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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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第87章:株式会社バルツァー・ラボの設立

 押し寄せる貴族たちへの対応を「個人」で行うことは、時間という最も重要なリソースの浪費であると判断した。


 俺は直ちに、貴族から提示された潤沢な資金と、冒険者として蓄えた自己資金を統合し、法的な枠組みを作り上げることにした。


「……『株式会社バルツァー・ラボ』。これが、栄養管理および身体機能最適化を目的とした法人だ」


 俺は執務室で、辺境伯から派遣された書記官に淡々と指示を飛ばした。

 この世界の貴族は「株式会社」という概念を持たない。だが、俺が提供する『調整剤』の独占的価値を人質に取れば、法制度そのものを上書きすることは容易だ。


 俺の戦略はこうだ。

資金の透明化: 貴族からの出資を「投資」という名目の資本金に変換。

責任の限定: 調整剤による効果や副作用の責任は、法人格である『バルツァー・ラボ』に帰属させる。


 ブランドの構築: 俺が直接対応するのではなく、ラボが認定した「管理スタッフ」が食事の摂取状況を監視する。


「アレン様、この……株主への配当、というのはどのような……?」


「配当は利益の分配ではない。ラボが生産する『最新の調整剤』への優先購入権だ。……配当を現金で欲しがるような低能は、そもそも我が社の株主には向かない」


 俺は冷徹に言い放った。

 貴族たちは、その「株主」という権利を得るために、さらに莫大な資金を積み上げる。彼らにとってそれは経済活動ではなく、自身の階級を証明するためのステータスゲームなのだ。


 そして、集まった資金は迷わず「研究開発費」へと充てた。

 城の地下を改修し、錬金釜を増設。魔素の流出を抑制するための魔法障壁を設置。さらには、薬草の栽培効率を最大化するための温室を構築した。


 それは、もはや錬金術師の工房というよりは、高度なバイオ研究所と呼ぶべき場所へと変貌を遂げていた。


 俺はデスクの上のモニター――魔法で出力した結晶盤――に映し出された財務状況を眺める。


 資本金は潤沢。事業は独占。そして何より、クライアントである貴族たちが、俺の策定した「厳しい食事管理プログラム」を喜んで実行している。


「……合理的だ」


 俺は深々と椅子に寄りかかった。

 かつて自分が求めていた『最強の身体』への道は、今や巨大な経済循環を組み込むことで、加速的に構築されようとしている。


 だが、この状況は同時に、俺を「ただの冒険者」から「この世界のシステムを裏から書き換える経営者」へと変貌させていた。


 その時、執務室の扉がノックされる。


 入ってきたのは、かつて俺に難癖をつけてきたあの側近だった。しかし今の彼の態度は、以前とは比較にならないほど卑屈で、そして切実だった。


「アレン社長……。辺境伯閣下が、新たな『共同研究』を希望されているのですが……」


 俺はペンを走らせる手を止め、冷たく言い放つ。


「……申請は後回しだ。今は、ラボの生産効率向上スケールアップが最優先事項だ。……辺境伯と言えど、我が社の優先順位を乱すなら排除する」


 こうして、貴族社会にどっぷりと浸かりながら、誰よりもドライにその富を吸い上げる、前代未聞の冒険者経営者が誕生した。

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