第63章:最適化への回帰(パラダイムシフト)
完璧なウェルダンに焼き上がった特上ボアステーキを口へと運び、アレンは静かにその肉汁の旨味を堪能していた。
「うん、中まで完璧に熱が通っている。やはり物理法則は裏切らないな」
「裏切るわよ! ルカ、ごめん! 今すぐその空間のラグを『ネットワーク遅延』として偽装して! 処理落ちってことにして上層部に通してぇぇ!!」
エルエルが涙目で虚空(管理端末)に向かって叫んでいる。世界の同期クロックを強引に書き換えられた天界は大パニックの真っ最中のはずだが、アレンの表情は至って冷徹だった。
ふと、アレンは視界の端で微かに明滅するシステムログに目を留めた。
自身のステータス画面。そこには、先ほどの無茶な時間操作の代償が、剥き出しのエラーメッセージとして刻まれていた。
【魔力】1.1258990e15固定(隠蔽中)。
【空間操作:Lv.1】
【時間減速】処理落ち(リセット)
(……ほう。処理落ち、か)
アレンはフォークを動かす手を止め、脳内で急速にロジックを組み立て始める。
転生直後の時点で確認した自身のステータスにおいて、そのスキルは確かに
【時間減速】Lv.0 未開放
と表示されていた。それが、現世のアインシュタイン相対性理論を無理やり適応し、現実世界の0.18秒に30分を圧縮した結果、強制的なシステムリセットがかかり、表記が変異している。
(なぜ、私の完璧な物理計算に対して世界がここまで致命的なエラーを吐いた? 質量とエネルギーの等価原理の時もそうだ。排熱リスクや深刻な同期ズレが毎回発生する……。計算のプロセスに破綻はない。ならば、破綻しているのは『前提』の方か)
アレンの鋭い視線が、ステーキの断面から立ち上る湯気をじっと見つめる。
(この世界のシステムにおける、本来の『正しい始まり』は……Lv.1からだ。
システムが正規の挙動として認識し、バグを起こさずに処理できる下限値。俺は、その定義すらされていない『Lv.0 未開放』という虚無の領域のまま、システムの外側から強引に現世の物理理論という重い関数を叩きつけた)
だからこそ、サーバー側は想定外の負荷を処理しきれず、毎回世界を巻き込むレベルの「処理落ち」を発生させていたのだ。
(だとすれば、だ。わざわざ現世の小難しい理論をガチガチに組み上げて、世界をバグらせながら力技でねじ伏せる必要など、最初からなかったのではないか?)
エルエルがまだ「もう! アニメの録画サーバーまで巻き込まれたらどうすんのよ!」と隣で頭を抱えて絶叫している。
アレンは静かに結論を導き出す。
この世界の「仕様」である不思議魔法。Lv.1から始まる正規のフレームワーク。
そこに処理を丸投げしてしまえば、世界が最初から用意している安全な正規ルートとして、なんの排熱リスクも同期エラーもなく、スマートに現象を処理できるはずだ。
「……なるほど。郷に入っては郷に従え、か。パラダイムシフトが必要だな」
「あんたが不敵に呟く時は大抵ろくなことがないんだけど!? ねぇ、今度は何を企んでるのよアレン!」
エルエルがジト目で詰め寄ってくるが、アレンはただ平然と、二口目のステーキを口へと運んだ。
「いや、これからはもう少し、この世界の『ルール』を優雅に運用しようと思っただけだ」
物理ハックによる力技から、異世界システム(魔法)の正規運用へ。
アレンの思考が完全に切り替わったその瞬間を、隣のミアだけが、何か世界の底が静かに変容したかのような、言葉にできない戦慄と共に凝視していた。
【魔力】1.1258990e15固定
(隠蔽中)。
【空間操作】:Lv.1
【時間減速】:Lv.1(リセット済み)
【身体強化】:Lv.3
【慣性制御】:Lv.1(認可)
【気配遮断】:Lv.1(最適化)




