78話:修正が必要 ヴェルタリア騎士養成高等学院『武闘派の聖地と極上の名物肉』
中央第一魔法学園をあとにしたアレンは、馬車に揺られること半日。
目的地である『ヴェルタリア騎士養成高等学院』の門前に辿り着いていた。
ここは王国軍や近衛騎士団の有力な士官候補生が集う、言わずと知れた「武闘派の聖地」である。
「よし……計画通りだ」
門を見上げながら、アレンはひとりほくそ笑む。
(あのまま学園にいたら、ヴィクトリアとシャルロットの不毛なマウント合戦に巻き込まれ、あげくにトーナメントの面倒な運営業務まで押しつけられるところだった。だが俺は今、自由だ! 『他校の視察』という誰も文句を言えない完璧な大義名分のもと、ここにいる!)
アレンの目当ては、他校の戦力分析……などではなく、この学院の食堂で出されるという名物「黒毛魔牛の特大ステーキ丼」であった。
「まずは適当に練習場でも覗いて『うむ、なかなか骨のある奴らだな』とノートに走り書きでもしておこう。それから食堂で昼飯を食い、午後は裏手の静かな公園で自作小説の執筆に没頭する……完璧すぎるプランだ」
裏の理事長という権限を遺憾なく発揮し、顔パスで校門を潜り抜けたアレンは、威勢のいい声が響く訓練場へと向かった。
訓練場では、上半身裸の筋骨隆々な男子生徒たちが、汗を飛び散らせながら剣を交えている。
いかにも暑苦しい、しかしアレンにとっては「どうでもいい」光景であった。
アレンはポケットに手を突っこみ、いかにも視察官らしくフムフムと頷いて見せた。
(よし、視察終了。さて、肉だ肉!)
アレンが踵を返そうとした、その時だった。
「——おい、そこのお前! 見慣れない顔だな!」
ドス効いた声が響き、訓練場から一人の巨漢が歩み寄ってきた。
ヴェルタリア学院の3年生で、次期生徒会長候補と目される男——バルガスであった。
「……ん? 俺か?」
「そうだ。そのたるんだ姿勢、たるんだツラ……! うちの生徒じゃないな? 中央第一のひょろっとした魔法使い気取りが、何の用だ?」
バルガスが鋭い威圧感を放つ。周りの生徒たちもニヤニヤと集まってきた。
アレンは心底面倒くさそうに溜息をついた。
(出たよ……脳筋特有の絡み酒ならぬ絡み喧嘩。ここで騒ぎを起こしたら目立ってしまう。ここは穏便にスルーして……)
「ああ、俺はただの視察でね。邪魔して悪かったな、じゃあこれで」
アレンが軽く手を振って立ち去ろうとした瞬間、バルガスがアレンの肩を掴もうと手を伸ばした。
「待てよ! 挨拶もなしに……」
ガシッ!
「……あ」
アレンは反射的に、伸びてきたバルガスの手首を軽く掴み、その力を利用してすっと流すように受け流した。
ほんの少し、物理法則に従って体の軸をズラしただけである。
しかし、勢い余ったバルガスは、己の巨体と筋力そのままに豪快に空を切って——ドガァァン!!と派手な音を立てて地面に撃沈した。
静寂が支配する訓練場。
「が、はっ……! 今の、技は……!?」
頭から土に突っ込んだバルガスが、驚愕の目で見上げてくる。
アレンとしては「勝手に転んだ」だけなのだが、周りの猛者たちの目には全く違うものに見えていた。
「おい……今の見たか!?」
「バルガス先輩の突進を、手首一筋の力だけで受け流したぞ……!」
「魔力も気合いも一切感じなかった……! 一体何者だ!?」
ザワめく筋肉たち。アレンは嫌な予感がして冷や汗を流した。
(やばい、変に目立ってしまった。さっさと退散して肉を——)
「待てぇいっ!!」
土を払いながら跳び起きたバルガスが、真っ赤な顔で叫んだ。
「体術は認めよう! だが、ここは『ヴェルタリア』だ! 騎士の真価は剣で測るもの! 貴様、剣を抜け!」
「いや、俺はただの視察で……」
「問答無用! ほらよっ!」
そう言ってバルガスが放り投げてきたのは、訓練用の重い木剣だった。
受け取ったアレンは、深くため息をつく。
(はぁ……断ったら断ったで一生まとわりつかれそうだな。サクッと付き合って、さっさと食堂に行こう)
「……わかったよ。一本勝負でいいな?」
アレンが気のない返事で木剣を構えると、バルガスは不敵に笑い——あろうことか、腰の鞘からギィン!と鈍い光を放つ「真剣」を抜き放った。
「おいおい、木剣対真剣かよ!?」「バルガス先輩、マジだ……!」「死ぬぞ、あの魔法使い!」
周囲のギャラリーから悲鳴にも似た歓声が上がる。
「おいおい、練習で真剣は危ないだろ」
アレンが呆れ果てて注意しようとしたその瞬間、バルガスは地響きを立てて踏み込んできた。
「ハァァァッ! 潰れろッ!!」
上段から振り下ろされる、威圧感あふれる一撃。
直撃すればタダでは済まない大振りだが、アレンから見れば隙だらけの、ただ重いだけの振り下ろしだった。
(危ないだろ……ったく、武器を壊せば大人しくなるか)
アレンは避けることもせず、足元を踏み替えると同時に、手に持った木剣を軽く——本当にただ一回、振った。
サクッ……トントン……パパンッ!
「…………は?」
振り下ろされたバルガスの真剣。
その刃が、まるで柔らかい羊羹でも切るかのように、先端から根元まで十数個の均等な「輪切り」になって、パラパラと地面に転がった。
手元に残されたのは、柄と、わずか数センチの刃の根元だけ。
「……え?」
バルガスは固まった。
周囲で固唾をのんで見守っていた脳筋集団も、全員が言葉を失い、目を見開いたままフリーズした。
木剣で、真剣を、斬った?
いや、斬ったのではない。「微細に刻んだ」のだ。木剣の打撃ではなく、鋭利すぎる斬撃……いや、もはや魔法ですらない何かで。
(よし、これで剣は使えないな)
アレンは「危ないから片付けておけよ」とでも言いたげに、パッパッと木剣についたホコリ(?)を払うと、それを地面に刺して手を打った。
「よし、勝負ありだな。じゃ、俺は食堂に行くから」
そう言い残し、背を向けて悠々と歩き出すアレン。
残されたヴェルタリア学院の猛者たちは、ガクガクと震えながらその背中を見送るしかなかった。
「な、なんだあの男は……」
「魔法使いじゃない……化け物だ……!」
「あんな化け物が、中央第一魔法学園の『生徒会長』なのか……!?」
「今年の全校対抗トーナメント……俺たち、勝てるわけねぇだろ……!!」
アレンがただ「腹が減った」という理由だけで見せた圧倒的な実力差。
ヴェルタリア騎士養成高等学院の精鋭たちは、戦う前から完全に心を折られ、中央第一魔法学園への恐怖を骨の髄まで刻み込まれることとなったのだった。
当のアレンは、そんな悲壮感など露知らず。
(ふふふ、ついに念願の「黒毛魔牛の特大ステーキ丼」だ! 楽しみだなあ)
胸を躍らせながら、一人食堂へと向かっていった。
◇
【学生食堂にて】
何の前触れもなく、視界の端から大きな影が落ちてきた。ドント、と容赦ない振動が伝わってきて、机の上の箸立てが揺れる。間髪を入れず横に陣取ったその気配に、アレンは思わず顔を上げた。
「……バルガスを倒したくらいで調子に乗るんじゃないよ」
隣から放たれる圧倒的な存在感と尊大な気配に、アレンは冷や汗を覚えながらも溜息をひとつ吐き出した。
その主は、エレノア・フォン・グランヴェル——ヴィクトリアの妹であった。
「で? 帝国が誇る名門の令嬢が、こんな油の匂いに満ちた庶民の学生食堂に何の御用だ?」
エレノアは返事の代わりに流れるような所作で手を伸ばすと、アレンの目の前に置かれたばかりの湯気立つ味噌汁を、まるで最初から自分のものであったかのようにひょいと持ち上げた。
「何するんだ、返してくれ」
「はあ? 嫌よ。返してほしければ、私と勝負しなさい! 剣で私を負かしたら、この味噌汁どころか肉だって奢ってあげるわ!」
テーブルに身を乗り出し、フンッと鼻を鳴らすエレノア。
そのまま柄に手をかけ、強引にアレンへ勝負を迫ろうと腰の剣を引き抜こうとした——その瞬間。
アレンは心底めんどくさそうに、手元で細かく指を二、三回くるりと回した。
ひょひょい、と手慣れた動作で周囲の魔素をいじる。
ほんのわずかな魔素の変質。
だがそれによって、エレノアの剣は鞘の中でガチリと噛み合って固まり、さらに彼女の右肘の関節周辺の魔力流がピタリと固定された。
「……ッえ!? ぬ、抜けない……!? っていうか、ヒジが……動かない!?」
思わぬ事態に焦ったエレノアは、無理に力任せに引き抜こうと体勢を崩し、勢いあまってそのまま前傾姿勢で盛大にバタリと転びそうになる。
「っと……あぶないな」
アレンは溜息混じりにサッと手を伸ばし、倒れ込んできたエレノアの肩を優しく受け止め、そのまま体勢を元に戻してやった。
「怪我するから、食事中に急に立ち上がるのはやめたほうがいいぞ」
ただそれだけのことだった。
アレンにとっては「目の前の人間が転びそうだったから支えた」「ついでに面倒な勝負をうやむやにした」だけの、ごく自然で何気ない行動。
しかし——。
「……ッ!?」
支えられた瞬間、エレノアの体に電流のような衝撃が走った。
(な、なに……今の……!? 腕の関節の魔力を固定された……!? 術式も詠唱もなしで、指先ひとつの魔素操作だけで……っ!?)
さらに、間近で見つめられたアレンの無駄に整った顔立ちと、ふっと香った落ち着く匂い。倒れかけた自分を咄嗟に受け止めた、完璧すぎる所作とさりげない優しさ。
「……あ……」
先ほどまでの威勢はどこへやら、エレノアの頬がみるみるうちに朱に染まっていく。
ドクン、と胸が高鳴り、心臓の音がうるさいほどに耳に響いた。
(お姉様が言っていた……『あのお方は至高の存在』『あのお方には抗えない』って……うそ、本当だったの……!? 私……今、一瞬で……ッ!?)
瞳をうるませ、完全に「恋に落ちた顔」で固まるエレノア。
その劇的な変化を、アレンの見逃すはずがなかった。
相手の瞳に宿った、どこか見覚えのある……そう、あのヴィクトリアと同じ「ヤバい奴の目」を。
(……あ、これアカンやつだ)
アレンの脳内で、超高速の警報が鳴り響く。
「……じゃ、ごちそうさま。ご飯美味しかったよ」
アレンは残りのステーキ丼を光の速さで口に押し込むと、皿と箸を片付け、速やかに席を立った。
「あ、ちょっと待ちなさいよ……っ! 待って……!」
赤面したまま立ち上がろうとするエレノアを置き去りにし、アレンは脱兎のごとく食堂を後にした。
(やばいやばいやばい!! グランヴェル家の血筋、直感と勘違いのスピードが異常すぎる!! ここも危険だ、即退散!!)
「次は……よし、女子校(聖シルフィア精霊学院)だ! 男子禁制の場所なら、流石に誰も追いかけて来られないはずだ!!」
己の目論見がガラガラと崩れ去っていることに冷や汗を流しながら、アレンは逃げるように次の目的地へと急ぐのであった。




