第65章:優雅なる道中と、置き去りのデバッグログ
「よし、これで旅の準備は万端だな」
定食屋のカウンターで、俺は人知れず【時空トランクケース(アイテムボックス)】のトリを確認していた。
あのめんどくさい女共――勝手に三角関係の誤解を引き起こしてフリーズしたミアや、天界の有給を消化しきって人間関係に特大のグリッチを埋め込んでいったエルエルからは、これでようやくオサラバできる。
あいつらの予測不能な行動特性(バグ挙動)に、これ以上貴重な俺の脳内リソースを割かれるのは御免被る。これからはスマートで孤独な、理詰めの旅路が始まるのだ。
先ずは、道中の食事のセットアップからだ。トランクケースに決済コスト(魔力)を支払い、あの店主の不器用さが詰まった思い出の「少し焦げた川魚」を保管。
さらに、酒場の親っさんの処刑宣告のような火入れによって完璧なウェルダンへと仕上げた「特上ボアステーキ」を、湯気が立った状態のまま次々と並行世界の余剰次元へとスワップしていく。
保管庫の内部は時間の進行係数が完全にゼロに固定されている。熱運動のロス、すなわち「冷める」「鮮度が落ちる」といったエントロピーの増大は一切発生しない。
「フッ……他の冒険者が顎を痛めながらカチカチの干し肉を齧っている隣で、俺だけが焼き立てのステーキを優雅にナイフとフォークで切り分けるわけか」
想像するだけで実に合理的、かつ最高に優越感に浸れる非対称な快適空間だ。
カチリ、と見えないトランクのラッチを閉じるように意識を切り替え、俺はエールの残りを一気に飲み干した。
「親っさん、勘定だ。それと、もしあの二人が俺の行方を追ってきたら、『彼は確率の海へ霧散した』とでも伝えておいてくれ」
「あぁ? またお前はわけのわからんことを……。おい、夜逃げなら引き止めねぇが、女の子の涙の総量だけは計算し間違えるなよ?」
「心配ない。俺の計算に破綻はないからな」
俺は席を立ち、まだ見ぬ未知の仕様(魔法)を最適化するための旅へと一歩を踏み出した。
その頃、酒場に残されたミアは「アレンさん、私に一線を越えた説明をしないまま消えるなんて……これはきっと、私を試すための恋愛心理テスト(試練)ですね……!」と誤解を増長。
天界の管理端末室では、ルカが「あ、アレンのやつ、置き土産に『天界の終電復旧』のゴミみたいな偽装遅延パッチだけ残して行きましたよ! 先輩、どうします!?」と叫ぶ。
「あの男ぉぉぉ! 私の推しアニメの特番(録画失敗)の落とし前、並行世界の果てまで追ってでも絶対払わせるんだからーー!!」
エルエルが激怒のあまり端末のキーボードを乱打していたが――もちろん、既に時空のラグを完全に隠蔽したアレンの耳に、そのエラーログ(怒号)が届くことはなかった。
【魔力】1.1258990e15固定(隠蔽中)。【時空制御】:Lv.1(認可・最適化)【個別展開:アイテムボックス】:Lv.1(新規取得)
【調理ストック】:
特上ボアステーキ×30、
焦げた川魚×20
(熱運動停止・完全保存)




