94話:講義室での視線とミシェルの疑惑
学園の講義室。
教師の朗々とした講義の声と、羊皮紙に羽ペンを走らせるカリカリという音が静かに響き渡る室内。
そんな中、アレンは異常なまでのプレッシャーを感じて、額から嫌な冷や汗を滑らせていた。
原因は、すぐ隣の席。
そこから注がれる、あまりにも無遠慮で射抜くような強い視線だ。
あまりの集中力でじっと見つめられ続け、流石のアレンもまともに授業に集中できない。たまらず首だけをそっと隣へと向けた。
「ミ、ミシェルさん……何か俺に話したいことでもあるのかな……?」
困惑混じりに尋ねるアレンだったが、ミシェルは腕を組み、至近距離から一歩も引かずにじーっとアレンの顔を見つめ返してくる。
「……なんか怪しいわ」
ミシェルは猫のように目を細め、静かな、けれど逃がさないという意志を込めた声で呟いた。
「なんで貴方が当然のように授業を受けているのよ。しかも、このAクラスで」
「えっ? いや、それは……ほら、学園に入学したからですけど……」
「それが怪しいって言ってるのよ! そもそも貴方、ローゼお嬢様のお供……ただの執事として付いてきたはずでしょ? なんで生徒として席に座ってるのよ。それに……」
ミシェルは身を乗り出すと、アレンの目をじっと覗き込んだ。
「ローゼお嬢様とも、なんだか妙に親しそうじゃない……。ただの執事と主人には見えないんだけど?」
「いやいや! めっそうもありません! 俺はただの庭師兼執事として、お嬢様のお世話をさせていただいているだけでして――」
汗をダラダラと流しながら必死に弁明しようとするアレン。
しかし、その様子を少し離れた席から冷ややかなジト目で見つめているローゼお嬢様の視線にも気づき、アレンは「うっ」と言葉を詰まらせる。
王城の首脳陣のみならず、同じAクラスのクラスメイトであるミシェルからも、アレンを巡る疑惑の目は着実に深まっていくのだった。
「……よく見てるわね、ミシェル」
隣で青ざめているアレンを余所に、前方の席から振り返ったローゼお嬢様が、呆れたような溜め息を混じえて会話に混ざってきた。
「そうなのよ。こいつ、執事のくせに私に対して平気でタメ口を混ぜてくるの。挙句の果てには私を『お前』呼ばわりしそうになったり、裏で私の扱いを適当にあしらったりする始末よ」
「えぇ……主家に対してタメ口……? それって不敬罪とかでクビレベルなんじゃ……」
ドン引きした様子で目を丸くするミシェルに対し、アレンは「いやいや!」と慌てて手を横に振った。
「違いますよミシェルさん! 俺はいつでも恭しく、心を込めて『お嬢様』とお呼びしております! たまーに、こう……親しみやすさを演出するために言葉遣いがフランクになるだけでして……!」
「……そういうのを世間一般では『タメ口』って言うのよ」
ミシェルは半目でジト目を向け、じっとアレンを観察する。
「やっぱりおかしいわ。ただの執事なら、侯爵家のお嬢様にそんな態度取れるわけないもの。……アレン、貴方本当はどんな身分なの? どこかの国の貴族? それとも……」
「ただの庭師兼執事です(キリッ)」
「嘘つけー!」
講義中にもかかわらず、隣で繰り広げられるひそひそ話(という名の詰問)。
教壇の教師からの「そこの三人、静かにしなさい!」という怒声が飛んでくるまで、アレンは汗だくになりながらミシェルの鋭い追及を交わし続けるハメになるのだった。




