↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/121

83話:トーナメント運営の丸投げ

 エルムハースト魔導工学専門校を離れ、次なる視察地へ移動する直前——アレンは中央第一魔法学園の本館へと立ち寄っていた。


(これのどこが「目立たない影の役員」だ……? めちゃくちゃ生徒会の中心で権力を行使して、学校の裏ボスみたいな動きをしているじゃないか……っ!)


 自分で気づいた瞬間、アレンの背筋を冷たいものが走った。

 目立たず平穏に、ただ静かに学生生活を満喫するのが目的で、生徒会室は自堕落に小説でも書いて読むための隠れ蓑だったはずが、いつの間にか学園の最高権力者として巨大な組織を動かす歯車になってしまっている。


 校長室の扉をノックすることなく押し開いたアレンは、そこにいた校長および主要な教職員たちを冷徹な瞳で見据え、静かに、しかし有無を言わせぬ重みのある声を響かせた。


「今回のトーナメントはこの学園の威信をかけて実施するイベントだ。よってこの運営は生徒会ではなく学校運営である教職員の仕事になる。生徒に任せてはいられないだろう?」


 教職員たちが青ざめた顔で息をのむ中、アレンは淡々と現実的なリスクを突きつけた。


「運営の是非により今後の我が学園への応募総数に影響があると考えるとよい。君たちのボーナスにも響くだろうが」


 その一言で、校長をはじめとする教職員たちの背筋に冷たいものが走る。学園の経営基盤と自らの給与・賞与を直結させた極めて合理的な脅し文句を言い切ると、アレンはそれ以上言葉を交わすこともなく、踵を返した。


 パタン、と重厚な扉が閉まる。

 残された教職員たちは、冷や汗を流しながら「全教職員総出での運営体制強化」を即座に決定せざるを得なくなったのだった。


 周囲の思惑や恐怖心など知る由もないアレンは、「これで生徒会の雑務や運営の負担は完全に教職員側に押し付けられたな。これでまた執筆の時間が確保できる」と内心で満足しながら、静かに生徒会室へと戻っていった。


 ◇


 他校視察から帰還し、校長室での報告を終えた直後——アレンは中央第一魔法学園の本館廊下に佇んでいた。アレンはふと自らの足取りに違和感を覚えて立ち止まった。


(……待て。俺は今、他校視察の旅から戻り、学園の運営方針について校長室に乗り込み、教職員に対して直接業務の割り振りを指示してきた……よな?)


 脳内でこれまでの行動を冷徹なログとして巻き戻す。

 生徒会の仕事を二大公爵令嬢に振り分け、他校を巡り、最終的には学園の根幹に関わるトーナメントの運営体制まで教職員に押し付けて責任を明確化した。


「……いかん。これ以上余計な権限を発揮して目立ってはならない」


 危うくセルフプロデュースの方向性を誤るところだったと自分に言い聞かせ、アレンは足早に生徒会室へと戻った。


 部屋に入ると、そこにはいつもの静寂が広がっている。

 誰にも邪魔されないこの空間こそが自分の居場所だと思い込みながら、アレンは自分の机の前に座ると、さっそくボロボロのノートを開いた。


「ふう……余計な雑念は捨てよう。執筆に集中だ」


 羽ペンを手に取り、魔素循環を最も落ち着く微弱な出力へと調整する。

 雑音を遮断し、思考のスピードを最高潮まで引き上げる。


(よし、第5章のクライマックス。主人公が圧倒的な理不尽を冷静な論理でねじ伏せるシーンの描写を詰めるぞ)


 周囲で二大公爵令嬢が自分の動向を血眼になって追いかけていることや、教職員たちが自分の残した一言に震え上がりながら恐怖の特訓と準備に追われていることなど、アレンの意識からは綺麗さっぱり抜け落ちていた。


 ただペン先が紙面を走る音だけが、静かな生徒会室に心地よく響き渡る。

 完璧な一人の時間を手に入れたアレンは、満足げな笑みを浮かべながら、夢中で小説の続きを書き上げていくのだった。




 生徒会室の扉が静かに開き、足音高く入ってきたのはヴィクトリア・フォン・グランヴェルであった。その端正な顔立ちはわずかに昂っており、彼女は手元に抱えていた書類の束を机に軽く置きながら、真っ直ぐにアレンを見据えた。


「アレン様。学内の教職員の間で奇妙な噂が流れておりますわ。今回のトーナメント運営を、生徒会ではなく教職員総出で行うという通達が出たと……。これはいったいどういうことですの?」


 羽ペンを止めることなく、アレンは淡々と答えた。


「ああ、そのことか。開催は生徒会の仕事ではないよ」


「ですが、全校規模の武闘大会の主導権を教職員に渡すなど……」


「そもそも生徒会の予算でどうこうできる話じゃないからね。校長先生に丸投げしてきた」


 あまりにも率直で合理的な切り捨て方に、ヴィクトリアは言葉を失いかける。しかし、アレンの次の言葉が彼女の思考を完全に上書きした。


「ま、トーナメントメンバーは生徒会でいいと思うよ、素敵なメンバーを選考してくれてありがとう」


「っ——!!」


 ヴィクトリアの胸中が一瞬で沸騰した。

 運営という煩雑な雑務は一切排除し、自らが厳選した精鋭(もちろん自分自身を含む)による選手選考の権限だけは生徒会、すなわち自分たちに一任するというのだ。


(運営の労力は教職員に押し付け、私たちにはアレン様と共に戦うための精選された舞台を用意しろというお考え……! なんという深謀遠慮、なんと私メを信頼してくださっているお言葉……!)


 教職員を動かして組織を回す手腕と、自分たちへの全幅の信頼を同時に示されたと勘違いしたヴィクトリアは、頬をわずかに朱に染め、胸元でぎゅっと拳を握り締めた。


「……承知いたしましたわ、アレン様! グランヴェル家の名に懸けて、他の追随を許さない完璧な選抜メンバーを揃えてご覧に入れますわ!」


「ああ、頼んだぞ、副会長」


 アレンが何気なく返した言葉に、ヴィクトリアは胸をときめかせながら深く一礼し、万全の闘志を燃やして生徒会室を後にしたのだった。


 残されたアレンは、「これで運営の面倒な実務も片付いたし、選手選考もあの真面目な副会長が勝手にやってくれる。完璧だな」と内心で頷きながら、再び静かに小説の執筆へと没頭していくのだった。


 ◇


 全校生徒数や観客席の収容キャパシティ、そして莫大な興行収入と安全性を勘案した結果、学園内の競技場では手狭であると判断された。そのため、トーナメントの本戦会場にはゼノリス王国の王都にある大闘技場を丸ごと借り上げるという、国家規模の方針が採択されていた。


 そこに至るまでの過程として、各学年・各クラスでの激しい総当たりによるリーグ予選が実施され、勝ち残った真の精鋭たちだけが本戦の切符を手にしている。

 城塞都市中央第一魔法学園はその名の通り、基本的には高度な魔導理論と実践魔法の教育に特化しているが、だからといって肉弾戦や剣術の修練を軽視しているわけではない。元騎士団長ガルドの下で行われてきた地獄の肉体改造や体幹訓練の成果もあり、総合的な戦闘能力において生徒たちの水準はかつてない高みに達していた。


 さらに、本年度はアレンが学園の改革と大規模な魔法花火を披露したことで、世界中から入学・受験希望者が殺到。各国の一流の血筋や名門から輩出された極めて優秀な若者たちが次々と入学を果たしており、今回の本戦出場メンバーはまさにその精鋭中の精鋭であった。


 ……だが、当のアレンの本音を言えば、今回のトーナメントなど欠片も興味はなかった。


 城塞都市中央第一魔法学園の生徒たちが勝ち上がるのは当然の帰結であり、彼にとって今更学生レベルの試合など興味の湧かない代物だったからだ。


 何故なら、一般的な学生のレベルなど所詮は冒険者Dクラス並み——力や敏捷は二、三十程度、魔力に至っては百から二百、秀でた貴族の精鋭であっても五百に届くかどうかという水準でしかない。その程度の領域で繰り広げられる競い合いなど、今の彼から見れば児戯に等しかった。


(……もっとも、体内の魔素が増える前の自分であれば、そんな不遜なことを言う余裕など微塵もなかったはずだが)


 アレンは羽ペンを弄びながら、静かに昔の自分を振り返る。


 丹田を中心に魔力の循環回路が繋がり、圧倒的な許容量を得る以前——かつての自分であれば、Fクラス程度の能力を相手にしても生き残るために必死で策を巡らせ、周囲の視線や評価に怯えながら慎重に立ち回るのが精一杯であった。


 いまやその圧倒的な力量ゆえに、学生同士の真剣勝負すら「遠い世界の退屈な余興」としてしか映らなくなっている己の変貌を実感しつつ、アレンは静かに息を吐いた。


 さて、アレンはさぼる理由を考えてみることにした。


 二大公爵令嬢が運営と選考を完璧に掌握し、一般生徒たちが冒険者Dクラス並みの次元で熱戦を繰り広げる大闘技場。そんな場所に自分が居座り続ければ、目立ちたくもないのに余計な注目の標的になりかねない。


(大体、俺は『ただの生徒会役員』であり『一人の学生』に過ぎないんだ。裏方の調整はシャルとヴィクトリアが完璧にやってくれているし、俺が会場にずっと貼り付いている必要性はどこにもない)


 胸を張ってその場を離脱するための、合理的口実。

 アレンの思考はすぐさま冴え渡っていった。


「そうだな……『他校の動向を探るための現地調査および周辺警戒』、あるいは『大会の円滑な進行に必要な資材・手配の最終確認』……うん、これなら完璧だ」


 さらに、名案を思いついたように笑みを深める。


「付け加えるなら俺は冒険者でもあるから、指名依頼が入り他国へ行かねばならない。あえて内容は伏せる。あ、守秘義務があるとするか。完璧だな。ふふふ」


 表面上は学園のために奔走し、冒険者としての役目を全うする姿勢を装いつつ、実際は喧騒から遠く離れた静かな場所へ避難する。そして確保した圧倒的なプライベート空間で、心置きなく自作小説の執筆に没頭するのだ。


(よし、我ながら筋の通った完璧な作戦だ。誰も傷つかないし、誰も損をしない)


 自分の完璧なロジックに深く満足したアレンは、そっと手元のノートを開き、今日進めるべき物語の構想へと意識を向け始めたのだった。


【後 強引なコネクションと白亜宮廷魔術学園への道】

 前理事長の執務室には、静かな緊張感と微かなインクの匂いが漂っていた。


「――交換留学、ですか」


 重厚な机を挟んで向き合う前理事長は、手元の書類からふと顔を上げ、穏やかながらも鋭い眼差しをアレンに向けた。

 アレンは姿勢を正し、真摯なトーンで頷く。


「はい。クレイズ神聖王国との交流のために、どうしてもその処置をとりたいんです」


 前理事長は少しだけ思案するように顎に手を当て、やがて小さく息をついた。


「可能ではありますが……。ただ、その制度は通常、高位貴族の特権としての側面が強いものでしてね。通例ならば、複数の学園を掛け持ちし、それぞれの卒業資格を得るためのものとして運用されているのですよ」


「……複数の学園を、掛け持ちですか」


(う~ん、貴族かぁ……。今更貴族といわれても、俺は平民だしな……)


 アレンは心の中で深く頭を抱えた。一介の平民が出自を偽るわけにもいかず、正規のルートから高位貴族の特権をねじ込むのはどう考えてもハードルが高すぎる。


 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

 アレンは目まぐるしく思考を巡らせ――ふと、ある手段に思い至る。


(正規のルートがダメなら、別の手段を使えばいい)


 学園内を探せば他国の貴族など掃いて捨てるほどいる。だが、安易に生徒へ接触すれば、どこから二大公爵令嬢の耳に入るか分かったものではない。

 特に、あの二大公爵令嬢――ヴィクトリアとシャルロットの網からは、学園内の些細な噂話ですら逃れられない。彼女たちの鋭い嗅覚を刺激しようものなら、あっという間に身動きが取れなくなることは目に見えていた。


(……やれやれ、のこのこ学園内のコネを頼るようでは、俺の目指す平穏なサボりライフなど夢のまた夢だな)


 アレンは呆れたように息を吐き出し、脳内であらゆるリスクを切り捨てる。


 学内の人間を頼るのが悪手である以上、打つ手は一つ。国内の権力者の顔色を窺う必要などない、完全に別のパイプを使うほかない。

 表向きの面倒な手続きをすっ飛ばし、かつ神聖王国の要人たちに「どうしても我が国へ留学してほしい」と逆に頭を下げさせるほどの強引な大義名分――それを用意できる存在となれば、自ずと候補は絞られてくる。


(……待てよ。バルツァー・ラボ4号店の店長は帝国の関係者だったはずだからダメだ。)


(バルツァー・ラボ……バルツァー……そうか、バルツァー辺境伯か!)


 あいつになら、神聖王国との連絡や裏の根回しを通すのに、これ以上ない好都合な駒になるはずだ。……いや、下手に連絡を取れば、またあの面倒くさい余計な貸し借りが発生しかねないが。


 アレンはわずかに顔をしかめつつも、サボるための隠れ蓑と交換留学の既成事実を作るためには、背に腹は代えられないとばかりに思考を切り替える。


(まあいい。どうせあいつもこちらに借りのひとつやふたつはある。直に連絡を入れて、向こう側の手続きを一気に引っ張らせるとしようか)


 思考が繋がったアレンは、懐から取り出した通信用の魔導具に魔力を通し、さっそく辺境伯へ連絡を入れることにした。


 すると、間もなくして返ってきたのは、どこか呆れたような、それでいて豪快な辺境伯からの返信であった。


『白亜宮廷魔術学園というあまり一流の学園ではありませぬが、伝手があります。しかし貴族という縛りがありましてな。あ、ならどうかな、いっそのことワシノ養子にでもなりますかな?わははは』


 その文面を視界に収めた瞬間、アレンは深々とため息をついた。

 手元の魔導具から、あの辺境伯特有の野太い笑い声が直接響いてくるような錯覚すら覚える。


(……冗談ではない。誰があんたの養子になんか)


 神聖王国の学園における「貴族」という縛りを抜けるための裏技としては、確かにそれ以上ないほど強固で手っ取り早い方法だろう。帝国でも有数の権力を持つバルツァー辺境伯の養子となれば、白亜宮廷魔術学園側も文句一つ言えずに特例枠をこじ開けるに違いない。


 だが、その代償があまりにも大きすぎる。

 そもそもアレンが他国への交換留学をでっち上げようとしているのは、学園での面倒な人間関係から逃れ、平穏にサボるための隠れ蓑を手に入れるためだ。それなのに、自ら王国の重鎮の身内になるなど本末転倒も甚だしい。そんな大層な肩書を背負えば、ヴィクトリアやシャルロットの目を誤魔化すどころか、厄介な政治闘争のど真ん中に放り込まれるのは火を見るより明らかだった。


 アレンは魔力を指先に込め、即座に返信の言葉を紡いだ。


『養子の件は謹んで、かつ全力で辞退させていただきます。そちらの権限で適当な名誉貴族の身分を一時的に用意するか、あるいは辺境伯の「特別な後援を受けている客人」という名目で、どうにか枠をねじ込んでいただけませんか』


 端的な拒絶と、代案となる要求。

 言葉を送り終えると、アレンはふと執務室の窓の外を見遣った。


 ひとまずこれで、最も厄介な「身分」という壁を越える算段はつくはずだ。あの豪快にして強引な辺境伯のことである。こちらの無茶な要求であっても、面白がって強引に道を開いてくれるだろう。


 少し待つと、通信用魔導具が再び淡い光を放った。

 先ほどのふざけた調子とは打って変わり、返ってきたバルツァー辺境伯の返事はひどく簡潔なものだった。


『クレイズ神聖王国の白亜宮廷魔術学園側には話してみる。あとは直接クレイズ神聖王国へ赴き、学園側と交渉してほしい』


(……なるほど。完全にお膳立てされるわけではなく、最後の詰めは現地で直接やれ、ということか)


 丸投げされた感は否めないが、むしろ好都合だ。現地での交渉という名目が加われば、今すぐこの国を離れる正当な理由になる。アレンは通信用魔導具を懐にしまうと、目の前で怪訝そうな顔をしている前理事長へと視線を向けた。


「――というわけで、向こうへのパイプは繋がった。少し急ぎになるが、直接クレイズ神聖王国へ向かって、白亜宮廷魔術学園の連中と交渉してくる」


「……は、はい? 今、なんと?」


「向こうの受け入れ態勢さえ整えれば、交換留学の条件はクリアできるはずだ。こちらの学園を留守にする間の事務的な手続きは、前理事長、頼めるか?」


 事もなげに言い放つアレンに対し、前理事長は目を丸くして絶句している。

 まさか、わずか数分の通信で他国へ直接乗り込む算段をつけてしまうとは夢にも思っていなかったのだろう。呆然とする老練な前理事長をよそに、アレンはすぐさま出発への段取りを頭の中で組み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。