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小説の先にある世界  作者: 藤咲玲


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81話:地方連携男爵領立アカデミー『男爵領の学園と型破りな指導』

 王都の誇る壮麗で無駄のない大校舎や、ゼノビア校のような無骨で堅牢な戦闘訓練施設とは、まるで趣の異なる風景が広がっていた。


 街道を大きく外れ、穏やかな田園風景と豊かな緑の森に囲まれた平穏な土地——男爵領立アカデミー。

 ここはバウム周辺の地方領地が互いに資金や人材を出し合って連携・運営している比較的新しい学園であり、王都のように貴族の身分や家柄にとらわれることなく、魔法や武術の素養を持つ地方の若者たちを幅広く受け入れているアカデミーであった。


「やあやあ、ようこそお越しくださいました、アレン殿! いやはや、王都の最高峰学園から生徒会長自らがこのような地方の学園まで視察に来てくださるとは、まさに光栄の極みですな!」


 木造の古びた校門の前でアレンを出迎えたのは、親しみやすい温和な笑顔を浮かべた小柄な老校長であった。豪奢な装飾など一切ない質素な法衣を纏っているが、その瞳には深い学識と、学園の生徒たちに対する温かな愛情が宿っている。


(よし……ヴィクトリアやシャルロットたちに任せてきた王都での視察書類の整理も、これでいよいよ最後の一校か。各校それぞれに特色があったけれど、ここは一番のどかで落ち着いた雰囲気だな。最後まで気を抜かずにしっかりと観察して、良い報告書をまとめないと。)


 アレンは丁寧におじぎを返し、手元の記録用羊皮紙とペンを抱え直した。王都の学園代表として派遣されている以上、相手校の指導方針や技術的価値を正確に記録し、正当に評価することが自身の務めである。アレンは真剣な眼差しで校長に向き直った。


「はじめまして、アレンと申します。本日は学園の日常や訓練の様子を拝見させていただき、双方の学術・実技交流に役立つ報告書を作成しにまいりました。本日はよろしくお願いいたします」


「おお、なんと謙虚でお立派な姿……! 王都の生徒会長と聞いて、もっと気位が高く威張った方かと勝手に身構えておりましたよ。ささ、どうぞ中へ。我が校は設備こそ王都の学園には遠く及びませんが、生徒たちの熱意だけは負けておりませぬからな」


 校長の案内に導かれ、アレンは校舎の敷地内へと足を踏み入れた。


 歩きながら周囲を見渡すと、廊下や庭ですれ違う生徒たちはアレンの姿を見ると物珍しそうに目を丸くし、素朴であたたかい挨拶を交わしてくる。最新の魔導具や豪奢な訓練設備は見当たらないが、手作りの練習道具や知恵をしぼった教材が随所に配置されており、限られた予算と環境の中で教育を行おうとする強い努力が伺えた。


「当校では、高度で複雑な大魔法や大掛かりな術式回路よりも、領地の開拓や日常の防衛、そして実用的な戦闘に直結する『効率的な魔力運用』を重視しております。……まあ、平たく言えば、専門的な設備が整っていないため、泥臭い基本技術ばかりを徹底して叩き込んでいるのですがね」


 校長は少し照れくさそうに頭を掻きながら、アレンを屋外にある広大な第二グラウンドへと案内した。


 そこでは、数十人の生徒たちが汗を流しながら実技訓練に励んでいた。

 教官の重々しい掛け声とともに、生徒たちは木剣や簡易的な杖を構え、的として据え置かれた巨大な岩石に向かって魔力を打ち込んでいる。


「ハッ! 『穿ちの一撃』!」

「そこだ! 魔力を集中させて……叩き込む!」


 生徒たちが放つ魔力は、王都のエリートたちのような圧倒的な量や華やかさはない。しかし、手持ちの限られた魔力をいかに無駄なく一点に集中させ、効果的な威力を生み出すかという「泥臭い工夫」が随所に見られた。


 アレンは観覧用の木製ベンチに腰を下ろすと、真剣な眼差しでその動きをじっと見つめ、羊皮紙にペンを滑らせ始めた。


(なるほど……大掛かりな術式回路を使わずに、体内の魔素の流れを最短距離で体外に放出する技術か。設備がないからこそ発展した、すごく理にかなった工夫だ。ただ……)


 アレンはメモを取りながら、内心で(もったいないなぁ……)と感じていた。


 彼らの目指している「効率的な集中」の方向性は素晴らしい。しかし、魔力を一点に集めようとするあまり、全身に余計な力みが生まれ、結果として魔力の伝達経路(パス)が狭まってしまっているのだ。筋肉を無理に緊張させず、むしろ完全に脱力した状態で魔力を流す方が、今の何倍もの威力と速度が出せるはずだった。


『地方校の実用的な魔力集束アプローチは極めて評価が高い。ただし、集束時の過度な身体緊張により、魔力伝達効率に大きな損失が発生している。威力を出そうとして力むのではなく、身体の脱力と呼吸の同期を行うことで、最小限の消費で岩石を粉砕する威力を得られると思われる』


 アレンにとっては、目の前の純粋な努力を肯定しつつ、もっと彼らが楽に力を発揮できるようにという、ごく自然な観察メモのつもりだった。


 その時、実技指導を行っていた大型の教官が、観覧席で一心不乱にメモを取るアレンの姿に気づき、ずかずかと歩み寄ってきた。


「む……? 校長、そちらの少年が例の王都からの視察者ですか?」


「うむ。王都の学園で生徒会長を務められているアレン殿じゃ」


「生徒会長……? ふーむ、見たところ随分と細身で、戦いを知らぬ書生のように見えますが……」


 教官は少し不満そうに首をひねった。このアカデミーの教官や生徒たちは、厳しい領地の現場や魔物との遭遇戦を経験してきた現場主義の猛者たちが多い。王都からやってきた身なりの良い少年が、自分たちの汗と泥にまみれた訓練を上から目線で評価しているように見えてしまったのだ。


「王都のアレン殿とおっしゃいましたか。我が校の泥臭い訓練は、王都の華やかな魔法使い様方のお気に召しましたかな?」


 少し棘のある教官の問いかけに、アレンは羊皮紙から顔を上げ、素直に頷いた。


「はい、実用性を追求された素晴らしい指導法だと思います。ただ……少しだけ力みすぎているように見えます。身体をリラックスさせれば、もっと楽に大きな力が出せると思うのですが」


 アレンの素直な助言は、現場の叩き上げである教官の自尊心を強く刺激してしまった。


「なに……? 脱力などしていたら、魔力が集中する前に霧散してしまうわ! 見よ、これが我が校の誇る極限集束の一撃だ!!」


 教官は語気を強めると、アレンの目の前で訓練用の巨大な岩石の前に立った。全身の筋肉を太木のように隆起させ、咆哮とともに溜め込んだ魔力を木剣へ叩きつける。


 ドゴォン!!


 轟音と共に巨大な岩石に深い亀裂が入り、表面が大きく砕け散った。生徒たちから「おおっ! さすが教官!」と大きな歓声が上がる。教官は息を荒らげ、誇らしげに胸を張ってアレンを見た。


「どうだ! これほどの圧力をかけるからこそ、岩をも砕く威力が生まれるのだ! 脱力などという生ぬるい考えで、この岩が砕けると思うか!?」


 周囲の生徒たちも「王都のお坊ちゃんには分からんよな」「現場の厳しさを知らないんだろ」とクスクスと囁き合う。


 しかし、アレンは困惑したように首をかしげるだけだった。


「ええと……はい。でも、そんなに肩肘を張らなくても、もっと軽く叩くだけで砕けると思うのですが……」


「そこまで言うならお前がやってみせろ! その『脱力』とやらでこの岩を砕いてみろ!」


 頭に血が上った教官から予備の訓練用木剣を突き出され、アレンは申し訳なさそうに受け取った。


(言葉で説明するより見てもらった方が分かりやすいかな。少し手本を見せて交流にしよう。)


 アレンは渡された安物の木剣を手に、岩の前に立った。構えには威圧感も、緊張感も一切ない。全身の力を完全に抜き、呼吸と魔素の揺らぎを自然に同調させる。アレンにとって魔力とは、力んで押し出すものではなく、自然に体を通り抜ける「流れ」そのものだった。


 そして、軽く木剣を持ち上げると、肘の力を抜いて——ポン、と軽く岩の表面に木剣の先を触れさせた。


「ははっ、そんな撫でるような攻撃で——」


 教官が笑い飛ばそうとした、次の瞬間だった。


 ——パリィィィィンッ!!!!


 澄み渡る高音がグラウンド全体に響き渡り、アレンが触れた中心点から目に見えない衝撃波が岩の内部へ浸透した。直後、高さ三メートルを超える巨岩全体が、まるで内側から均一に爆発したかのように、寸分たがわず均等な「サイコロ状の微粒子」へと瓦解したのだ。


 ズザザザザザッ……!!


 巨岩が一瞬でただのきれいな砂利と砂の山と化し、アレンの足元へ崩れ落ちた。


「「「………………は?」」」


 教官も生徒たちも、校長までもが言葉を失って固まった。アレンは岩石の構造に合わせて摩擦ゼロの脱力状態で最少の魔力を「共振」として流し込んだだけなのだ。


「あ、このように肩の力を抜いて魔力を流してあげると、綺麗に解けるんです。疲れなくておすすめですよ?」


 アレンが爽やかに解説すると、教官の膝がガクガクと震え出した。


「ば、怪物か……!? 圧力をかけるのではなく、流しているだと……!?」


 絶句する教官たちに対し、アレンは親切心からさらに補足しようと思い立った。


「ちなみに、こうやって力ずくでやるのはお勧めできませんよ」


 そう言うと、アレンは近くにあった5mを超す岩石に手を当てたかと思うと、鷲掴みにして——


 バキッ! と砕き割る。


「ほら、力みすぎると上手く粉々にできないですよね?」


 壊れやすいものを手荒に扱ってしまったかのように首をかしげるアレン。目の前では、人間には到底不可能な腕力と魔力によって、5メートルを超える超巨岩が木っ端みじんに引き裂かれ、凄まじい音を立てて転がっていた。


 脱力どころか、力ずくのレベルすら常識を遥かに凌駕している。


 静寂が破られた瞬間、グラウンドは猛烈な歓喜の渦に包まれた。


「アレン様! 今のどうやったんですか!?」

「教官! 俺たち今日からアレン様のやり方で訓練したいです!!」

「アレン殿……いやアレン師範! ぜひ我が校の特別技術顧問としてご教授いただきたい!!」


 教官までもがプライドを投げ捨てて頭を下げ、押し寄せる熱烈な弟子入り志願と尊敬の嵐に、アレンは青ざめて後ずさりした。


(しまった……ただ手本を見せただけなのに、また大ごとになっちゃった……!)


「あ、あの! 基本的なストレッチ法を羊皮紙に書いて置いておきますね! 正式な報告書は王都から送りますので!!」


 アレンは羊皮紙の束を校長の手に急いで押し付けると、記録用の鞄をしっかりと抱え直した。


「本日は貴重な訓練を見せていただき、本当にありがとうございました!」


 アレンは深く頭を下げると、身をひるがえし、熱狂する生徒や教官たちの追撃を振り切るように、校門に向かって全力でダッシュを開始したのだった。


「待ってくださいアレン師範ーっ!」

「俺たちを置いていかないでくれーっ!」


 背後から響く叫び声を聞かない振りをしながら、アレンは爽やかな田園の風を切って走り抜ける。


 こうして全四校に及ぶ他校視察の旅は、すべての学校に深い衝撃と語り継がれる伝説を残して、無事に幕を閉じたのであった。


(ふぅ……これで全部の視察が終わったぞ! 大至急学園に戻って、ヴィクトリアたちと一緒に報告書を仕上げなきゃ!)


 夕日に染まる街道を走りながら、アレンは無事に大役を果たした達成感に胸を膨らませ、仲間たちの待つ王都の学園へと帰路につくのだった。

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