79話:聖シルフィア女子精霊学院『男子禁制の園と懐かれすぎた精霊たち』
「ふぅ……危なかった……」
ヴェルタリア騎士養成高等学院を命からがら(?)脱出したアレンは、馬車を飛ばして次の目的地へと向かっていた。
第3の目的地——『聖シルフィア女子精霊学院』。
ここは高位の聖職者や精霊使い、治癒魔法士を多く輩出する由緒ある女子校である。
(あの姉妹、揃って直感力と勘違いのスピードが異常すぎる……! だが、ここは完全な男子禁制。裏理事長の特権で「特別視察」の許可は取ってあるが、男子生徒の立ち入りは厳しく制限されている。これなら追っ手も入って来られないし、何よりあの暑苦しい筋肉どもがいない! 静かに名物の極上スイーツでも味わいながら、今度こそ小説執筆に没頭できるはずだ)
完璧な「避難先」を見つけたと確信し、アレンはほっと胸を撫で下ろした。
アレン自身、自分の容姿や纏う雰囲気を気にしたことなど一度もなかった。ゆえに、自分がこの地に足を踏み入れることが、どれほど悲惨で壊滅的な大災害を引き起こすかなど微塵も自覚していなかったのである。
そもそもこの『聖シルフィア』は、幼少期から純粋培養された箱入り娘たちが集う女子の園。男性との接触すら絶たれた環境で何年も過ごす彼女たちにとって、アレンのような「無駄な不純物が一切なく、浮世離れした美貌と圧倒的な魔素を纏う存在」は、毒薬どころか概念レベルの劇薬であった。
例えるなら、干からびた砂漠に突如として降り注いだ最高級の恵みの雨。
理性を保っていられるはずがないのだ。
「裏の理事長」という権力を行使する以上、まずはこの学院のトップへ挨拶に向かわねばならない。
案内に導かれ、重厚な校長室の扉を開けると、そこにいたのは予想以上に若く美しい女性校長であった。
アレンが室内へ足を踏み入れた、その瞬間。
「えっ、あ……」
アレンの姿を正面から視界に収めた校長は、手に持っていた書類をパラパラと落とし、ぽかんと口を開けて固まった。
そして一秒遅れて、自分が置かれた状況とアレンの浮世離れした美貌を認識すると、一気に顔を林檎のように真っ赤に染め上げた。
「……っ、よ、ようこそ、アレン様。心よりお待ちしておりましたわ……っ」
慌てて体勢を整え、上擦った声で挨拶を送ってくる校長。
だが、その瞳は完全に潤んでおり、胸元に手を当てて息を荒げながら、言葉にできないねっとりと熱っぽい「妙な視線」をアレンに送っていた。
(……なんだ? なんでそんな肉食獣みたいな目で見つめてくるんだ……?)
居心地の悪さに耐えかね、ふと気になって校長室の入口の方へ目をやったアレンは、絶句した。
扉がわずかに半開になっており、その数センチの隙間に、教職員や生徒たちの顔がギッチリと縦に並んで敷き詰められていたのだ。まさに顔面のすし詰め、文字通りの「鈴なり」状態である。
男に飢えた無数の生気のない瞳が、正気を失った熱狂を帯びてアレンを凝視している。
(いや、男が見たいなら街にでも行けよ……! なんだこのホラー映画みたいな空気は!)
自分が放つ無自覚なフェロモンと雰囲気が、彼女たちの理性を完全に破壊していることなど知る由もないアレン。居心地の悪さがピークに達した彼の様子をどう解釈したのか、校長はうっとりとした表情で立ち上がった。
「お疲れのようですわね。わたくし自ら、この学院で最も静かで落ち着ける庭園へご案内いたしますわ」
頼んでもいないのに最高級の紅茶や菓子が手配され、至れり尽くせりの対応で庭園へと連れ出される。
しかし、移動中の廊下でアレンを待っていたのは、さらなる狂気であった。
すれ違う制服姿の女子生徒たちが、アレンの姿を視界に入れた瞬間——あまりの衝撃にキャパシティオーバーを起こし、ピタリと足を止め、彫像のように硬直する。誰一人として息すらしていないかのようだ。
そして、アレンがその横を通り過ぎると——
ギギギ……ッ
まるで油の切れた壊れたカラクリ人形のように、胴体は正面を向けたまま、首だけをあり得ない角度までゆっくりと回転させてアレンの背中を目で追いかけてくるのだ。完全にアレンの毒気に当てられ、正気を失っている。
(こわいこわいこわい! なんだこの学校!? 聖なる女子校じゃなくて呪われた廃病院か何かか!?)
内心で悲鳴を上げ、生きた心地のしないまま、アレンは命からがら目的地の庭園へと到着するのであった。
そこは花々が咲き誇り、清らかな水が流れる美しい場所だった。
先ほどの怪奇現象から逃れるように、アレンは庭園の奥にある東屋のベンチを確保する。
カフェテラスで買い求めておいた、この学院の名物「最高級精霊蜜の極上ミルフィーユ」と紅茶をセット。羊皮紙とペンを取り出し、ようやく待ち望んでいた執筆タイムを開始した。
「うむ……まあ、いろいろ不気味だったが、ここは静かだ。紅茶も美味いし、ケーキも絶品。これぞ理想の視察……」
アレンが満足げにペンを走らせ始めた、その時だった。
ぽわん。
アレンの肩のあたりに、小さく光る球体が現れた。
上級の風の精霊である。
「ん? なんだ、邪魔しないでくれよ」
アレンが追い払うように軽く手を振った瞬間——周囲の空気が一変した。
アレンは無自覚だが、その体内には膨大すぎる魔力が秘められている。さらに、無駄な力を一切省いた完璧な魔力操作を行っているため、周囲の魔素は極めて澄み切った状態に保たれていた。
精霊たちにとって、アレンの周囲は「超快適・最高級の極楽スポット」だったのである。
フワッ……! ぽわぽわぽわっ!
「「「「〜〜〜〜♪」」」」
突然、庭園中の精霊たちが一斉に集まり始めた。
風の精霊、水の精霊、光の精霊……果ては、学院の厳重な結界の奥深くに封印されていたはずの『古代の大精霊』までもが目覚め、ふわふわと楽しそうにアレンの周りを飛び回り始めたのだ。
「え、ちょっと待て。なんでこんなに集まってくるんだ……!?」
アレンが困惑していると、庭園の異変に気づいた学院の教師や生徒たちがワラワラと集まってきた。
「な、なんですのあの現象は!?」
「学院の精霊たちが……全員、あの男の人に群がっていますわ!」
「見て! 精霊王クラスの光の大精霊まで、彼のお膝の上で猫みたいに丸くなっていますわ……!?」
「待って、違うんだ! 俺はただお菓子を食べてただけで——」
アレンが弁明しようと立ち上がった瞬間、精霊たちが歓喜の声を上げて一斉に光を放ち、庭園全体に奇跡のような「祝福の光」が降り注いだ。
枯れていた花が一瞬で咲き誇り、風が心地よい旋律を奏でる。
生徒たちはその光景に息をのみ、拝むようにアレンを見つめ始めた。
「「「神話の……精霊の愛し子様……!」」」
(またこのパターンかよぉぉぉぉっ!!!)
頭を抱えるアレン。
静かな執筆タイムどころか、またしても全校を巻き込む大騒動に発展してしまった。
さらにその時、学院の正門からドタバタと激しい足音が響く。
「アレン様ーーーッ!! 男子禁制の女子校に潜入されるなど、やはり何か深いご意図が……ッ!」
「待ちなさい、ヴィクトリア様! アレン様を一人占めさせませんわよ!」
「ひえぇぇぇっ! お二人とも待ってくださいぃぃ!」
追いついてしまったヴィクトリアとシャルロット、そして引きずられてきた涙目のニーナ。
「うそだろ、もう追いついてきたのかよ!?」
アレンは持っていたミルフィーユを一口で平らげると、ペンと原稿を抱えて跳び起きた。
「やばい、次は『エルムハースト魔導工学専門校』だ! 技術系の奴らなら、恋愛沙汰より研究に夢中で俺のことなんて放置してくれるはず……!」
精霊たちに惜しまれながら、アレンは脱兎のごとく女子校を飛び出し、第4の目的地へと逃走するのであった。




