細かく刻んで小鍋に放り込む。水を入れて火にかけ、じっくりと成分を抽出していく。独特の強い薬草臭が漂い始めたところで、アレンはほんの少量の砂糖を加えた。
(本物の薬草そのままじゃ苦くて飲みづらいだろうからな。少しは喉を通りやすくなったはずだ)
ほんのりと甘い湯気が立ち上る薬湯を木製のカップに注ぎ、アレンは横たわるミルフィの傍らへ腰を下ろした。そっと彼女の身体を起こし、自分の胸元に頭を預けさせる。
「ミルフィ、分かるか? 薬湯を煎じた。少し甘くしてあるから、ゆっくり呑み込みな」
「ん……ぁ……アレン……?」
熱に浮かされたぼんやりとした瞳で、ミルフィが弱々しく見上げてくる。
アレンは木製のスプーンで少しずつ、彼女の唇へと薬湯を運んだ。葛根と生姜の温かみが身体を温め、甘草と砂糖のやさしい甘みが口内に広がる。喉を鳴らして慎重に呑み込むのを確認しながら、焦らず少量ずつ流し込んでいった。
「……ごめん、なさい……私……足手まとしに……」
小さく震える声で謝罪を口にするミルフィの額の汗を、アレンは乾いた布でそっと拭う。
「馬鹿を言え。病人に余計な気を使わせるために薬を煎じたわけじゃない。体調が戻るまで、ここで三日は休むぞ。俺がずっとついているから、余計なことは考えずに眠れ」
アレンの落ち着いた声と、胸元から伝わる安定した鼓動、そして身体の芯を温める薬湯のおかげで、ミルフィの強張っていた表情が和らいでいく。
「……うん……ありがとう、アレン……」
アレンの腕の中にすっかり身を委ね、ミルフィは再び深い眠りへと落ちていった。
すーすーと規則正しい寝息を立て始めた彼女をそっと横たえ、毛布を掛け直すと、アレンは洞窟の入口へと視線を向けた。3日間の滞在に必要な薪と食料の蓄えを計算しながら、静かに思考を巡らせるのだった。
ミルフィの小さく規則正しい寝息を聞きながら、アレンはそっと手を離し、毛布を肩まで掛け直した。
熱にうなされる彼女を介抱しながら、アレンの脳裏には「回復系魔法」という存在に対する客観的な思考が巡っていた。
世一般で尊ばれる治癒魔法や回復術。だが、あれらの本質とは一体何なのだろうか。
アレンの分析によれば、いわゆる回復魔法には大まかにいくつかの系統が存在する。
ひとつは「細胞分裂・自然治癒加速型」。
魔力を生体エネルギーへと変換し、本来なら数週間かかる細胞の増殖と修復を一瞬で強制的に行わせるものだ。だが、これには明確な欠点がある。急激な代謝は肉体に莫大なカロリー消費を強いるし、疲労物質そのものを消し去るわけではない。表面の傷が塞がっても、体力の根本的な枯渇までは救えないのだ。
ふたつめは「事象の逆転・時間の巻き戻し型」。
対象の局所的な時間を数分前・数時間前に巻き戻し、「負傷した」という事実そのものをなかったことにする極めて高度な時空干渉。だが、こんな芸当ができる者は歴史上でも数えるほどしか存在しない。
みっつめは「神聖不可侵の神力(奇跡)型」。
施術者の魔力ではなく、信仰する神や精霊の概念的ルールを現世に降臨させ、体を「あるべき正しい姿」へと再構築するものだ。生者の理を強制付与するこの力は、死者であるアンデッドに注ぎ込めばその存在を拒絶・崩壊させる強力な浄化の毒にもなる。
そしてよっつめが「魔力による補テン・義体化型」。
失われた血液や肉体の代わりに高密度の魔力を定着させ、暫定的に体を動かす戦闘特化の手法。
(俺が『治癒魔法は使えない』と言っているのは、要するにこういうことだ)
アレンは自分の手袋を嵌めた手を見つめる。
己の魔力の性質上、概念的な神力(奇跡)を呼び寄せる適性など微塵もない。かといって、無闇に細胞分裂を加速させれば、ただでさえ弱っているミルフィの体力を根こそぎ奪いかねない。
「奇跡」に頼る回復は一見万能に見えて、実は肉体の生理現象や疲労の蓄積という本質を置き去りにしがちだ。魔法で傷を塞いだからと安心し、限界を超えて動き続けた貴族の生徒が自滅する例を、アレンはこれまでに何度となく見てきていた。
(だからこそ、葛根で温め、生姜で発汗を促し、甘草と生姜で胃腸を守りながら熱を下げる……こういう泥臭い生化学的なアプローチの方が、今の彼女の体にはよっぽど確実で優しい)
治癒魔法が使えないからこそ、アレンは肉体の構造と野草の薬効を完璧に把握している。
「……ま、魔法ひとつで全部解決するなら、こんな苦労はしないんだがな」
アレンは自嘲気味に小さく鼻で笑うと、洞窟の入口へ視線を戻した。
3日間、この場所で彼女を完全に休ませる。
そのために必要な薪の量、保存食の配分、そして周辺の魔物の警戒態勢。
アレンは頭の中で瞬時に計算を完了させると、静かに短剣の柄に手を置き、眠る少年のように穏やかな、だが一切の隙のない眼差しで外の雨を見つめ続けた。
◇
二日目の朝、洞窟内に差し込む薄光の中で、アレンは己の腕の中に収まる温もりを見下ろしていた。
熱はすっかり下がり、昨夜まで彼女の肌を濡らしていた嫌な汗も綺麗に収まっている。葛根と生姜を効かせた薬湯が効き、喉や体力のダメージも最小限で済んだようだ。症状としては非常に軽い部類であり、本来ならもう十分に体を起こせる状態だった。
だが、ミルフィは規則正しい寝息のフリを崩さず、ぎゅっとアレンの服の胸元を握りしめたまま動こうとしない。
「……おい、起きているんだろう?」
アレンが素の口調で淡々と声をかけると、腕の中の身体がびくっと小さく跳ねた。
それでもミルフィは頑なに目を開けようとせず、より一層愛おしそうに顔をアレンの胸元へと埋めてくる。長引く熱でうなされているフリを決め込むつもりのようだ。
(仮病を使ってまで、ここを離れたがらないわけか……)
アレンは呆れ半分、諦め半分の溜息を小さく漏らした。
この二週間、厳しい自然と魔物の脅威から自分を完璧に守り抜き、素顔を見せて甘えさせてくれたアレンとの時間。演習場や学校に戻れば、再び「身分の高い伯爵令嬢」と「冴えない平民の生徒」という壁が立ちはだかり、この特別な関係が終わってしまうことを彼女なりに恐れているのだろう。
「熱は引いているし、汗も収まった。身体の反応を見る限り、重症じゃないのは丸わかりだぞ」
アレンの手がそっとミルフィの頭に置かれ、優しく髪を撫でる。
「……あう」
誤魔化しきれないと悟ったミルフィは、熟したトウガラシのように真っ赤になった顔をそっと上げ、上目遣いにアレンを見つめた。その瞳には、熱のせいではない甘い熱量がたっぷりと籠もっている。
「……だって……起きたら、また『学校のアレン』に戻っちゃうじゃない……」
消え入りそうな声で溢された本音に、アレンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
アレンはミルフィの髪を軽く撫でながら、意識を研ぎ澄ませて『鑑定』の力を発動した。
目の前の視界に、広大な森の全体図と現在地を示す詳細な情報が浮かび上がる。
(……なるほど、現在地は森のほぼ中央か)
流された当初はどこまで飛ばされたかと思われたが、この洞窟周辺は森の広大な樹海の中でも、一時的に木々が拓けた唯一の開けた場所であることが分かった。周囲の見通しが良く、天候や方角を把握するには絶好のポイントだ。
そして、そのマップ情報をさらに北へと辿っていく。
(ここから北へ直進すれば……神聖王国の首都方面へ抜けるな)
演習場の境界線を越えて西へ戻るだけでなく、北へ進むという明確な退路も『鑑定』によって証明された。万が一、捜索隊と巡り合えず森を突破しなければならなくなったとしても、目指すべき指標ははっきりと定まった。
「アレン……? どうかしたの?」
胸元で赤い顔をしたまま、不思議そうに自分を見上げてくるミルフィ。
アレンはマップの情報を頭の中にしっかりと記録すると、ふっと口元を緩めて視線を彼女へと戻した。
「いや、これから進むべき道の確認だよ。……焦って移動する必要はないが、ここから北へ進めば首都方面へ戻れることも分かった。だから安心しな」
「首都……? アレン、そんなことまで分かるの……?」
「まあね。だから、仮病を使ってここに甘えるのも今日くらいにしておけよ? 体調が戻ったら、また少しずつ歩いていくんだからな」
「……もう、アレンったら……意地悪……」
ミルフィは照れ隠しにアレンの胸元に顔をうずめ直し、安心感に満ちた小さな息を吐き出した。
アレンとミルフィは再び歩を進め、しだいに樹木の間隔が広がる不思議なエリアへと足を踏み入れた。
緑生す苔と蔦に覆われ、静まり返ったその場所には、崩れかけた巨石の柱や石畳が広範囲にわたって佇んでいた。かつて何らかの文明や信仰が存在したことを物語る、壮大な遺跡の跡地である。
「こんな森の深部に……古代の遺跡かしら……?」
ミルフィが周囲の神秘的な光景に圧倒され、息をのむ。
アレンは立ち止まり、静かに意識を集中させて『鑑定』を発動した。朽ちかけた石柱や刻まれた浮き彫りの特徴、そして魔力の残滓を瞬時に読み取り、脳内の地図データへと記録を刻み込む。
(本来ならじっくり構造や歴史を調査したいところだが……今はミルフィの体調と安全が最優先だ。長居する場所じゃないな)
調査に時間を費やすわけにはいかないが、この奇跡的に遺された空間をただ通り過ぎるのも惜しい。アレンは脳内の『鑑定』システムへ、明確な固有名称とともにその位置情報を登録した。
——【樹海に沈む緑青の聖堂】として記憶。
「アレン……? どうかしたの?」
「いや、なんでもない。ただの崩れた石組みにしては珍しい形だと思ってね。……ここは見通しが良すぎて長居するには危険だ。記憶に留めるだけにして、先へ進もう」
「ええ、そうね」
神秘的な光景に一瞬心を奪われかけたミルフィだったが、アレンの冷静な声に促され、キュッと杖を握り直して再びその背中を追いかけた。
古代の静寂を称える「緑青の聖堂」を背に、二人は静かに北の首都方面を目指して歩みを進めていった。
北上の道のりもついに終わりを告げようとしていた。
木々の隙間から覗く空が開け、明日には鬱蒼とした樹海を完全に抜け出して首都へと続く大街道へ出る。そんな確信が得られた、森の中での最後の夜。
小さく爆ぜる焚き火の明かりが、洞窟の壁面と二人の影を優しく揺らしていた。
アレンは炙った干し肉の残りを口に運びながら、静かに息を吐く。
「明日には森を抜ける。街道に出れば馬車も拾えるし、数日中には首都だ。これで長かった遭難劇もようやく終わりだな」
「ええ……そうね」
ミルフィは膝を抱えたまま、火の粉が舞い上がるのを見つめていた。その声には、命の危機を脱した安堵の色はなく、どこか影が落ちている。
無事に生き延びられたという安心感。
それと同時に胸を締め付けるのは、この森を抜けてしまえば「遭難した二人の生徒」という特別な関係が終わりを迎えるという絶望的なまでの寂しさだった。
首都へ戻れば、彼女はルードヴィヒ伯爵家の令嬢としての日常へ引き戻される。アレンもまた、冴えない一人の生徒として日常へ埋もれていくのだろう。この三週間、自分だけに見せてくれた彼の素顔、頼もしい背中、足を手繰り寄せて揉んでくれた温もり——そのすべてが遠い夢になってしまう。
「……アレン」
「ん? どうした」
アレンが視線を向けると、ミルフィは震える指先で自らの衣服を握りしめ、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には焚き火の光が反射し、大きな涙が溢れそうに溜まっている。
「私……森を抜けるのが、本当は怖いの」
「怖い? 魔物の心配ならもう要らないぞ。このあたりなら——」
「そうじゃないの!」
ミルフィは声を張り上げ、そのままアレンの胸元へと飛び込むように抱きついた。
不意の衝撃にアレンが一瞬息をのむ。腕の中に飛び込んできたミルフィの体は、小さく繊細で、激しく震えていた。
「森を出たら……学校に戻ったら、アレンはまた私から離れていってしまうでしょう? 『伯爵令嬢』と『ただの生徒』に戻ってしまう……それが、耐えられないの……!」
ミルフィはアレンの服に顔をうずめ、溢れ出た涙で生地を濡らしながら、溢れ出す想いを吐き出した。
「私は……この三週間、あなたに生かされていたわ。あなたの声も、落ち着いた指先も、私を守ってくれるその背中も……全部、私にとってなくてはならないものになってしまったの」
「ミルフィ……」
「わかってる……極限状態だったから依存しているだけだって、アレンは笑うかもしれない。でも、違うの。私は……あなたと一緒にいる時の自分が一番好きだった。アレンの隣にいる時間だけが、私の世界のすべてだったの……!」
ミルフィは体を離し、真っ赤になった目でアレンを強く見つめた。そこには、かつて気品に隠されていた等身大の少女の、偽りのない熱情が宿っていた。
「私を……あなたのものにして。学校に戻っても、私を見捨てないで……アレンが好き。心から、あなたを愛しているの……」
焚き火の静かな爆ぜる音だけが、二人の間に響く。
アレンは一瞬だけ驚きに目を細めたが、やがて呆れたような、けれどどこか愛おしそうな小さな溜息を吐いた。
(まったく……『ごっこあそび』の代償にしては、重すぎるものをもらっちまったな)
アレンはそっと手を伸ばすと、ミルフィの肩を掴み、優しく、けれど拒絶の意思を込めてゆっくりと体を引き離した。
「……気持ちは嬉しいが、受けるわけにはいかないな」
「アレン……?」
ミルフィは濡れた瞳を大きく見開き、絶望に似た色を浮かべた。アレンの口調はいつもの落ち着いたものだったが、そこには揺らぎのない一線が引かれていた。
「君が言った通りだ。極限状態のサバイバルの中で命を助け合えば、誰だって相手に強い執着や依存を抱く。いわゆる吊り橋効果ってやつさ。今の君の感情は、本当の愛なんかじゃない」
「違う……! 違うわ、私は本気で——」
「本気だとしてもだ」
アレンはミルフィの言葉を遮り、焚き火の薪を枝で突きながら冷ややかに視線を落とした。
「俺と君じゃ身分が違いすぎる。伯爵令嬢の君が、しがない平民の生徒と懇意になんてなってみろ。君の父親も黙っちゃいないし、学園での君の立場も壊れる。俺だって余計な貴族の派閥争いや厄介事に巻き込まれるのは御免だからね」
「そんな……身分なんて、どうだっていい……!」
「君がよくても、周りが許さないんだよ。それに——」
アレンはそこで言葉を切り、静かにミルフィの瞳を見つめ直した。その眼差しは、森の中で魔物を前にした時と同じ、冷徹なまでに冷静なものだった。
「俺は、誰かの『所有物』になる気も、誰かを抱え込んで生きる気もない。俺は自由気ままに生きたいだけなんだ。君の重すぎる感情を受け止めてやるほどの甲斐性は、生憎と持ち合わせていないのさ」
はっきりと境界線を引く言葉。
ミルフィは唇を噛み締め、涙をボロボロとこぼしながら俯いた。アレンの言っていることが、どこまでも理性的で現実的だからこそ、言い返す言葉が見つからない。
「……冷たいのね、アレンは」
「最初から言ってるだろ。俺は英雄でも騎士でもない、ただのしがない生徒だってね」
アレンは呆れたように肩をすくめると、自分の上着を脱いでミルフィの華奢な肩へと掛けた。
「だが……そうだな。学園に戻ってから、君が『挨拶くらい交わせる知人』として接してくる分には拒まないよ。教官や他の貴族に怪しまれない程度にな」
「アレン……」
「さあ、泣くのはおしまいだ。明日には街道に出て人里に戻る。今夜はしっかり寝て、体力を戻しておきな」
アレンはそれ以上何も言わず、洞窟の壁に背を預けて目を閉じた。
上着から伝わるアレンの温もりと匂いに包まれながら、ミルフィは膝に顔をうずめた。振られたショックと痛みに胸が押し潰されそうになりながらも、完全に拒絶し切るのではなく「知人」としての繋がりを残してくれた彼の優しさに、どうしても嫌いになり切れない自分を感じていた。
静かな火の粉が舞う中、二人はそれぞれの想いを抱えたまま、森での最後の夜を静かに明かしていった。
◇
樹海の北端を突っ切ると、それまで視界を遮っていた鬱蒼とした木々が唐突に途切れ、視界が一気にひらけた。
「あ……」
ミルフィも思わず足を止める。
目の前に広がっていたのは、緑豊かな緩やかな丘陵地帯と、その中央をまっすぐに貫く石畳の大街道だった。踏み固められた土と石の匂い、そして遠くから漂う人の生活の気配。約三週間ぶりに目にする、明らかな「人の領域」だった。
アレンは日よけのために手を額にかざし、遠くを見やる。
「よし、街道に出たな。見えづらいが、あの先を少し進んだところに大きな宿場町があるはずだ」
湿った落葉の踏み心地から、硬く冷たい石畳の感覚へと足元が変わる。二人が街道沿いに進んでしばらくすると、前方から車輪の回転音と馬の蹄の音が聞こえてきた。
「乗合馬車だな。タイミングが良い」
アレンが手を挙げると、御者は二人を見て馬車を徐々に減速させ、路肩へと寄せて停車した。森でのサバイバルで衣服こそ煤けて汚れていたものの、二人の身なりや佇まいから貴族や学院の生徒だと察したのか、御者は怪しむ様子もなく「どこまでだ?」と声をかけてくる。
「次の宿場町まで頼む」
「あいよ、乗りな」
アレンが御者に銀貨を二枚手渡すと、二人は馬車のステップに足をかけ、車内へと乗り込んだ。
ギシギシと車体が揺れ、馬車が滑らかに前進を始める。木々の影から抜け出し、陽光をいっぱいに浴びる街道を馬車は軽快に駆け抜けていった。
流れる景色を眺めていると、人の往来が次第に増え、やがて重厚な石造りの門と赤煉瓦の屋根群が見えてきた。
辿り着いたのは、首都へ続く大街道の主要拠点であり、多くの商人や旅人が行き交う宿場町——ヴェルデン(Verden)であった。




