第71章:支払猶予の土下座パッチと、破綻寸前の分散処理
宿の主人の白い目を土下座パッチでやり過ごし、どうにか確保したセーフハウスの自室。俺は安物のエールを喉に流し込みながら、机の上に広げた10枚の依頼書を冷徹にコードレビューし始めた。
アルコールによる脳内プロセスの弛緩を計算に入れつつ、提示されたタスクを一つずつ論理デバッグしていく。
【タスク一覧(仕様書)】
■ Dランク:1枚(初級デバッグ)
【内容】:
街の排水路に繁殖した「スライム・ゼリー」の除去
【詳細】:
繁殖しすぎてインフラを詰まらせている低級モンスターの清掃。
【アレンの脳内評価】:
(呼吸器官を持たないコイツらの生命維持リソースは、大気中のマナだ。ならばアプローチは一つ。一時的にこのエリア全体の魔素を、俺の極小魔素領域に『ハッキング』する。
供給源を遮断されたドロドロのプログラムなぞ、ただの干からびたゴミデータに過ぎない)
■ Cランク:3枚(定常並行処理)
【内容①】:
近郊の森での「薬草・アルカリ草」の高速採取
【内容②】:
街道を塞ぐ「マッド・ゴーレム(土塊)」の解体
【内容③】:
夜間に倉庫街を荒らす「シャドウ・ラット」の駆除
【詳細】:
手間はかかるが低リスクな、いわゆる「日銭稼ぎ」のタスク群。
【アレンの脳内評価】:
(薬草採取のついでに、あのナックルクナイの耐久テストと並行マッピングの練習を回す。マッド・ゴーレムの物理破砕ログも、時空トランクケースのインベントリをフル活用して一瞬で全スタックすれば、何の問題もない定常並行処理だ)
■ Bランク:2枚(中規模負荷タスク)
【内容①】:
凶暴化した「ジャイアント・ボア(変異種)」の討伐
【内容②】:
鉱山跡地に巣食う「アイアン・スパイダー」の群れの間引き
【詳細】:
一般の冒険者がパーティを組んで挑むレベルの物理アセット。
【アレンの脳内評価】:
(ボアの変異種……。つまり、先日ハックして焼いた肉よりもさらに脂が乗っている可能性が極めて高い。
食糧備蓄のアップデートを兼ねて、最優先で処理ルートに組み込むべき美味なオブジェクトだな)
■ Aランク:3枚(高負荷・高危険度プロセスの同時多発)
【内容①】:
迷宮の特定階層に発生した「空間の歪み(魔力の渦)」の調査
【内容②】:
隣国アルカディア国境付近に現れた「古代の呪術アーマー」の破壊
【内容③】:
一晩で村の家畜を全滅させた「毒霧の飛竜」の隠密暗殺
【詳細】:
国家レベルの被害が出かねない、局所的な特異災害。
【アレンの脳内評価】:
(空間の歪みだと? 【空間操作】を弄ぶ俺にとって、空間の歪みなど原稿用紙のシワを伸ばす程度の修正作業に過ぎない。
俺のスキルなら一瞬でパッチが当てられる。新調した漆黒羽織の戦闘テスト――つまり『ヒーロー変身』の舞台としては申し分ない。
物理的にはデコピン一発で処理完了だが、問題は『どの役柄になりきって台詞を吐くか』というロールプレイの最適化が非常に難しいな……中二病的に)
■ Sランク:1枚(討伐時はSSランク認定)
【内容】:【緊急隔離命令】
西南の古代遺跡にて覚醒した「黒曜龍」のドロップ、または討伐。
【詳細】:
ギルドが間違えて一般掲示板に紛れ込ませていた、国家存亡レベルの超特級タスク。
【アレンの脳内評価】:
(完全にシステムをフリーズさせる特大のグリッチだ。……というか、今の俺の全資産でこんなワールドエンド級のエラーコードに触れたら、リワードを貰う前に存在がデリートされる。100%ギルドの配備ミスだな。……よし、保留だ!)
グラスに残ったエールを干し、俺は10枚の依頼書を机に叩きつけた。
Sランクは完全に論外として、Aランク以下の9枚に関しては、俺のスキルと新装備があれば、マルチタスクで一気に片付けられる。
「まずは日銭だ。銀貨数枚のデッドラインを脱出し、この街に真の『黒の英雄』をデプロイする」
俺は特注の漆黒羽織を身に纏い、背中の大刀の感触を確かめると、夜の闇へと滑り出すように部屋の窓を開け放った。
【クエスト進捗】:
分散処理開始(タスク9件同時実行)
【軍資金】:
一時的な土下座パッチにより猶予10日
【中二病充足率】:
85%(ロールプレイのセリフ選定中)




